デブリ・スイーパー

作/ 谷 甲州

会議中にもかかわらず、奈義崎なぎざき教授の通信端末に着信があった。
緊急の用件を示すマーキングが、しきりに点滅している。発信者の名は表示されていなかった。「A」の頭文字があるだけだ。奈義崎教授は眉を寄せた。発信者が誰なのか、見当がついたのだ。軌道監視機構の、アンヘレス部長だろう。
部長はかつての上司だが、業務に対する考え方には大きな違いがあった。双方が譲歩しないまま、延々と議論したこともある。それだけに、信頼のおける上司といえた。よほど重要な用件がなければ、会議中に通信を割りこませたりしないはずだ。
受信の許可をえるつもりで、会議用の端末画面に眼をむけた。ところが議長役の学部長は、すでに通信回線を遮断していた。先ほどまでリアルタイムで表示されていた学部長の映像が、いまは静止画像に切りかわっている。
その画像に重なるようにして「受信を許可する。報告の必要なし」という文字列が表示されていた。これは予想外の事態だった。「A」とだけ記された人物は、まず議長に協力を要請したらしい。その上で奈義崎教授の一時的な職場復帰を、実現させたようだ。
胸騒ぎがした。派遣協定を反故にするほどの重大な問題が、軌道監視機構に起きたようだ。ことによると運用が開始されて間もない軌道堰に、トラブルが発生したのかもしれない。さもなければ長期派遣され奈義崎教授を、呼びもどすとは思えなかった。
予感は的中した。デブリと称する軌道上のゴミを、効率的に処分するための軌道堰が消失していた。原因はわからない。それを確かめるために、奈義崎教授が呼ばれたのだ。拒否することは、できなかった。軌道堰の開発にかかわった技術者としての責任もある。
応諾の意思を伝えたあと、奈義崎教授は交信を終えた。思わず深々と息をついていた。打合せに要した時間は短いものだったが、その間に肩書が「教授」から「主任技術員」にかわっていた。
かつて軌道監視機構に勤務していたときの役職だった。「代理」や「臨時」ではないから、肩書に応じた権限が保証されたことになる。ただし権限には責任も発生する。その事実が重かった。
おそらくアンヘレス部長は、相当な危機感を持っているのだろう。万全の体制を構築して、危機を乗りきろうとしている。それなのに、肝心なことがわからない。移動時間を利用して状況を探ろうとしても、あらたな情報が入ってこないのだ。
情報を制限しているのではない。軌道監視機構も事態を把握できずにいるようだ。そのせいか、混乱は短時間のうちに拡大した。軌道堰に不具合が発生すると、人工衛星のあらたな軌道投入は一時的に差しとめられる。
有人の軌道往還機や宇宙ステーションに物資を補給する無人機も、例外ではなかった。数日程度の遅延なら運用で補うことは可能だが、いまのところ復旧の目途はたっていないようだ。収拾に時間をかけすぎると、民間の宇宙産業は甚大な被害を受けることになる。
予断を許さない状況がつづいていたが、一方で楽観的な見方もあった。かりに軌道堰が消失したとしても、短期間なら大規模な災害につながることはない。軌道堰の完成によって、地球周回軌道をめぐるデブリの量はかなり減少していたからだ。
つまり軌道上は現在、クリーンな状態だといえる。掃除のいきとどいた部屋のように、ひとすじの髪の毛さえ落ちていない。無論、放置すれば部屋はまた汚れる。絶え間なく持ちこまれるゴミが、ふたたび部屋を埋めつくすはずだ。
ただし以前の状態にもどるまでには、充分な余裕があるものと考えられる。かりに軌道堰が機能を停止しても、一年程度は深刻な事態にはならないという試算もあった。ゴミ屋敷なみにデブリがふえなければ、我慢して使うことは可能だといっているのだ。
奈義崎主任技術員にとっては、とても容認できない意見だった。軌道監視機構が充分な情報を開示しないものだから、このような暴論が通用してしまうのだろう。現実はそれほど単純なものではない。軌道堰の消失が、大規模な災害につながる可能性があった。
たしかに軌道堰の消失は、デブリの急速な増大にはつながらない。軌道堰の運用開始前は、軌道上のゴミはほとんど回収されずに放置されていた。だがそれは、単に幸運が重なっただけだ。軌道堰の完成がもう少し遅ければ、大規模な事故が起きていた可能性がある。
デブリの歴史は古い。人類が最初の人工衛星を打ちあげて以来、無数の未登録物体が軌道をめぐっていた。その数は正規の人工衛星一機について、数十個以上になるといわれていた。数だけを比較すれば、デブリの方が圧倒的に多いのだ。
デブリが発生する原因は様々だった。衛星の打ちあげに使われたロケットが、大気圏に再突入せず地球周回軌道にとどまることがあった。耐用年数がすぎて機能を停止した人工衛星が、そのままデブリになる例もある。
ただ大型のデブリは軌道が把握しやすく、対応はそれほど困難ではなかった。遠隔操作で残された推進剤を噴射させれば、軌道速度が低下して大気圏に再突入する。ニアミスが予想されれば、現役の衛星を軌道修正して衝突を避けることもできた。
