伝統的な農業

作/ 川又 千秋

1
完全オートメーション化された次世代型植物工場の設計開発がひと段落し、第一号工場の工場長を務めてほしいと本社からの辞令が出た時はようやく楽ができると思ったのだが、実際のところ忙しくて仕方がない毎日が続いていた。
とはいっても別に野菜を作るのに忙しいわけではない。工場は農作物の作付けから収穫、梱包、機器のメンテナンスまで完全自動なので一度稼働すればあとは自動的に梱包された野菜が契約業者によって搬出されるまで待つだけだ。今の私の仕事を簡単に説明すれば世界的に注目されているこの最新型植物工場の認知度向上とイメージアップということになる。
出社すると毎朝山のように届いているメールに目を通し、その間にもひっきりなしにかかってくる電話に応対する。一日の半分が終わったというのに書類の山は一向に減った様子がない。どうしたものかなと椅子に座ったまま大きく伸びをしたところでドアがノックされた。
ドアの向こうにいるのはどうせ秘書だろう。すべての工程が自動化されたこの工場に常勤の職員は片手で数えられるほどしかおらず、この時間に工場長室を訪れるものは限られている。
どうぞ」
私が入室を促すと予想通り秘書が入ってきた。
失礼します。工場長にお会いしたいという方がお越しです」
今日は面会のアポは入ってなかったはずだけど。一体誰だい?」
秘書の気まずそうな表情に嫌な予感を感じながら私は聞いた。
それが、頂いた名刺の所属が『日本の伝統農業を守る会』となっておりまして……」
ああ――」
私はため息を吐いた。またこの手の連中か。
わかった。応接室に通してくれ」
私は上着に袖を通しながら秘書に言った。門前払いすればその様子を撮影した映像メディアをインターネットで配信し、我々がいかに消費者の意見に耳を傾けず、人々の健康をないがしろにしているか騒ぎ立てる。連中も半ばそれを期待してやって来ているのだ。
面倒だがこれも仕事の内である。最近、私が忙しいのは彼らのような旧世代農業団体や消費者団体のネガティブキャンペーンに対抗するためなのだ。

