エンジン開発秘話

作/ 川又 千秋

……西遊記しいようじい
白い髭をしごきながら、おもむろに老人は切り出した。
你看過嗎にいかんぐぉま?」
訛は強いが、中国の標準語“普通語ぷうとんふあ”である。「おまえ、西遊記を読んだことはあるか?」と私に質問したのだ。
当然だんらん!」勢い込んで私は応じた。「好几遍呢はおじぃびぇんな
……つまり、私は、「もちろん! 何度も読んだことがあります」と返したのである。

――そこは、中国奥地の村。もう少し言うなら、黄河の大屈曲部に近いあたり、とでもしておこうか。いずれにせよ、詳しい位置や地名を明かすわけにはいかないし、そのつもりもない。ただ、物語る都合から、そこを仮に“三星村”と呼んでおく。
私が三星村に入ったのは三月の末。ある大学の〈東洋民俗研究所・特任研究員〉というのが私の肩書きで、これは実在の組織であり、身分にも嘘はない。地方政府から交付された滞在許可証には「地域に伝わる故事伝説の採集を目的とする学術調査」と記載されており、これも決して偽りではなかった。
実際、村へ入ってからの私は、古老や郷土史家などを精力的に訪ね歩き、フィールドワークに取り組んできた。そして、会う人ごとに、私の興味が神仙の技、ことに騰雲の術にあることを強く印象づけるよう努めてきた。
その甲斐は、間もなく現れた。
村に入って十三日目の夕刻、昔語りの聞き取りを終えた私は、首からデジカメを下げ、背中にバッグを背負った恰好で、宿舎にしている村一軒の客桟はたごを目指し、農道を歩いていた。道はやがて小川を跨ぐ。そこに名もない古い橋が架かっていた。
夕暮れ時である。見れば、橋のたもとに、杖をついた白髪白髭の老人が一人、影絵のごとく佇んでいた。その姿を認めた私は軽く会釈した。すると、老人はニヤリを笑い、明らかに故意と分かる仕種で自分の草履を蹴り飛ばして小川に落とした。そして、私にもなんとか理解できる現地語で命じた。
おい、若造! 儂の沓を拾ってきてくれ」
テストだ!)
咄嗟に、私は察した。似たようなエピソードは司馬遷の『史記』をはじめ、中国のさまざまな史書や伝奇に顔を見せる。
私は黙って川縁まで下りて草履を拾い上げ、丁寧にハンカチで拭ってから、老人の足元に跪いて、それを履かせてやった。
ふむ」老人は満足そうに頷いた。そして続けた。「三日後の朝、ここへ来い。おまえに、いい事を教えてやろう」そして、私のデジカメを指さし、付け加えた。
ただし、余計な物を持ってきてはいかんぞ。身ひとつで、ここへ来るんだ。いいな」
言うなり、老人はくるりと私に背を向け、すたすた、夕闇の向こうへ歩み去った。
三日後、夜明けを待って出かけると、老人はすでに橋のたもとに立っており、「年寄りを待たせるとは何事だッ! 今日は止めだ。三日後の夕方、出直してこい」と私を叱りとばして立ち去ってしまった。
私は慌てなかった。これもまた、故事に示されたテストの段取りであり、想定の範囲内だったからだ。
それから三日が経ち、私は、まだ陽が高いうちから小川近くに陣取って、老人を待ち続けた。やがて陽が暮れ、月が出た。すると、どこからともなく老人が姿を現し、私を手招きした。
ついてくるがいい。おまえの望みを叶えてやろう」