それよりも厄介なのは、レーダーや光学望遠鏡では捕捉できない微小なデブリだった。宇宙では、あらゆるものがデブリになる。人工衛星から脱落した部品や船外活動時に宇宙飛行士が紛失した工具類はもとより、衛星から剥離した塗装片までが軌道上にとどまる。
軌道が確定せず登録もされていない微小なデブリは、厄介きわまりない代物だった。高速で軌道をめぐる物体だから、小さなものでも運動エネルギーは無視できない。しかも数が多いだけに、高い頻度で深刻な事態を引き起こす。
衝突によって人工衛星の機能は低下し、ときには物理的な破壊クラッシュにつながることもあった。飛散した破片は、あらたなデブリとして軌道上にとどまりつづける。有人の軌道施設では事故をふせぐために、防護外壁を設置していた。
だがそれも、完全なものではなかった。中型以上のデブリが衝突すれば、防護外壁は一撃で破壊されるだろう。しかも大型の有人施設でなければ、設置するのは困難だった。コンパクトな設計の人工衛星には、重量が過大になる追加装備は搭載できない。
打ちあげコストが高騰して、採算がとれなくなる。物理的に設置が困難な施設も多かった。太陽光発電パネルやパラボラアンテナなどは、外壁では防護できない。これまで手つかずだったデブリの一掃を、真剣に考える必要があった。
現実的にいって、これは途方もない難題だった。微細なものまでふくめると、デブリの総数は数百万とも数千万ともいわれている。軌道要素や物理的な特性に、共通点はない。しかも人工衛星が占位する軌道には、それよりもはるかに多いデブリが存在していた。
とてもではないが、ひとつづつ処分することはできない。不用意に破壊することも、避けるべきだった。物理的に破壊したところで、デブリはなくならない。何十倍もの微小なデブリになって、軌道をめぐりつづけるだけだ。
雲をつかむような話だが、問題を先送りにすることはできない。すでに地球周回軌道は、デブリによる飽和状態がつづいている。事故も多発していたから、早急に対策を講じるべきだった。軌道堰の構想が実用化にむけて動きだしたのは、そんな時期だった。
軌道堰の原理は、単純なものだ。東太平洋の赤道地帯に、南北数千キロにおよぶ堰を構築する。そして微細なデブリを減速する。それだけだ。軌道要素にもよるが、通常のデブリなら一日に一〇回以上の頻度で堰を通過する。
そのたびに減速がくり返されて、デブリは次第に高度を落とすはずだった。そして最終的には、大気圏に突入して燃えつきる。軌道傾斜の大きなデブリは効率が落ちるが、長期間にわたって運用をつづければ減速は可能だった。
軌道堰といっても実体はなく、衛星の軌道高度に達する希薄な大気の壁があるだけだ。これは成層圏に滞空する多数の飛行船によって生成される。一〇〇機をこえる飛行船群が、搭載されたジェネレータによって上昇気流を発生させるのだ。
その集合体が赤道をまたぐ低緯度帯に、障壁となって立ちはだかることになる。ただし軌道堰によって完全な排除が期待できるのは、直径一ミリ以下の小さなものだけだ。それより大きなデブリにも有効だというが、確実さはかなり低下する。
事前の試算では一年程度の運用によって、一ミリ以下のデブリは残らず排除できるとされていた。これに対して一センチまでのデブリは、三〇パーセント前後の排除率にとどまる。実際には軌道要素やデブリの形状によって、排除率は大きく変化すると予想された。
さらに確実な排除を望むのであれば、軌道堰を構成する大気の壁を現在よりも高密度にするしかない。だが運用実績のとぼしい現段階では、これはかなりの危険をともなう。不用意に壁の密度を上昇させると、人工衛星や宇宙ステーションまでが墜落しかねなかった。
壁を構成する大気の密度は、周到なシミュレーションによって決定された。微細なデブリが通過すれば衝突抵抗が生じるが、大きな構造物の場合は無視できる程度の影響しかおよぼさないのだ。
おなじ形状と密度を持つ物体が、一〇倍の大きさになると質量は一〇〇〇倍になる。ただし表面積は一〇〇倍にしかならない。したがって軌道堰を通過する物体は、小さなものほど速度の低下が大きくなる。
デブリが小さくなるにしたがって、単位質量あたりの表面積が大きくなるからだ。数の上では九九パーセント以上をしめる微細なデブリは、軌道堰によって一掃されるはずだった。一〇センチをこえる中型デブリに関しては、別の方法で対処することになる。
中型以上のデブリは観測によって軌道が確定しているから、排除することは困難ではない。それよりは、環境に対する影響が懸念された。軌道堰は成層圏よりも上部に構築されるが、太陽光を遮断して海水の温度が変化する可能性があった。
