トリカさんと七億の小人

作/ 太田 忠司

そのひとがやってきたのは三月の始め、まだ少し肌寒い頃だった。
ボクはそのひとがバスを降りてくるところから見ていた。お母さんより小さくて、ずっと若い感じ。髪は短くて、大きな眼鏡をかけている。黄色いコートを着て大きな革のバッグを抱えていた。
そのひとはバス停の前であたりをきょろきょろ見回すと、ボクを見つけて近付いてきた。
ねえ、玉地たまちさんの家って知ってる?」
知ってる。ボクの家」
あ、君、玉地さんのところの子なのね。はじめまして。わたし、密原みつはらトリカ。君の名前は?」
玉地大樹だいき。ねえ、ほんとに密原さんなの?」
ほんとだよ」
トリカと名乗ったひとは、にっこりと微笑んだ。
朝十時のバスで密原というひとがやってくるから迎えに行ってくれ、と父さんに言われて来たのだけど、まさか密原さんが若い女のひとだとは思わなかった。
密原さんって、家の手伝いをしに来てくれたの?」
そうだよ。よろしくね」
密原さんは手を差し出した。ちょっと恥ずかしかったけど握手する。柔らかい手だった。
家まで案内すると、母さんと姉さんが出てきた。
まあまあ、あなたが密原さん?」
母さんも驚いているみたいだった。
はい、アグリビジネス支援課より派遣されました密原トリカです。農地環境改善依頼をいただき、支援活動を実施するために参りました。これから一週間、よろしくお願いします」
トリカさんはぺこり、と頭を下げた。
ご依頼主の玉地おさむさんはどちらですか」
父さんなら今、問題の土地に行ってるわよ。大樹、連れてってあげてよ」
ボクはトリカさんを父さんのいる畑——まだ本当は畑じゃないんだけど——に連れていった。
そこはとても広い土地だった。前は雑草がぼうぼうに生えてたのだけど、父さんとボクで一生懸命草取りをして、やっと土が見えるようにしたんだ。目の前に切り立った崖があるけど、日当たりはいい。
父さん、密原トリカさんを連れてきたよ」
ボクが声をかけると、父さんは疲れ顔でこちらを向いた。
ああ、あんたが密原さんか。ずいぶんとお嬢さんだな。本当にあんたがなんとかしてくれるのかね?」
ご心配なく。では早速調査いたしますね」
トリカさんは持ってきたバッグを地面に下ろすと、中からボールペンみたいな棒を何本か取り出して、それを土地のあちこちに差して回った。そして自分は真ん中に立って空を見上げる。今日も晴れていた。
……いい天気」
トリカさんは言った。そして父さんに向かって、
カドミウム、六価クロム、砒素、トリクロロエチレン、ベンゼン、あと若干ですがセシウムも検出されました」
ひどいな。そんなに汚染しているのか」
古い資料を調べてみたのですが、この土地は以前産業廃棄物の不法投棄が長年行われていました。その際に汚染されたものと思われます」
なんてこった。俺はそんなひどい土地を掴まされたのか!」
父さんは本気で怒っていた。
ここで作物を作るなんて無理だ。くそっ、どうしたらいいんだ!」
ご心配なく。わたしがなんとかしますから」
トリカさんは父さんをいたわるように言った。
本当か。本当になんとかできるのか」
はい。では早速、取りかかりますね」
トリカさんはまたバッグを開けると、中から銀色のラグビーボールみたいな形のものをいくつか取り出した。
大樹君、手伝ってくれる? これを適当に地面に埋めちゃって」
言われたとおり、手渡されたボールを土地のあちこちに埋めた。
ありがとう。あとはわたしに任せて。治さんも、帰ってくださって結構です」
そうか。頼んだよ」
父さんはボクを連れて家に戻った。
ねえ、トリカさんって、どういうひと?」
ボクが訊くと、
困った農民を助けてくれるひとだよ」
父さんは、そう言った。
その日トリカさんは夜遅くなってから家に戻ってきた。そして夕飯も食べずに用意した客室に入ってしまった。ボクはトリカさんと話をしたかったので、ちょっと残念だった。