2
最近、私の工場にはこういった農業関係者による突然の来訪が少なくない。肩書きは様々だが誰もが隙あらばこちらの足元を掬い、スキャンダルの尻尾を掴もうと考えているという点では同じだ。
現行の農業に比べて数倍の生産量を誇り、すべてが自動化され人件費もほとんどかからない最新式植物工場。それは都市部への農作物の安価な供給を可能とするが、既存の農業従事者から見ればとんでもない競争相手が突然現れたということでもある。そのため、彼らは我々の工場に何かしらの瑕疵を見つけよう必死なのだ。自分たちの生活を守りたいという気持ちは分からなくもないが、努力をする方向を間違えているというものだろう。
応接間に現れた中年男性は今までこの工場にやってきた人々の典型のようであった。深く刻まれた皺の奥から疑り深い眼差しで私を睨むように見ている。
本日はお越しいただきありがとうございました」
威圧的な態度には取り合わず、立ち上がって深々と一礼して着席を促す。彼らのような来客に対し、私は慇懃な態度で対応することにしていた。
それで、本日はどういったご用件で?」
私は名刺を差し出して名乗り、笑顔で尋ねる。
本日は消費者を代表してこの工場についてお話を聞かせていただきに来ました。これを見てください。あなたの植物工場の野菜の写真です」
乱暴に着席した彼は私の工場の様子が写ったパンフレットを叩きつけるようにテーブルに置いた。無論、我が社で作った資料なのだから内容は隅々まで把握している。
パンフレットの表紙にはこの植物培養工場の様子が写っていた。光合成に必要な赤色と青色の波長のみを照射するLED照明に照らされた無菌室内には高さ50センチメートルほどの棚がそれぞれ10段以上も積み重なり、区画ごとに様々な農作物が栽培されている。栽培されるレタス、トマト、ナス、稲などの作物は環境を均一化するために一株ごとにプラスチック製の覆いをかけられ等間隔に並んでいる。すべての作物は水耕栽培で培養されており、工場内は完全無菌でメリクロン株の植え付けから収穫までをロボットが自動で行うため、人間が立ち入る必要は一切ない。設計した自分ですら惚れ惚れするような完璧なシステムだ。
はい。設計を担当しておりましたので工場については全て把握しております。なんなりとお尋ねください」
見てくださいこの稲、茎の長さが10センチも無いじゃないですか。こんな作物は自然じゃない、あなた方はこんなものを消費者に食べさせるつもりなのですか!?」
彼はパンフレットの植物工場の写真を指さしながら私に詰め寄った。彼の示す写真に写っているのは10センチメートルほどの茎の先に穂を付けた稲だ。環境の安定した植物工場内では稲穂が水中に沈んでしまう心配がないため、このように稲の草丈を極端に短くすることができる。植物工場内で作物は培養棚を多段に重ね合わせて培養するため、草丈の短さは面積当たりの収穫量の効率と直結する重要な要素である。
この稲は植物工場に最適化して品種改良を行った超短茎種です。もちろん自然の形状ではありませんがそもそも農作物とは人間が自分の都合のいいように品種改良して作りだした不自然な生物なのです。ご存知ですか? 長い歴史の中で稲の茎長は農業の形態に合わせて今まで何度も品種改良されてきたのですよ」
そんなのは屁理屈だ―― それに、こっちの写真のトマト。どの株も同じ形だ。葉や実の数、それどころか実の成る位置まで全く一緒。これじゃまるでプラスチック製品だ」
戸惑いようから見るにそんなことすら知らなかったのだろう。彼は次の写真を指さしながら誤魔化すように言った。
作物の形状が均一なのは遺伝的に均一なメリクロン株を全く同じ環境条件で完全無菌培養しているためです。環境制御を極めて厳密に行っているというだけで従来の農業と何ら変わった部分はありません。これにより株の形状がほとんど同一になり、ロボットによる自動収穫の工程の正確性が大幅に向上しています」
工場の農作物があまりに均一で不気味だという批判は度々あったが、それは全く同じクローンを栄養条件、光の量、温度に至るまで均一な条件で栽培したことの結果に過ぎない。結果として、農作物は同じ位置、同じ高さに実を付ける。そのため、収穫用ロボットは固定された鋏を開閉するだけで農作物を収穫できるのだ。高度な画像認識技術を必要としないため設備費とメンテナンスコストを大幅に削減できる。
そうだ。その、ロボットが全部やっていることだって問題なんですよ。機械が人間の労働を奪っているんだ!」
農作物への批判では勝てないと踏んだのか、彼は攻撃の矛先を変えてきた。「人間の仕事を奪っている」ではなく「我々の仕事を奪っている」と言いたいのだろう。と、皮肉の一つも言ってやろうかと思ったが下手に刺激しても我々に得はない。私は何度も繰り返された批判に対していつも通り冷静に返答する。
我々のオートメーション化された植物工場が労働を奪いという指摘はよく頂戴しますが、それはむしろ逆です。仕事の多い都心部に安価に食料品を届けることができれば生活費の低下に繋がる。むしろ経済評論家の間では、我々の最新型植物工場は間接的に雇用促進に貢献するだろうと予測されています。理想的には、あらゆる産業は都市部に集約された方が効率的ですからね」
そう言って私はデスクの上にあらかじめ用意していた経済アナリスト作成した分厚いレポートを彼の前に差し出した。
だからって――」
それを読もうともせずに食い下がる彼の言葉を遮って私は続ける。
そもそも、農業従事者の数は年々減っていて今や後継者不足は深刻な社会問題です。それでも人口は増え続け、都市化は進み、農作物をより大量に、安定して供給しなければならなくなってきている。あなた方はこのような現状に対して何か解決策をお持ちなのですか?」
そういう問題じゃない。農業っていうものは人の手で愛情をこめてやるものなんです! こんなものは農業じゃない! ただの工業生産だ!」
彼の反論はだんだんと感情的になっていく。これもまたいつものパターンだ。そろそろあれを見せるタイミングか。
たった今あなたが私たちに向けてなさった批判は、数十年前に貴方たちの農業が前世代の農業関係者から受けた批判と同じものであることをご存知ですか?」
なんだって?」
彼の聞き返す声を背に受けながら私は席を立ち、書類棚から一冊のファイルを抜き出した。
ご覧ください。今から70年前の記事です。当時、あなた方の行っている第一世代植物工場による農作物生産は革新的な農業技術であり、田畑を使った伝統的な農地栽培技術との対立があったのです。ちょうど、今の私とあなたのような議論です」
私が机の上に広げたファイルには灰色をした紙の切り抜きが綴じられている。今の若者は本物を見たこともないであろう紙の新聞だが、彼らの世代にはこの紙のメディアが不思議な説得力を持っている。
ファイルされた新聞には農地栽培と植物工場の論戦の歴史が記されている。最初は工場生産された農作物への安全性への危惧を取り扱った記事が多いが、やがて植物工場による農作物生産の環境安全性、衛生性、生産安定性などを好意的に取り上げる記事が増えてくる。
昔はこんな土から生えた不衛生な作物を食べていたというのか? まるで雑草じゃないか。そんなのは何百年も前の話だろう!」
彼は驚いた様子でファイルをのぞき込んでいる。このような反応は予想通りだ。植物工場の技術革新による農作物価格が大きく低下し始めると従来の農地栽培による農業はほとんど姿を消してしまった。今では農業と言えば植物工場で農作物を生産することであり、つい数十年前まで農作物を土で育てていたということを知らない人間も多い。これは植物工場業界が農地栽培との競合の中で、あらゆる農作物を工場生産化し、植物工場で生産された農作物だけが安全な農作物であるというアピールを続けてきた結果でもある。
いえ、これはほんの数十年前まで当たり前に行われていた伝統的な農業ですよ。間違いなくあなたのご両親は土で育った農作物を食べて育っています」
そんな―― 信じられない」
彼は頭を抱えた。
あなたの現在行われている植物工場生産も数十年前に開発された技術であり前の世代の農業関係者から心のこもっていない工業生産だと非難された技術なのです。ですが、人口の増加、環境汚染、後継者不足、あらゆる問題を解決しながら我々は農作物を作り続けなければならない。この次世代型植物工場もその答えの一つであるということをご理解いただけたでしょうか?」
はあ―― ひとまず、本日はこれで失礼します」
私の言葉も耳に入っていない様子で彼はふらりと立ち上がった。
ご理解いただきありがとうございます。ああ、我が社の最新式植物工場のカタログです。生産能力は先ほどご持参頂いたパンフレットにある通りです。ぜひ導入をご検討ください」
私はそう言って彼に植物工場のカタログを差し出した。彼は忌々しげにそれを睨んだが、一瞬考えた後、それを乱暴に掴み取って部屋を出ていった。私が彼らを邪険に扱わないのは将来、我々の顧客になる可能性があるという理由もある。
私は笑顔で彼を工場の外まで送り出した。

