Project Story #01 最先端テクノロジーを、
船の安全のために。
「LC-A」開発物語。

Chapter #01

航行中の船舶から
データを収集せよ

IoTとAI。今やその言葉を目にしない日はないほど、重要なキーワードとなったが、実はまだ誰もそんな言葉を知らない頃から、IHI原動機ではこの最先端のテクノロジーを背景とした製品開発に挑んでいた。それがプラントや機器の保守支援システム「LC-A(Life Cycle Administrator)」である。
話は2006年にさかのぼる。
船舶の安全航行には機器の状態を常に把握し、適切な保守作業を行うことが必要である。しかし、メンテナンス経験豊富な乗組員が減少したこと、電子制御エンジンをはじめとする機器の電子化・複雑化が進んだことなどから、船会社の間では機器の予防保全に対するニーズが高まっていた。機器の健康状態をリアルタイムに把握することで、故障する前にメンテナンスすることが可能になるというわけである。これは船会社にとってエンジンのライフサイクルコストの低減につながる。同時にIHI原動機にとっても、メンテナンスのビジネスチャンスを掘り起こし、部品販売などに結びつけられるというメリットがあった。
こうした背景からスタートしたのが「LC-A」のプロジェクトだった。
プロジェクトチームがまず取り組んだのが、“どんなときに故障につながる異常が発生するか”というデータの収集であった。従来、異常を察知するのは、ベテランの機関士や船員の経験に頼っていた。「どうもエンジンの機嫌が悪いようだ」といった具合に、職人的な“カン”で機器の異常を察していたのである。そうした“カン”に頼らずに機器の異常を事前に察知するために、航行中の船舶のデータを収集することにしたのだ。
プロジェクトでは船会社に依頼し、コンテナ船やタンカーなどのエンジンにデータロガーを取り付けさせてもらい、センサーがエンジンの状態を把握できるようにセット。だが、問題となったのはそのデータを収集する方法だった。航行中の船舶は当然海の上にある。隔離された状態のため、データを陸に送ることさえ困難だ。
そこでプロジェクトチームでは、航行中の船内で自動解析を行い、さらには自動的にトラブルシュートまで済ませてしまう、船内完結型の仕組みを考案した。これならば陸への情報送信は、通信状態が安定しているときに行えばよい。航行中の船舶と陸上の衛星通信は、使用帯域や天候などによって途切れてしまうことが珍しくない。その点、船内完結型ならば緊急性やリアルタイム性が不要となるので、通信不良の心配をせずに情報送信が行えるというわけだ。
これは、ユーザー側でデータの処理まで行ってしまうエッジコンピューティングの発想そのものである。IoT時代の現代においては不可欠の技術だ。それをIoTという言葉すらなかった当時に実現させたことに、このプロジェクトの先進性がうかがえる。

Chapter #02

“ X A I ” は1 0 年前に
既に実現されていた

プロジェクトメンバーは、洋上にある船舶から通信衛星経由で得られたデータを解析し、どんな状態の時に異常が発生するか、具体的にどこが悪いのか、健康診断できるようなアルゴリズムの開発に取り組んだ。
実はエンジンの故障というのは、まれにしか起きない。船のエンジンが壊れるなどということはめったに起きないし、起きてはならないから、念入りに整備も行われるのである。そのまれな故障が発生する可能性を、膨大な計測データの中から読み取っていくことは、極めて困難なことだ。エンジンの圧力、温度、音、あるいは気象状況…。様々な要因を総合的に判断してベテランの船員が経験やカンといった暗黙知で行ってきたことを、コンピュータに代替させようという試みだった。
そこでプロジェクトチームでは、「間もなく故障が起きそうだ」と警報を発するに至るベテラン船員の複雑な思考を複数の処理階層に分解し、各階層をアルゴリズム化してくみ上げることに挑戦。これはAI(人工知能)の働きを可視化させるXAI(Explainable AI=説明可能なAI)にも通じる発想だ。エッジコンピューティング同様、ここでもプロジェクトチームは時代を大きく先取りする試みに挑んでいたのである。
「エンジニアの語源は、エンジンだ。そのエンジンのプロ集団である我々が、新たなテクノロジーに意欲的に取り組んだことで、『LC-A』は生まれた」と、プロジェクトチームのメンバーは振り返っている。

Chapter #03

高い志のもと
プラットフォーム化に踏み切る

2009年からの実船実験を通じて、2010年、「LC-A」は運用が始まった。
エンジンの異常を高精度で発見し、XAIの力によって故障原因を推定、それに対する対処方法を提示するところまでを全自動で行うこのシステムは、船舶が稼働しないことによる船会社の事業リスクを大幅に減らすことに寄与することになった。そして2016年、IHI原動機は一つの英断を下す。船舶業界に広くこのシステムを開示し、参画してくれたメーカーと協働で、「LC-A」を「CMAXS」というプラットフォーム化することにしたのである。自社開発の技術を囲い込んでしまうのではなく、業界全体に向けて技術をオープンにしたということだ。
「当社は責任を持ってエンジンを見守る。他の設備は、協働してくれるメーカーに見守ってもらう。結果として機関室全体を見守るシステムを築き上げ、日本の船舶を支えたい」と考えたのである。自社の利益という目先の目標にこだわらず、日本の船舶が世界の海を安心して駆け回れるよう、広い視野のもとで下した判断だった。
「CMAXSは、IoTによる第四次産業革命をいち早く実現し、運用されているシステムである。IHI原動機はCMAXSの主たる開発者として、海運業界におけるIoTの中心的存在になることができた。このイニシアチブを取れたことには、非常に大きな価値がある」
「LC-A」は、簡単に言えば、船のエンジンを家電のような簡便さで扱えるようにした。故障が発生しそうになったら事前にアラートを発し、メンテナンスを促してくれる。これによって船が止まるというリスクは大きく低減し、船会社はリスクが減った分、新たなチャレンジへの余力が生まれる。それは海運業界における次のイノベーションにつながっていくことだろう。

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