次の朝、眼が醒めた頃にはもうトリカさんは出かけていた。ボクは学校にいる間ずっと、トリカさんのことを考えていた。
学校から帰るとすぐに、あの畑に行ってみた。トリカさんは畑の真ん中に立って空を見上げていた。
何してるの?」
お日様を浴びてたの。気持ちいいわ」
ボクはトリカさんが何もしないで日向ぼっこしていることに少し腹が立ってきた。
ねえ、父さんを助けに来てくれたんじゃないの? ここで野菜が作れるようにしてくれるんじゃないの?」
そうよ。そのために来たの」
じゃあ、ちゃんと働いてよ」
働いてるわ、ちゃんとね。ねえ、見たい?」
え?」
どうやって働いてるか、見たい?」
……うん」
ボクが頷くと、トリカさんは足下の鞄を開いた。中から昨日と同じ銀色のボールが出てくる。
そのボタンを押して」
言われたとおりボールに付いていた小さなボタンを押した。そのとたん、ボールがぱっくりと割れた。そして中から何か出てきた。
何か、としか言えなかった。砂よりももっと細かいものが溢れ出てきて、それがボクの手から地面に落ちて、すぐに消えてなくなってしまったんだ。
今の、なに?」
小人さん」
こびと?」
わたしの言うとおりに働いてくれるの。今は地面に潜って、土の中から毒を取り除いてくれているわ」
ほんとに? そんなことができるの?」
できるのよ」
トリカさんは微笑んだ。
とっても小さいけど優秀なの」
小人さんって、人なの?」
人の形はしてないわね。でもわたしは小人さんって呼んでるの。今あなたが撒いたのを合わせて、四億の小人がここで働いてるのよ」
四億!」
ボクは足下の地面を見つめた。
そんなふうには見えないけど……」
じゃあ、見せてあげる」
トリカさんはそう言って、右手を上げた。
すると、地面のあちこちが山のように盛り上がって、それが動き出した。
わっ!?」
ボクは思わず転びそうになる。山はボクと同じくらいの高さになると、次第に形を変えていった。
まるで、土でできた人形のようだった。
これ、なに?」
小人さんが土を動かしてるのよ。みんな、大樹君にあいさつして」
土人形は一列に並んでボクの前に立ち、頭を下げた。全部で四人いる。
一体の人形に一億の小人さんが入ってるのよ」
すごい」
この子たちは働き者なの。こうして土を操りながら、内部に蓄積されている重金属や有害物質を取り込んで固定するの」
トリカさんが踊るように体を回すと、土人形たちも足を引きずるようにしながら同じ格好で動き出す。すり足で踊っているみたいだった。見ていると、なんだか楽しくなった。
面白いね、これ」
でしょ」
トリカさんも楽しそうだった。
あと三日もすれば、この土地にある有害物は除去できるわ。そしたら次は、こちらの番」
トリカさんはまた鞄を開けて、今度は水色のボールを取り出した。
こっちには別の小人さんが入ってるの。土壌を作物が育ちやすい環境に変える機能を持った小人さんがね」
その小人も四億いるの?」
こちらは三億。合わせて七億よ」
すごい。本当にすごいよ」
ボクは興奮してしまった。
その日はトリカさんと一緒に家に帰った。もっといろいろなことを聞きたかったけど、
データのまとめとか、いろいろ仕事があるの。ごめんね」
そう言ってまた客室に行こうとした。
トリカさん、ご飯食べなくていいの?」
ボクが訊くと、
大丈夫。もういただいたわ。今日もいいお日様だったから、お腹いっぱい」
そう言って、にっこり笑った。
次の日もその次の日も、トリカさんは小人と一緒に働いた。ボクは学校から帰るとすぐにトリカさんと小人たちの様子を見に行った。でもいつもトリカさんは地面の真ん中に立って空を見上げているだけ。小人たちは土の中にもぐっているのか、動きもよくわからなかった。
その次の日、天気が急に変わった。予報では小雨程度だと言ってたのに、学校で授業を受けている途中からものすごい勢いで雨が降りだした。