歩き出した老人の足取りは、飛ぶように速い。私は息を切らしながら、後を追った。
老人は村を見下ろす小高い裏山へ、ずんずん分け入っていく。見た目、さほど深いとも思えなかった山容だが、細いくねくねと折り曲がる山道は、果てしなく続くように思えた。
およそ三十分ほども登ったろうか。生い茂る竹林の向こうに、ぼんやり明かりが見え、やがて、我々は草葺きの庵に辿り着いた。
築城塀をくぐると、中から一人の童子が現れ、老人に深々と礼をして、言った。
師父しいふう回来了ほえらいらあ
間違いない! 私は確信した。私はついに遭遇したのだ。“師父”は、日本語なら“お師匠さま”といった意味合いの呼称だ。童子は老人をお師匠さまと呼び、
お帰りなさいませ」と出迎えたのである。
私は高鳴る気持ちを抑え、草庵に入った。外観からは想像できぬほど、内部は広い。壺中天に迷い込んだ思いだ。童子に導かれ、円卓と椅子が置かれた奥の間に入った。老人に促され、壁際の椅子に腰を下ろす。
童子が盆に乗せた酒器と杯を運んできた。
老人は、皺に埋もれた細い目で私を観察し続けている。童子が杯に酒を注ぐと、老人は目顔で私に勧めた。そして自らも杯を取り、「乾杯がんぺい」と短く告げた。
二杯、三杯、私と老人は無言のまま杯を重ねた。そこで、老人が切り出したのである。
西遊記、你看過嗎?」すなわち、「おまえは『西遊記』を読んだことはあるか」と。
もちろん! 何度も読んだことがあります」
ふーむ」
老人の細い目が笑いを滲ませた。
村人の噂によれば、おまえは“騰雲の術”すなわち仙人が雲に乗って飛翔する技について、しきりと調べ歩いているそうじゃな」
はい。このあたりには、そうした故事が多く伝わっていると聞き及んでおりますので」
ふーむ」老人は、もう一度、息を洩らし、続けた。「で? おまえの本当の目的はなんだ。言い伝えを集めるためだけに、こんな辺地へ乗り込んできたわけではあるまい」
申し上げます、祖師」
大きく息を吸い、私は答えた。誤魔化しが通じる相手でないことは明らかだ。
私は《JPL・日本推進力研究所》という組織の一員です。JPLは、未来の推進機関を研究するために設立された国家プロジェクトで、多くの関連企業も参加しています」
未来の推進機関?」
そうです。具体的に言えば、全く新しい概念の航空機用エンジンを開発するため、学際的に研究者が参加しています」
ふーむ」老人は、大きく頷いた。「つまり、おまえは、仙人の術を利用して空を飛ぶ機械を作ろうと考えておるのだな」
ご推察の通り」さすがに話が早い。私は一気に畳みかけた。「古来より中国では、雲に乗って空を飛ぶ仙人の姿が無数に言い伝えられてきました。もちろん、大半は、幻想、錯覚、妄想の類でしょう。ですが、すべてが作り話とは思えません。そうしたファンタジーの根源に、なんらかの真実、現実が隠されているのではないかと」
そこで、この村に目を付けたのか」
さまざまな文献や資料を漁り、中でも『西遊記』が暗示している孫悟空修行の地を推測することで、この場所を割り出しました」
おまえは、なかなか中国語が達者なようだが、どこで覚えた?」
自習ずうしゅえです。この任務をなんとしても達成しようと、秘かに、しかし必死で独学しました」
ほほほほほ……」老人は、鳥を思わせる奇妙な笑い声を上げた。そして、言った。「つまり、おまえは、孫悟空が乗って空翔る觔斗雲の術を会得したいのだな?」
それが、願いです」そして、私は、『西遊記』に記されている一場面、すなわち孫悟空が仙人から〈觔斗雲〉の秘術を口伝される一節を、ゆっくり暗誦してみせた。「……這雑雲、捻着訣、念動真言、攅緊了拳、対身一抖、跳将起来、一觔斗就有十万八千里路哩」
日本語に直すなら、「この雲の乗るには、まず印を結び、真言を唱え、拳を堅く握りしめ、体をひと揺すりして飛び上がる……そして一度“觔斗(とんぼ返り)”を打てば、十万八千里……」といった内容である。
ふむふむ、よくぞ覚えたものじゃ」からかう口調で、老人は続けた。「そこまで覚えたのであれば、実際に雲を呼び起こし、十万八千里の彼方へ飛翔してみてはどうかな?」
これらの文句が、比喩、例え話であることは分かっています。雲は凝結した水蒸気であり、生身の人間が、その上に乗ることは不可能です」
生身の人間は、もちろん無理であろう」
ですが、凝結した水蒸気を、なんらかの方法で活性化させることができるのではないか……水を沸騰させて圧力を利用する蒸気機関は、あくまでも熱機関です……それと全く異なる方法で水蒸気のパワーを取り出す方法があるのではないか……それが、觔斗雲の術なのではないか、と……私は、その術を知りたいのです……」
なんとなく、舌が痺れてきた。酒の酔いか? 私は、心の内を、ほとんど無意識に喋り続けていた。
……“捻訣”すなわち“印を結ぶ”とは、空中の水蒸気を凝結状態に導く手順のことなのではないか……その上で“真言”唱えれば、凝結した水蒸気の力が解き放たれるのではないか……拳を握り、ひと揺すりを加え、さらに“觔斗”すなわち“とんぼ返り”を打つ……すると得られるのが、十万八千里をひとっ飛びできるパワーなのではないか……」
そこへ、童子が、新しい酒瓶と新しい酒杯を運んできた。そして、黄金色に輝く中身を、なみなみと注ぎ分けた。
老人が目顔で私に合図した。私は陶然たる気分で杯を掲げ、飲み干した。
そこまで悟っておるのなら、よしッ! 教えてやろう」
自ら飲み干した杯を卓に返した老人が、私の目の前で両手を組んだ。そして、親指と人差し指を使い、いくつかの印を結んでみせた。
それに目を凝らしたまま、私は小声で、その形をなぞった。
次は、真言だ」
老人は右手を伸ばし、指先に杯の中の酒をつけると、卓上に、いくつかの文字を順に書き記してみせた。
……嘯……嘛……嗚……叭……」
老人が書き記す文字を、私は必死で発音した。全ての部首が“口”であることはすぐに知れたから、旁の部分だけを順になぞったのだ。老人が書いたのは、合計十六文字――
……そして、“觔斗”だが、これは、おまえにも見当がついておろう。どうじゃ?」
……およそのことは……」もつれる舌を操って、私は質問した。「しかし、十万八千里とは……」
十万八千里……『西遊記』が著述された当時の尺度で一里は約〇・五六キロメートル……つまり、それは六万キロメートル以上、地球一周半に相当する距離を意味する。
雲を作るのは水じゃよ」老人が諭すように続けた。「水は、この世界の至るところにある……水あれば雲あり……雲あらば、十万八千里はひとっ飛びの間合じゃ……」
そこまで聞いて……私は酔い潰れた。意識を完全に失った。

