五十万キロの橋

作/ 草上 仁

墓地の区画割りはせせこましくて、墓石の並び方は雑然としていた。この場所に不案内らしい五十年配の男がひとり、苛立った足取りで歩き回って墓標に顔を寄せては、不機嫌な唸り声を上げていた。
男と同年配の女が、墓地をまっすぐに横切ってやってきて、男の背後に立った。
わたし、また遅刻しちゃった?」
男は、振り返らずに答えた。
君はいつも遅刻する。やはり女だ」
女は微笑んだ。
女にはやることがいろいろあるのよ。だいぶ待ったの?」
男は立ち上がり、女に顔を向けた。
それほどでもない。おれも遅刻しかけた。アルザスの交通管制システムと案内情報システムはひどいものだ」
女は、眉間に皺を寄せた。
それって、アルザス都市計画局長であるわたしへの皮肉?」
男は、膝を払った。
というわけでもないがね。人口五千万を擁する軌道植民衛星なんだから、もう少し何とかなりそうなものだ」
女は、謎めいた微笑みを浮かべた。
あら。道がわからなかったら、誰かに聞けばいいのよ」
他人は信頼できない。わざわざ聞かなくてもわかるようにすべきだろう」
相変わらず男の論理ね。あなたの植民衛星ロレーヌでも、似たようなもんだと思うけど」
それは、ロレーヌ建設省長官であるおれへの質問か? ノーコメントだ」
男は、咳払いした。
大体、この墓地はどうなってる? 先生の墓はどこだ?」
女は、左のほうを指差した。
あそこよ。赤い実をつけたモチノキモドキの下って、メールに書いたでしょう。また見落としたのね」
男は、顔をしかめた。
見落としはしない。モチノキモドキが、あんなに小さな木だとは知らなかった」
嘘。あなたは昔から、嘘をつくと右目がひきつるの」
男の顔が赤くなった。
噓なもんか。大体、区画番号も連絡しないなんて信じられない。もし、君がおれの部下だったら…」
女が笑った。
あいにく部下じゃないの。とにかく、今日は休戦、でしょ、アル。二十七年ぶりかしら。元気だった?」
アルと呼ばれた男も、照れくさげに笑った。
ああ、おかげさまで。君は、ユウコ?」
元気よ。独り身のまま、おばあさんになっちゃったけどね」
おれだって、孤独なじいさんだ。君は変わらないよ。まだ若い」
相変わらず優しいのね、アル」
二人は、肩を並べて、恩師の墓の方に歩き始めた。ユウコ・アカギ都市計画局長が、アルバート・テイラー建設省長官に問いかけた。
あなたは、もともと、軍艦を作りたかったんでしょう?」
アルは頷いた。
そうだ。造船を専攻するつもりだった。教養課程でミソノ先生の講座を受けるまではね。都市工学を選択したら、ロレーヌ宙軍省の奨学金が打ち切られて、大変だったよ。君は?」
最初は、土木工学や都市工学より建築に興味があったの。でも…」
二人は足を止めた。足元に、四角い人工大理石のプレートがあった。レーザーの文字が刻まれている。サキコ・ミソノ:2442~2525。病没は二年前。残念ながら、歴史的和解には立ち会えなかったことになる。ユウコが、先にしゃがみこんだ。
知ってた? 先生の名字、ビューティフル・ガーデンって意味なのよ」
アルが、ユウコの傍らに跪く。
知らなかった。でも、先生にぴったりだな」
二人は、机を並べて学んだ大学時代を思い出した。アルザス工科大学建築学部都市工学科。ユウコはアルザス生まれで建築家を志していた。アルは、造艦技師を目指してロレーヌから留学に来ていた。二人ともミソノ教授の人柄と理論に魅了されて、結局土木工学と都市工学を選んだのだ。二人のその後の人生を変える、小さな奇跡だった。ひょっとすると、その奇跡が、二つの都市国家の運命も変えたのかも知れない。
都市は生きている』
ユウコが、墓石を拭いながら、ミソノ教授の著述を暗誦した。アルが、即座にその後を続けた。
老いて死にゆく都市もあれば、生まれたばかりの都市もある』
ユウコが、両手を合わせた。
日々生まれ変わる都市もある。全てを決めるのは、都市計画だ。適切な都市計画は、物流と情報の動線を有機的に連結し、人類の生活と意識を変える』
唱え終わると、ユウコは、傍らのアルの顔を見つめた。
夢のようだわ。あなたがまた、この星の土を踏める日が来るなんて」
