My Job / My Storyバングラデシュに橋を架ける。
大きなプロジェクトを
限られた日本人で協力して
完遂させた達成感は
格別でした。バングラデシュに
橋を架ける。
大きなプロジェクトを
限られた日本人で
協力して完遂させた
達成感は格別でした。
- 設計
- 橋梁
M.Y.2014年入社


My Jobどんなシゴトをしていますか?
橋梁の設計部門にて、多くの海外・国内プロジェクトで橋の建設に携わっています。
橋梁の設計部門に所属し、入社以来、多くの海外・国内のプロジェクトを経験してきました。近年は国内橋梁の設計部門にて、大型の斜張橋工事、また、高速道路の大型JCT工事の設計を担当しています。設計の仕事とは、図面や解析結果を通し、社内の製造工場や建設現場などでの作業方法を指示する仕事です。製造現場での作業を想定し、つくりやすい構造とは何かを検討することや、現場の作業効率が上がる架設ステップの検討が必須です。また、お客様との打ち合わせや、構造の変更に伴う折衝も担当します。その中では、発注段階でお客様から受け取った図面では、実際の製造工程に移行した際に定められた品質や守るべき製造コストが達成できない、という問題が発生することがあります。こうしたケースに対応するため、構造を一から見直して設計を変更し、お客様や現場など各所の人間とコミュニケーションをとり、問題解決のために力を尽くしています。
私の原点と入社の理由My Story
人間は、こんなに巨大な構造物を宙に浮かせることができる。これはすごいことだ。

物心がついたときから、ものづくりが好きでした。図工の授業が好きな小学生で、家ではよく、ジオラマや模型をつくって時間を過ごしていました。夏休みの宿題で緻密につくり込んだ工作を提出し、周囲に驚かれたこともあります。ですが、その頃から、将来はものづくりの道に進むと決めていたわけではありません。中学や高校でも、どちらかと言えば理系の科目が好きという程度でした。しかしあるとき、地元にある大規模な橋梁に出会いました。
私の地元には、海をまたいで地域をつなぐ大規模な斜張橋があります。この斜張橋を初めて近くで見たとき、大きな感動を受けたことを今でも覚えています。主塔と主塔を結ぶ区間、ちょうど湾をまたぐ約500mの道路が宙に浮いている。すぐ近くにあった構造物ですが、間近で見ると、「すごいな。人間は、こんなに巨大な構造物を宙に浮かせることができるんだな。」と感銘を受けました。それをきっかけに、大学で橋梁を勉強すると決め、建築・土木工学を専攻し、橋梁関連の研究室に進みました。就職活動に入ると、大学での学びを活かせる仕事に就きたいと思い、IHIインフラスクエアが数多くの長大橋を建設していることを知りました。この会社なら、大きな橋を設計するプロジェクトに関われるかもしれないと感じ、入社を志望しました。
私のシゴト体験談My Story
カタコト英語と身振り手振り、ときには絵まで描いてコミュニケーション。

入社して2年目に、海外プロジェクトの現地駐在業務を経験しました。赴任地はベトナムのハノイです。ベトナムで橋を設計・製造し、最終的にバングラデシュまで橋の部材を運んで現地に架設するという大規模なプロジェクトでした。
当時は経験が少なく、不安はありました。日本では入社2年目の若手設計者ですが、海外駐在では、現地のエンジニアを率いるマネージャーの立場になります。現地に赴くと、日本人は私を含めて9名だけで、現地のエンジニアが20名ほどの人員構成です。日本であれば、自分の手を動かして設計することがほとんどです。しかしこのプロジェクトでは、日本人エンジニアの数が限られた人員構成でした。また、将来を見据え、現地エンジニアと日本人エンジニアが協働できる業務体制を整えておく必要もありました。以上の条件を踏まえ、日本人マネージャーが現地エンジニアに指示を出し、設計を進める体制となっていました。自分自身もまだ、設計のすべてを把握できていない中で、勉強をしながら指示を出す必要があります。当然、英語も話せなければ、現地での仕事のやり方もよく分かっていませんでした。
苦労しました。カタコト英語と身振り手振り、ときには絵まで描いてコミュニケーションを取る中で、助けになってくれたのは直属の先輩です。先輩から日本人マネージャーの役割、考え方を学びました。海外のプロジェクトを動かす大変さ、やりがいなども、自身の体験と共に教えてくれました。その上で、現地のエンジニアとのコミュニケーションを仲介してくれるなど、私の仕事に多くの時間を割いてくれました。そのおかげで1年も経つと、コミュニケーションやマネジメントをこなせるようになり、自身のチーム全体を動かせるようになってきたことで、楽しいと感じるようになりました。ある日、先輩から「お前がいないとこのチームは稼働しない」と言葉をかけてもらったことが、成長の証のようでとても嬉しかったことを覚えています。
設計の仕事は、現場への情報伝達という最も大切な役割を担う。

海外のプロジェクトでは、設計以外にも仕事が山積みです。現地の設計チームを指揮する傍ら、製造に必要な鉄板やボルトなどの資材の輸入に関わる業務や、ベトナムの工場で完成させた橋の部材を、バングラデシュへ運ぶための手続きにも関わります。大変でしたが、大きなプロジェクトを、関わる全員の力を結集し完遂させた達成感は格別でした。ベトナムで設計と製造に2年、バングラデシュでの設計と工事管理に1年半。トータルで3年半関わったのですが、工事竣工を半年後に控えて、別の海外工事でインドのムンバイから声を掛けてもらい、さらに居住地が西へと移動することになってしまいました。後ろ髪を引かれる思いでバングラデシュを離れたことを、今でも思い出します。
設計の仕事は、自分自身の手で橋をつくり、架ける仕事ではありません。ですが、高品質な橋を安全に架けるために、製造現場や架設現場への情報伝達を行う大切な役割を担います。今となっては、実業務の中でその役割を果たせる立ち振る舞いができていると思っています。しかし、その役割を果たす能力を養えたのは、海外経験のおかげです。海外工事において、現地のエンジニアやお客様に、私自身の考えを“きちんと”伝える(=情報伝達する)ことは、容易ではありません。そうした環境の中、言語・文化・仕事の考え方が違う海外のエンジニアとなんとか協力体制を築き、海外の工事を導けたことは、今も自分の土台になっています。
これまでは、設計担当という「プレイヤー」として思う存分に現場を経験させてもらいました。この知見を活かしつつ、将来的には国内外問わず大型案件のプロジェクトマネージャーを任せてもらえる存在になりたいです。そのために設計的な視点だけでなく、担当工事をもっと俯瞰し、それぞれの分野に入り込みながら、工場製作や現場施工にも精通したエンジニアになるべきだと考えています。それからコスト管理、キャッシュフロー管理、プロジェクトコントロールなどの管理業務の経験を重ね、プロジェクトマネージャーへの夢を実現させていきたいです。
Next Interview初めて体験したアーチ橋の仮組立。
完成の瞬間、
チームの一員になれた気がした。初めて体験したアーチ橋の
仮組立。完成の瞬間、
チームの一員に
なれた気がした。