翌朝、私は一人、山奥の竹林内で目を覚ました。地面に寝転がって眠りこけていたらしい。ただ、私の体は薄絹でくるまれ、それが私を寒さと夜露から守ってくれていた。
あたりに人家らしきものは見当たらない。ただ、私のすぐ側に、小さな石造りの祠がひっそりと竹の葉に埋もれているのが見つかっただけだ。
私は身を起こし、立ち上がった。昨夜の記憶はひどく曖昧で、夢と現の境目がほとんど分からなかった。老人と酒を酌み交わしながらやりとりしたことは覚えていたが、内容については何も思い出せない。
よろよろ山道を下り、私は村の客桟に帰り着いた。宿の亭主は不審気な顔つきを見せたものの、何も質問しようとはしなかった。
部屋に入り、私は上着の胸ポケットに手をやった。
あった!)
それは、連続十一時間超の録音が可能な小型ICレコーダーで、私は老人と向かい合って座った直後からスイッチを入れっぱなしにしておいたのだ。
仙人と思しき老人が、これに気付かぬはずはない。それを見逃してくれたのは、ある種の温情に思えた。
再生音は、クリアだった。そして、それを手掛かりに、私は、すべてのやりとりを思い出すことができた。任務は、終わった。

私は三星村に別れを告げて日本へもどり、JPL(Japan Propulsion Laboratory)の業務に復帰した。そして二年がかりで、世界初となる非熱式蒸気機関の設計を完成させた。
推力を発生させるのは、水蒸気圧。空気中の水分を吸気口から取り込み、〈訣〉回路内を循環させて圧縮した後、〈真言〉手順および〈攅緊一抖〉操作で一気に凝結、膨張させ、〈觔斗〉噴射するシステムである。
現在、すでに初号エンジン〈JPX-1〉が試作段階に入っており、これを搭載する機体デザインもほぼ固まりつつある。
この全く新しい飛行体が進空するまでには、まだ数年を要するであろうが、これまでのシミュレーションによれば、このエンジンを装備したプラットフォームは、一回の觔斗操作で、およそ三万八千マイルの航続距離が得られると推定されている。これを、『西遊記』現行本がまとめられた中国明代の尺度に換算すれば、約十万八千里という値が得られるのである。
さて――
やがて正式に発表されて世界を驚嘆させるであろう、この新推進システムを、私は〈嵐〉エンジンと名付けるつもりでいる。
「嵐」の文字は日本で国字化し、暴風雨の意味で用いられているが、古来、中国では山間に発生する清らかな霞や、風で振動する靄の有様を表す漢字として使用されてきた。
発想の源泉を指し示す思いを込め、私は「嵐」の名を選んだのである。

作者紹介

川又 千秋

川又 千秋さんの画像が表示されています。
1948年北海道小樽市生。
慶應義塾大学文学部卒業、博報堂入社。制作部在職中よりSF専門誌等に作品を発表。1980年より作家専業。1981年『火星人先史』にて星雲賞、1985年『幻詩狩り』にて日本SF大賞受賞。主著に、『反在士の鏡』『火星甲殻団』『天界の狂戦士』などの長篇小説、『人形都市』などの短篇集、『翼に日の丸』などのシリーズ長篇、『夢の言葉・言葉の夢』などの評論がある。