【社長インタビュー】なぜ、業績好調のIHIは「抜本的変革」に舵を切ったのか
NewsPicks上で2025年11月20日に公開した記事を転載しています。
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売上・利益ともに過去最高──。好調に見えるIHIが、いま「抜本的変革」に本腰を入れている。
いわゆる「ものをつくって売る企業」から「新たな価値の連鎖を生む企業」へ。製品ではなく“価値”を起点に、ビジネスモデルの再設計に取り組んでいるのだ。
なぜ、順調なときにあえて自らを変えようとするのか。ビジネスモデルごと変革するという難題に、どう挑むのか。
NewsPicks Chief Media Officerの池田光史が、IHI代表取締役社長の井手博氏に疑問をぶつけると、社員が自ら変化を生み出す組織づくりのヒントが見えてきた。
「今が良いから未来も明るい」は錯覚だ
池田 IHIは、航空エンジンやエネルギーインフラ等を提供する世界的企業ですが、売上高が前年同期比約23%増で過去最高を達成するなど、業績は好調ですね(2025年3月期)。
それにもかかわらず、井手さんはIHIの抜本的な変革の必要性を説いています。いまのビジネスモデルで業績が好調なら、それを継続すれば良いような気がしますが。
井手 業績って「過去の成績表」でしかないんですよ。
これまでの努力や投資の結果が、たまたま良い数字として表れているだけ。「いま業績が良いから未来も明るい」というのは、ただの錯覚です。
重要なのは、いかに先を読み、的確に舵を切れるか。世の中なんて、あっという間に変わっていきますからね。
池田 社長就任当初から、そうした考えだったんですか?
井手 ええ。というのも、社長に就任した瞬間から、変化の真っ只中に放り込まれましたから。2020年、まさにコロナ禍が始まったタイミングで、社長になりました。
移動制限によって旅客機が飛ばなくなり、IHIの主要事業である航空事業は大打撃。営業利益の約8割が吹き飛びました。「これほど影響があるのか」と、正直ショックを受けましたね。
加えて当時は、世界中で脱炭素の潮流が加速した時期でもあった。CO₂の排出源となる内燃機関が事業の中核を担ってきたIHIの社内には、「これから一体どうなるのか」という不安感が漂っていたのを覚えています。
世の中は、ここまで変わる。であれば環境の変化に順応し、多少の衝撃があっても揺るがない企業に変わらなければいけない。
そう考え、社長就任時からひたすら「変革」を掲げてきたんです。
思考を“もの”で止めるな
池田 変革の意志は、ご自身の原体験から来ていたんですね。
IHIは変革後に目指す姿として、「バリューチェーンをつくる企業になる」と掲げています。ただ、わかるようで、正直わかりづらいですよね。
井手 確かに抽象的な言葉ではある。ですが、伝えたいことはシンプルで、「思考を“もの”で止めるな」というメッセージなんです。
池田 どういうことでしょうか?
井手 製造業の人間は、どうしても製品自体の性能や機能にとらわれる傾向があります。
その結果、「この数値をどう上げるか」「他社製品についているこの機能を追加しよう」といったスペック競争に陥り、「ほとんど使われない機能がてんこ盛りの製品ができあがる」なんて不幸が起きてしまうわけです。
しかし本当に重要なのは、つくった製品がステークホルダーに対して「どのような価値をもたらすか」ですよね。価値をもたらすのは、何も製品だけではありません。
運用データを活かして工場や発電所などの効率を高めたり、使用済み部品をリサイクルし、循環型のメンテナンスモデルを築くなど、そうした周辺の取り組みも、社会に価値をもたらすのではないか、という発想です。
「ものづくり」で思考を止めず、「製品を起点にした周辺の価値」まで考えて仕事をしよう──それが「バリューチェーンをつくる」の本当の意味です。
池田 なるほど。製品そのものだけを見ていても気づかない、その裏側にある大きな世の中の潮流を見定めつつ、次の価値を考える。
そういう意味で、「バリューチェーン」と表現しているんですね。
井手 ええ。これまでのIHIの仕事は、お客さまから「仕様書」を受け取ることから始まっていました。
その難しい要望をどう実現するかに知恵を絞り、技術を磨いてきた。それが、長年のIHIの強みでもあったと思います。
ただ、そのやり方だけでは、これからの時代を切り拓くことはできません。「自分たちは誰に対してどんな価値を提供したいのか」。それを考え抜き、実行していく必要があります。
言い換えれば、「仕様書を待つのではなく、自ら市場をつくる」ということです。その発想の転換こそが、いまのIHIに求められている。そう考えています。
とにかく話を聞きにいく
池田 「バリューチェーンをつくる企業」という意味は理解できました。一方で、組織の隅々までそうした発想を浸透させていくことは容易ではありません。
社員の立場からすると、これまで「仕様書の通りにつくりなさい」と言われていたのが、今度は「自らマーケットをつくれ」と言われるわけですよね。
いきなり発想の転換を求められても、実際にどう動けばいいのか、戸惑うかもしれませんね。
井手 おっしゃる通り。そこでまずは、「とにかくステークホルダーに話を聞きに行く」ことから始めてほしい。
実際にIHIで動いている事例をお話ししたほうが、わかりやすいでしょう。たとえば「燃料アンモニアバリューチェーン事業」です。
これは、次世代のグリーンエネルギーとして期待されているアンモニアの製造から輸送・貯蔵、最終的な利用まで、IHIが一貫して技術開発・事業展開を行う取り組みです。
IHIは、アンモニア貯蔵において長年の実績があるのに加え、世界で唯一の燃焼技術を持ちます。それらの技術を起点に、一連の事業を行う計画です。
池田 まさに「バリューチェーン」を構築しようと動いている例が、実際にもう存在するのですね。なぜこの事業では、ものづくり発想から転換できたのでしょう?
