新春ジェネレイター・マラソン

作/ 北原 尚彦

大晦日、僕は里帰りした。大学はとっくに休みになっていたけど、バイトのシフトが入っていたのだ。でもリニアモーターカーのおかげで、博多にある実家へ帰るのにも二時間程度しかかからないから、楽なものだった。
日が変わって新年を迎え、家族――祖母、父、母、僕、妹――が居間に集まった。雑煮に、おせちに、お屠蘇。こういう文化は、いつになっても変わらない。まだ学生だから、ということでお年玉をもらえたのもありがたい。
料理と酒の並んだテーブルをみんなで囲み、普段は個々人で観るネット番組を、投影してみんなで鑑賞する。これも、正月ならではの楽しみだ。
チャンネル選びは、僕に任された。といっても、みんなの意見を聞きながらだ。膨大な数のチャンネルの中から、面白そうなものを探していく。バラエティ番組に、娯楽映画。お堅い教養番組は敬遠する。エッチ系は最初から完全排除だ。個人的には観たいアニメ番組もあったけれど、オタク呼ばわりされるからあえて自己主張しないでおいた。
結局、反対の声が少ないのはスポーツ中継だった。正月は、様々なスポーツが行われる。サッカー、ラグビー、駅伝……。
ちょうど新しいスポーツ・チャンネルに変えた瞬間、ぱん、と号砲が鳴り、選手が一斉に走り出した。
さあ、いよいよスタートしました。ゴールは四十二・一九五キロ……』と男性アナウンサーの声。スポーツ中継でよく聞く声だ。どこかの局アナらしい。
お」と、僕はチャンネルを変える指を止めた。「新春マラソンか。これにしようよ」
僕は高校時代は陸上部に所属していたし、今でもランニングを趣味にしている。そのうち、大きなマラソン大会にも参加してみたいとも思っている。
幸い、みんなから反対の声は上がらなかった。積極的に観たいと思わなくても、一番無難だと考えたのだろう。
みんなでおしゃべりをしたり、ご馳走を食べたり、お酒を飲んだりしながらの観戦なので、それほど真剣に観ているわけじゃなかった。流しっぱなしにしておいて、面白い局面だけ見ればいいわけだ。
そのうち、既に顔が赤くなっている父が不思議そうな顔で言った。
なあ。このマラソン、ちょっと妙じゃないか」
みんなが、映像に見入る。確かに父の言う通りで、僕もさっきから違和感を感じていた。なぜならば、走っているランナーたちは全員、頭や身体に風車が付いているのだ。その風車も、赤や青、場合によっては金色にカラーリングされていて、とても目立つ。
なあに、これ」妹が笑った。「スポーツじゃなくて、お笑い番組?」
あら、あなたたち、聞いてなかったの」と、祖母が落ち着いた声で言う。「これは走りながら風車で発電する、新種の『風力発電マラソン』っていう競技らしいわよ」
ランナーが走り、風車がぐるぐると回転する。あれはただの風車ではなく、風力タービン――ジェネレイター(発電機)だったのだ。だが、発電した電気はどこへ行くんだろう?
カメラのアングルが、頭上からのものに切り替わった。選手たちが、みな背中に小さな箱みたいなものを背負っているのが見えた。解説によって、これが充電池だということが分かった。
風車は、ランナーの身体のどこに、どのように付けるかは自由なようだ。頭や身体の前面だけでなく、両肩や両腕から風車が突き出している選手もいた。確かに風車が多い方がたくさん発電できるだろうけど、それだと今度は走りにくくなるはずだ。最も効率の良い風車の付け方が、試行錯誤されているに違いない。
ランナー同士は、ぎりぎりの間隔で走っている。危ないな、と思ったら、案の定だった。
まあ」と母が声を上げた。「ずいぶんと荒っぽいのね。今、ぶつかったんじゃない?」
わざとなのか偶然なのかは不明だが、一人の選手の振った腕が、隣の選手の風車と接触したのだ。風車の一部が破壊され、パーツが散乱する。でも、ぶつかった選手がとがめられることはなかった。アクシデントが発生することは、最初から考慮のうちということか。
すぐにまた、別な選手と別な風車との接触事故が起こる。
おっ、今度は壊れなかったぞ」と、今や夢中になって見ている父が言った。
確かにぶつかった瞬間は風車が一時的に曲がったように見えたが、すぐに元通りになった。どうやら復元力を備えた、形状記憶性の材質でできているらしい。アクシデント前提の装置なのだ。
風車の形状そのものも、様々な種類があった。扇風機やプロペラ飛行機のプロペラのように前面を向いているもの、風力計のように回転軸が垂直のもの。大きなブレードのもの、小さいけれども早く回転しているもの。風の向きによって、方向を変えるものもあった。それぞれ、独自の考え方によって効率性を追求しているのだろう。