降りつづける雨を見ながら、トリカさんのことが心配になった。だから学校が終わったら家にも戻らずに真っ直ぐあの畑に向かった。
土砂降りの中やっとのことで来てみたら、畑の様子が変わっていた。隣の崖が雨で崩れて土砂が流れ込んでいたんだ。
トリカさん!」
呼んでみたけど返事がない。ボクはあちこち探してみた。そして流れてきた土砂の中に泥だらけのトリカさんが半分埋まっているのを見つけた。
トリカさん! 大丈夫!?」
駆け寄って呼びかけると、トリカさんは眼を開けた。
あら、わたし、どうしたのかしら? さっき急に土砂崩れがあって……なるほど、土砂に埋もれたのね」
よいしょ、とトリカさんは土砂から自分の体を引きずり出した。
右足が動かないわね。大樹君、肩を貸してくれる?」
トリカさんはボクに寄りかかった。
病院行こうよ。早くしないと——」
心配いらないわ。こんなのすぐに直せるから。でも、こっちは困ったわね」
トリカさんは半分土砂に埋もれた土地を見た。
応援が必要だわ。鞄はどこかしら?」
ふたりで鞄を探した。雨が止みはじめるころに土砂の中から見つけ出した。トリカさんは鞄を開け、中から携帯電話みたいなものを取り出した。
コード96密原トリカ。支援を依頼します」
待っていたら、どこからかヘリコプターが飛んできた。畑の真ん中に着陸すると、中から看護師さんの格好をした女のひとが降りてきた。
あらあらトリカちゃん、泥だらけね。故障個所は?」
右脚部の駆動部が機能停止しています。それと眼鏡を失くしました」
それは災難。メンテナンスしましょう」
看護師さんはトリカさんを片手で持ち上げると肩に担ぎ上げた。トリカさんは言った。
大樹君、お父さんに伝えて。わたし一旦アグリビジネス本部に戻るって。明後日にはまた来るから」
トリカさん、ほんとに大丈夫? ほんとに明後日に帰ってきてくれる?」
約束するわ」
トリカさんはウインクをしてみせる。そのまま看護師さんに担がれてヘリコプターに乗り込んだ。
ヘリが飛んで行くまで、ボクは見送っていた。
その夜、ボクはトリカさんのことが心配で眠れなかった。その次の日も、ずっとトリカさんのことを考えていた。
そして約束の日、ボクはバス停に行ってトリカさんを待った。でもその日の最終のバスが来ても、トリカさんは乗っていなかった。
あたりが薄暗くなった中、ボクは最後のバスが走り去っていくのを見送って、溜息をついた。
約束したじゃないか。
もう一度溜息。あきらめて帰ろうとした。そのとき、道の向こうから何かがやってくるのが見えた。
暗くて影になっていて、よくわからなかったけど。大きな機械みたいなものが何体か、こちらに向かっているみたいだった。ボクは立ち止まって、それが近付いてくるのを待った。
やがて、その姿がはっきりと見えた。ロボットだ。パワーショベルみたいな腕のロボット、ブルドーザーみたいな腕のロボット、背中にダンプの荷台みたいなものが乗ってるロボット。みんな大きな体をしていた。集団でやってきて、ボクの前で停まった。
先頭に立つ一番大きなロボットの肩に、そのひとは座っていた。
ただいま」
トリカさんは言った。
今度は七人の巨人を連れてきたわよ。さあ、仕事にかかりましょう」

作者紹介

太田 忠司

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1959年、名古屋生まれ。
1981年、『帰郷』が星新一ショートショート・コンテストで優秀作に選ばれる。
1990年、ミステリ長編『僕の殺人』で本格デビュー。
著作に『月光亭事件』『月読』『奇談蒐集家』『セクメト』『死の天使はドミノを倒す』他多数。『帰郷』『星町の物語』『星空博物館』『伏木商店街の不思議』と四冊のショートショート集も出版している。