井手 この事業の発端は、私がとある部下に「アンモニアで事業をつくってほしい」と話を持ちかけたことでした。
その部下がまず何をしたかというと、日本中どころか、世界中の、アンモニアを取り巻くあらゆるステークホルダーに話を聞きに行った。
アンモニアを肥料として使っている人、取引を担う商社、権利関係を管轄する役所など、とにかく思いつく限りの場所に出向いていましたね。
池田 まるで地図も持たずに砂漠に放り出されて、アンモニアという言葉だけを頼りに歩き回るような……。
井手 本人たちは大変だったと思いますよ。競争法上の制約もあり、同業種間では直接の意見交換ができないなどの制限もある中、それでも多様な関係者の声を丁寧に拾い上げていました。
そうして行く先々で得た情報が蓄積されていくうちに、だんだんと筋の良い仮説を立てられるようになった。
そして「アンモニアの燃焼器をつくるだけでは、十分な価値を提供できない」と気づいたようです。
それもそのはずで、せっかく燃焼技術を開発しても、それだけでは脱炭素化への貢献は限定的です。また、アンモニアを燃料として社会に実装するためには、つくる人・運ぶ人・使う人が連携しなければなりません。
多様な意見やニーズを把握したことで、各ステークホルダーをつなぐ役割をIHIが担えるのでは、という発想に至れた。
そこから示唆を得て、ものづくりの前段階から、ものをつくった後の利活用まで、ビジネス領域を広げていったのです。
近年ではその流れを受けて、衛星コンステレーション(多数の人工衛星を連携させて一体的に運用するシステム)のような新たな事業領域にも取り組みを拡大しており、IHI全体で価値創出のフィールドが広がりつつあります。
池田 なるほど。ステークホルダーに話を聞きに行く行動が、思考を変えるための第一歩になった。目の前の顧客に、製品への要望を聞いているだけでは、得られない視点だったわけですね。
井手 ええ。だから「バリューチェーンをつくること」は、「ステークホルダーにとっての価値をつくること」とも言い換えられます。
自社中心に物事を考えることではなく、「誰かにとっての価値を探す」。そういった姿勢が、バリューチェーンの創造には不可欠だと考えています。
IHIにはもともと「社会課題を解きたい」「人の役に立ちたい」という志を持って入社した社員が多い。
にもかかわらず、年月を重ねるうちに慎重さが先立ち、「自分の部署の範囲で考える」「言われたことを確実にやる」という発想にとどまりがちです。そこを突き破らない限り、本当の意味での価値の連鎖は生まれません。
失敗してもいいから挑戦を
池田 こうした変革は、いくら社長が旗を振っても、実際に動かすのは社員の皆さんです。その点、燃焼アンモニアのケースは、バリューチェーンをつくる人財が育った事例なのかもしれませんね。
一方で、全ての社員が、仕事や業務の中で同様のチャンスを得られるわけではない。
バリューチェーンを生み出すための特定のスキルセットが存在するわけでもない中、どのように人財を育てるのでしょう。
井手 それを担うために戦略を立て、様々な対応をしようとしています。その中で今日紹介するのが、IHIアカデミーです。
IHIアカデミーは「変革人財」の育成・強化を目的としたプログラムです。
自ら挙手、または上司や同僚から推薦された社員がメンバーとなり、事業創出の機会を得たり、育成研修を受けたりします。
変革を起こすには、社員一人ひとりが考え方のベースを変えなければいけない。
そのためには自発的な行動を通して気づきを得ることが大事ですが、闇雲に人と会えばいいというものではありません。
知識や知見を身につけ、それを積み重ねることが、バリューチェーンを創造できる思考のベースをつくります。IHIアカデミーはそのための仕組みなのです。
池田 すでに社員の皆さんに積極的に活用されているのでしょうか?
井手 本音を言えば、もっと活用してもらえるプログラムにしたい、というところです。挑戦の組織文化をつくる過程は、道半ばだと感じますね。
IHIは長らく、航空機エンジンのような「絶対にミスが許されない製品」をつくってきた会社です。そのため、「新しいことをやろう」というよりも、「言われたことを正確にやり切る」文化が根づいていました。
しかし新しい価値を生み出すのに、100%安全な道なんて存在しません。だからこそ、失敗を恐れずに挑戦する文化へと、明確に転換しなければならない。
日本企業には長らく、失敗を防いでリスクを減らす「減点主義」の文化がありました。我々は、その風土を変えていきたい。
安全性など絶対に守るべき領域は当然あります。が、新しい挑戦については「失敗してもいいからまずやってみよう」と、全社員に伝えたい。
IHIアカデミーという成長の機会を存分に活かし、チャレンジしてほしい。進化したIHIの姿をお見せできるよう、これからも邁進していきます。
制作 :NewsPicks Brand Design
執筆 :塚田有香
撮影 :大橋友樹
デザイン:小鈴キリカ
編集 :金井明日香
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