中継では、選手の名前だけでなく、風力タービンを製作している企業名も紹介される。
僕は思わずうなった。なるほど、これはうまい競技だ。この競技で使えるぐらい小型軽量化、効率化、耐久性を向上させれば、その風力発電装置が世間一般にも普及するのは間違いない。いずれは街中で、一般ランナーがこのように身に着けて走る姿すら、見られるようになるかもしれない。
競技参加による技術開発。自動車レースが行われることによって、メーカーが競い合い、自動車のエンジンなど性能が上がっていくのと同じ理屈だ。
ランナーたちは、なるべく人よりも前に出ようとする。誰かの後ろについていると、風がさえぎられてしまうからだ。出られない場合は、わざとスピードを落として前の選手と距離を取っている。前の選手にくっついて風を避けて体力の消耗を防ごうとする普通のマラソンとは、戦略がまるで異なるところも面白い。少しでも頭部の風車を回そうとしているのか、走りながらヘビメタの人みたいに頭を振り続けている選手もいる。
沿道での応援も一般人だけでなく、企業名を表示させた垂れ幕スクリーンを持った一団がいた。
給水所は、普通のマラソンと同じだとぶつかり合い、風車の破損が多く予想されるためか、それぞれの選手に別々な給水所が用意されていた。その給水所に対応した選手が近づいて来ると、名前が点滅表示されて分かるようになっている。他の選手は、その前を通るコースから離れる、というルールになっているようだった。
様々な工夫がこらされており、それが分かるとなかなか面白いレースだった。
気が付けば、先頭を二人の選手が並んで走っていた。どうやら、競技も佳境に入ってきたようだ。ひとりはM社の風力タービンを使っている、顔立ちの整った若い選手。もうひとりはH社の発電タービンを使っている、ベテランランナーらしき選手。なんとなく、母と妹が前者を、父と僕が後者を応援する形になっていた。
若者が勝つわよ」と母。「やっぱり、体力よね」
いや、ベテランの戦術も捨てがたい」と、父。
その時、にぎやかなファンファーレが鳴り響いた。
画面上にいきなり派手派手しく「GOAL!」の文字が表示される。
おおっと!」とアナウンサーが叫ぶ。「これは大波乱。ノーマーク、一番後ろに位置していたカブラギ選手がゴールしました! 優勝です!」
え?」僕は思わず声をもらした。「一番後ろ? ……ビリの選手が優勝って、どういうこと?」
父も母も、沈黙。二人とも、分かっていなかった。
画面上では、カブラギ選手の名前のテロップとともに、ひとりの選手がガッツポーズをしているシーンが映し出されていた。どうやら、間違いではないらしい。
しかたなく、説明を求めて中継の音声に耳を傾ける。
いやあ、カブラギ選手、見事な早さで四十二・一九五キロワット時をゴールしましたね』と解説者が言った。「風力タービンは、I社です」
これを聞いて僕は「あっ」と声を上げた。「分かった! これは誰が一番早く四十二・一九五キロメートル走るか、という競技じゃないんだ。誰が一番早く四十二・一九五キロワット時を発電するか、という競技なんだよ。だから、前にいるか、後ろにいるかは関係ないんだ」
キロワット時って、何」と、完全に文系の妹。
一キロワットの電力を一時間まかなえる電力量が、一キロワット時だよ。電力会社から来る『電気使用量のお知らせ』メールにも『×××kwh』って書いてあるだろう。あれだよ」
あたしはずっと、あの選手を応援してましたよ」と、祖母がしれっと言う。
おばあちゃん、ビリの選手が一番発電してるって、分かってたの?」僕は驚いて訊ねた。
それは……下の名前が、死んだおじいさんと同じだったからですよ」祖母が、恥ずかしそうに言った。
なあんだ、とみんな笑う。
僕は、優勝した選手が使っていた風力タービンを製作した会社名を頭に刻み込んでおいた。僕は今年、就職活動に入る。その時には、この企業も是非受けてみたい。そう思ったのだ。

作者紹介

北原 尚彦

北原 尚彦さんの画像が表示されています。
1962年東京生れ。青山学院大学理工学部物理学科卒。
ヴィクトリア朝英国を舞台にする怪奇幻想譚や、シャーロック・ホームズ・パスティーシュを得意とする。小説『死美人辻馬車』『ジョン、全裸連盟へ行く』他。
古書エッセイ『SF奇書コレクション』『古本買いまくり漫遊記』他。翻訳『ドイル傑作集』全五巻(共編訳)他。
アンソロジー編纂『シャーロック・ホームズの栄冠』他。