3
お疲れ様でした。毎回大変ですね」
秘書がそう言って淹れなおしたコーヒーを私の机の上に置いた。
新しいことを始めるときには何かしら言いがかりを付けたがる人間が現れるものさ。だがこれもビジネスだからね。より良いものを安く提供できるものが生き残るのは仕方がないことだよ」
私はネクタイを緩め、熱いコーヒーに口をつけた。
ああ、そういえばK社が最新式植物工場についてのプレリリースを発表しておりましたのでURLをメールでお送りしております。ご確認ください」
なんだって? 早速確認しよう」
私はタブレット端末を取り出すと秘書の送ったURLからK社のプレリリース動画を開いた。K社は我々のライバル企業の植物工場メーカーだ。なにやら画期的な植物工場を開発中だという噂は耳にしていたのだが、その実態は今まで不明なままだった。ついに本格的に動き出したか。すぐにブラウザ上で動画が再生され始めた。
これは――」
再生された動画を一目見て私は絶句した。工場自体は我々のものと似た完全オートメーション化されたクリーンルームだが、培養されている作物の様子はまったく異なるものだった。
ある映像では寒天のような固形培地の上に直接トマトやナスのまだ青い実だけが育っている。また、別の映像では大根や芋の組織が四角いシート状に広がり、ある映像では酵母を培養するようなジャーファーメンター内で穀物の種子が撹拌されながら培養されていた。K社の植物工場では組織培養によって可食部位だけを直接培養しているのだ。
確かに、この技術を用いれば今までの培養技術の数百倍の密度での農作物生産が可能となるだろう。光合成を行わず直接栄養を供給するため、適切な培養液を供給するだけで照明や大気組成管理などの設備も必要なくなる。運転コストにもよるが、我が社の製品の十分の一の価格で農作物を供給できるのではないだろうか? このままでは我が社の最新式植物工場は価格競争に負け、あっという間に市場から追放されてしまうだろう。
これは大変な技術だ。なんとかしなければ――」
タブレットを持つ掌には汗がにじんでいた。だが、いまさらどうすればいいのだろう? K社の生産性を上回る生産技術を今から考えることなど到底無理な話だ。
ですがこんな野菜が本当に売れるのでしょうか? なんだか気味が悪いですよ」
私の慌てた顔に驚いたのか秘書が慰めるような口調で言った。一瞬、「何を呑気なことを言っているんだ」と怒鳴りつけそうになったが、なるほど言われてみれば確かに無機質で不気味な印象を受ける。一般人は植物工場の専門家である私よりもそういった印象を強く持つだろう。一度そう考え始めると、このような不気味な農作物を販売しようとしているK社に腹が立ってきた。
そうだ! こんな気味の悪い野菜なんかきっと売れやしないさ。君もそう思うだろう?」
はあ――」
よし! そうと決まれば大学教授やTVコメンテーターに意見を仰ぎ、いち早く消費者に向けて警鐘を鳴らそう。農業に携わる者としてこんな不気味な食品を市場に流通させるわけにはいかない!」
気の抜けた返事をする秘書を尻目に私はデスクに着くと、私の工場について批判を投げかけていた専門家やマスメディアに対し、K社の植物工場の安全性に関する危惧や伝統的食文化を損なう技術であるかを訴えるメールを書き始めた。

作者紹介

相川 啓太

相川 啓太さんの画像が表示されています。
会社員。理学博士。
2014年に第一回 日経「星新一賞」準グランプリ(IHI賞)を受賞。
2015年に第二回 日経「星新一賞」グランプリを受賞。