アルは頷いた。アルザスとロレーヌの国交断絶は、昨年末に解けたばかりだった。同じ衛星軌道上に建設された二つの都市国家は、太陽資源の利用を巡って、長く争ってきた。二人が都市工学を学んでいる頃には、双方とも軍備増強に走り始めていて、アルが大学を卒業すると同時に、国交断絶に至ったのだ。その後、何度か一触即発の危機を迎えたが、その都度、双方の外交努力によって最悪の事態は回避された。遅々とした速度ではあったものの、関係改善は徐々に進んだ。そして昨年、ついに歴史的な和解と呼ばれる相互資源利用協定の締結にまで漕ぎつけたのだ。
今日、二人が、恩師の墓前にあるのはそのためだった。ユウコと手を携え、ようやく先生の悲願が成ったことを報告するために、アルは連絡船でアルザスに渡ってきた。そのアルが、頭を振りながら言った。
先生は言っておられたな。おれたち二人が、両国の懸け橋になるべきだと。おれには、結局大したことはできなかったが」
ユウコは、首を振って立ち上がった。
どうかしら。あなた、先生に何て言い返したか、覚えてる?」
アルは、苦笑いを浮かべた。
若かったからな。屁理屈をこねたはずだ」
ユウコは頷いた。
あなたったら、わざわざ積算してきたのよ。二つの衛星都市国家が利用できる全ての資材を鋳つぶして、厚さ百ミリ、幅千ミリの橋梁を建造するとしても、五十万キロの距離を埋めるには足りない。しかも、同一軌道上にあっては、軌道エレベーターも建設できない。従って橋は懸けられないQED(証明終わり)ってね。あれには、先生も呆れてたわ」
言ったろう。若かったんだ」
二人とも、つらい別れを思い出していた。アルが本国に戻ることになり、国交断絶が発表されて、二度と会える望みがなくなったように見えたあの時。アルは一通の置手紙を残して、ユウコの下宿を去った。ユウコは手紙を開封せずに燃やし、宙港に見送りにも行かなかった。だが今、それぞれの国家の重鎮となった二人はその時の想いを口にしなかった。五十歳を過ぎて白髪の目立ち始めたユウコは、首を傾げながら訊いた。
五十万キロの懸け橋を作る代わりに、あなたは何をしていたの、ロレーヌ建設省長官?」
アルは、肩を竦めた。
ちょっとした半端仕事の繰り返しさ。道路の整備やモノレールの敷設。リニア・アクセラレーターの建設。ビッグ・プロジェクトと言えば、空中回廊ぐらいかな」
空中回廊?」
アルは頷いた。
軍需省コングロマリット・ビルと、文化芸術省ドームとの間、その他いくつかを、内径十五メートルの空中回廊で結んだんだ。超軽量複合素材を使ってね。空間利用権買収を含めて、六年かかった」
やっぱりね。なぜそんなことを思いついたの?」
やっぱりってどういう意味だ? とにかく、ロレーヌは省庁間の風通しが悪くてね。何とか風穴をあけて、人と情報の交流を進める必要があったのさ。緊急輸送経路の確保だとか市民の避難スペースの創出だとか、有事の際の区画孤立防止とか、理屈はいろいろつけたもんだが。君のほうはどうだい、アルザス都市計画局長殿」
わたし? あなたと同じようなことをしてたわ。科学技術局と政策局、それに工科大学と音楽院なんかを次々に高架歩道橋で繋いだ。あなたよりも意図的にだけど」
アルは顔をしかめて文句を言った。
同じようなことを意図的に? 君の言うことは、さっぱりわからないよ」
ユウコは、首を横に振った。
やっぱり、見えてないのね。いいわ。ヒントを上げましょう。ミソノ先生は、都市は生きているとおっしゃった。生きているなら、都市には性格があるとも言える。ここまでは同意する?」
アルは、しぶしぶ頷いた。
同意しよう」
性格があるなら、性別や性差もあるかも知れない。そう思わない?」
アルは瞬きをした。
ちょっと待て。性差って、男女差のことか?」
ついて来られないみたいね。いいわ。性格に話を戻しましょう。わたしたちの二つの都市国家だけど、ここ四半世紀で、少しずつ性格が変わって来た気がしない? もともと、両国とも攻撃的で、目的志向で、問題解決に執着し、人の話を聞かない国だった。でも…」
話が見えてきたぞ」
アルは、顔をしかめた。
攻撃的で、目的志向で、問題解決に執着し、人の話を聞かない。それって、おれたち男性のことだろう。男性指導者が国を悪くしてたってことか?」