地球規模の環境変化を予測するシミュレーションがくり返されて、軌道堰の設計にフィードバックされた。それでも不安材料は残った。もしかすると予想外の環境変化が、軌道堰の消失につながったのかもしれない。
そんな思いを胸に、奈義崎主任技術員は軌道監視機構の本部に乗りこんだ。
事態が長引きそうなことは、本部に呼びつけられたことからも推測できた。短時間で片づく見込みがあれば、通信回線を介した情報交換で事足りる。わざわざ足を運ばせたのは、本部を拠点に情報の収集と対応に専念するためではないか。
そう見当をつけた。ところが奈義崎主任の予想は、肝心なところが間違っていた。少なくとも地球上の環境に生じた異常が、軌道堰を消失させたのではなさそうだ。かといって、正確な状況はわからない。
対策本部には大勢の技術者がいたが、奈義崎主任に話しかける者はいなかった。解決の糸口がつかめたらしく、誰もが作業に没頭していた。そのせいで、声をかけそびれた。途方にくれていたら、アンヘレス部長が姿をみせた。
部長は以前にもまして精力的だった。現在は対策本部長として、危機管理にあたっているようだ。部長は簡潔な言葉で状況を説明した。「メテオストライクだ」と。耳慣れない言葉だったが、意味は理解できた。軌道堰に流星が突っこんだらしい。
奈義崎主任は、無言で先をうながした。アンヘレス部長は、よどみなく言葉をついだ。
単一の流星ではない。不明瞭だが、流星群も観測されている。異常を感知した制御システムが、安全を優先して堰の運用を停止させたらしい。……たぶんな。詳細な事情は、まだ解明されていないが」
部長の表情は明るかった。断定は避けたものの、言葉の端々から解決にかける意欲が伝わってくる。非常呼集をかけられた技術者たちも、それはおなじらしい。急ごしらえの集団だが、全員が脇眼もふらずに作業をこなしている。
事実をたしかめるつもりで、奈義崎主任は問いかけた。
流星群……ダストトレイルに突っこんだのですか」
部長の言葉を、奈義崎主任はそう解釈した。彗星などから分離した流星物質が、地球の大気に衝突して発光するのがメテオ——流星だった。流星が軌道堰に突っこんだ事例を、メテオストライクと称しているようだ。
軌道堰に突っこんだ流星は、ひとつではなかった。多数の流星が、放射状にあらわれる流星群も観測されたという。帯状に広がったダストトレイルと呼ばれる流星物質の集合が、地球の公転軌道と交差したらしい。
そのため短時間のうちに、無数の流星が軌道堰を通過した。流星の速度はデブリより大きく、ときには毎秒数十キロにも達する。そんな現象がたてつづけに起きたのだから、軌道堰の管制システムに大きな負荷が生じたのだろう。
事故という認識はなかったようだが、緊急事態が発生したと判断したらしい。成層圏に滞空していた飛行船群のジェネレータを、すべて緊急停止させた。その上で飛行船を、安全な高度に待避させていた。
管制システムの判断は、間違っていなかった。結果的に事故としてあつかわれたが、原因は流星群の発生を予測できなかった点にある。設計ミスであり、人為的な事故といえた。流星群の直撃は想定していたものの、ダストトレイルの所在は把握しきれていなかった。
過去に顕著な流星群が発生していなければ、ダストトレイルの存在は無視された。未発見のダストトレイルも、かなりの数あるはずだ。流星群の正確な予知は、実質的に不可能と考えていい。
かといって、この問題を放置することはできない。予知が困難なら、兆候があった時点で軌道堰の生成を停止するべきではないか。その一方で流星群の予知も、断念することなく継続することになる。
やるべき仕事は、山ほどあった。どの程度で片づくのか、見当もつかない。それでも、気力は充実していた。こうしている間にも、あらたなデブリが発生しているかもしれないのだ。一刻も早く軌道堰を復旧しなければ、深刻な事態に陥る可能性があった。
君のいう通りかもしれんな……。発生したデブリを処分するのではなく、最初からデブリを作らない運用をするべきではないのか」
アンヘレス部長がいった。奈義崎主任はこたえなかった。無視したのではない。そのことについては、さんざん議論していた。つけ加えることは、何もなかった。部長もそれは承知しているらしく、返事を期待している様子はなかった。
奈義崎主任は作業に着手し、間もなくそれに没頭した。

作者紹介

谷 甲州

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1951年兵庫県伊丹市生まれ。
大阪工業大学土木工学科卒業。建設会社に勤務の後、青年海外協力隊員としてネパール、国際協力機構プロジェクト調整員としてフィリピンに勤務。1979年「一三七機動旅団」で奇想天外SF新人賞に佳作入選。1987年「火星鉄道一九」で星雲賞短編部門受賞、1994年『終わりなき索敵』および2007年『日本沈没第二部』(小松左京と共著)で星雲賞長篇部門受賞。1996年『白き嶺の男』で新田次郎文学賞受賞。