半分は当たってる。でも、指導者を非難してるわけじゃないわ。とにかく、両国はここ四半世紀で、少しずつ変化してきた。より共感的に思いやり深くなり、細部に気が配れるようになり、力の行使より外交努力――おしゃべりにウェイトを移してきた。そう感じない?」
それも女性的表現だな。しかし、認めよう。両国は、おれたちが学生だった頃よりも賢くなっている。だが、それと、おれたちの仕事と、どういう関係がある?」
ユウコは、直接答えず、またしゃがみこんで、墓碑プレートに触れた。
プレートの上に、ホログラムの遺影が現れた。開けっぴろげな笑みを浮かべた、五十代の頃のミソノ教授。決して美人ではないが、愛嬌のあるチャーミングな丸顔だ。
先生は、視野の広い方だったわね」
アルは、膝に手を当てて、懐かしげにホログラムを覗き込んだ。
そして、細やかな気遣いをされる方だった。奨学金の件では、生意気なロレーヌ人のおれのために個人的に奔走して、大学に残れるようにしてくれたんだ。知ってたか?」
ユウコは頷いた。
男脳、女脳って言葉を聞いたことがあるでしょう? 男脳は、遠征して獲物を獲得するために、攻撃的、論理的、目的志向に進化した。女脳は、共同体の調和を保ち、子供を育て、居住地を守るために、共感的、直感的、広視野に進化した。解剖学的にも裏付けがある。女性の左脳と右脳は、男性の脳よりも太い経路で連結されている」
待てよ、つまり君は…」
ユウコは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
空中回廊による軍需省と文化芸術省の連結。高架歩道橋による科学技術、政策、工学、音楽の結合。わたしたちがやってきた仕事は、それぞれの都市国家で、孤立していた論理の世界と情緒の世界、技術分野と政策・芸術分野を連結することだった。あなたの言葉を借りれば、風穴をあけて、人と情報の交流を促した。右脳と左脳にあたるものの連結を強化することで、都市の解剖学的な性格を変えたのよ。より共感的に、より広視野にね。あなたはロレーヌを少し女性化し、わたしはアルザスを少し女性化した。その結果、ミソノ先生の遺志がかなった。ほんのちょっぴりだけど、二つの国家の性格は先生に似てきて、和解が成立した。ねえ、そんな気がしない?」
アルは、ぽかんと口をあけていた。ややあって、その口が動いた。
適切な都市計画は、物流と情報の動線を連結し、人類の生活と意識を変える、か。いや。そんな話は信じられん」
でしょうね」
ユウコは立ち上がって、アルの頭を優しく叩いた。
右脳と左脳の連結部分を、脳梁って言うのよ。脳の水平構造材、つまり、橋ね。おめでとう。わたしたち、都市の脳梁を補強することで、五十万キロの空間に橋をかけたわけ。おお見よ、都市計画の勝利を」
アルの顔に、笑みが戻った。
ミソノ先生の脳梁は、とても太かったのかも知れないな。とにかく、一つ納得できることがあるぞ。先生は、君と同じように、地図が読めなかった」
今度は、ユウコが顔をしかめる。
だから?」
アルは、にやりと笑った。
これは、空間認識が苦手な女脳の特徴だ。それを考えれば、アルザスの交通管制システムと案内情報システムがめちゃくちゃな理由は説明がつく。君が指摘した通り、ロレーヌでも同様なんだがね。われわれが改造した都市は、地図が読めない」
ユウコは、墓石に一礼してから、ごく自然に、アルの腕に自分の腕を絡めた。
食事に行きましょうか」
いいね。道案内はおれがする」
ユウコは、顎をつんと上げて頷いた。
いいわ。あなたが迷ったら、わたしが誰かに道を聞くから」
連結されて遠ざかって行く二つの影に、恩師のホログラムはちらりと笑みを向けて、消えた。

作者紹介

草上 仁

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1959年ハヤカワSFマガジン創刊号発行日に生まれたと言われる。
1981年ハヤカワSFコンテスト佳作。1982年大学卒業、就職と同時に雑誌デビュー。以来二足の草鞋を履き続け、SF、ホラー、ミステリ作品を発表。一時、富山の薬売り方式を標榜し、注文がないのに雑誌編集部に作品を送りつける手口で悪名を馳せる。このため、某誌編集部には、四半世紀分にわたる大量の未発表原稿がいびきをかいて眠り続けていると伝えられている。
別名で技術書の著作もあるらしい。