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林業×宇宙 コラボレーション 世界の環境課題に取り組む 住友林業とIHIの協業による革新的な熱帯林・泥炭地管理プロジェクト「NeXT Forest」

株式会社IHI   

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カーボンニュートラルの実現と生物多様性の保全のために重要な役割を果たす熱帯林.住友林業株式会社がもつ高度な森林管理・治水技術とIHIグループのもつ高いセンシングおよびデータ解析技術を適用することで,適切に保全・管理し,将来を予測する.

住友林業が保有する森林 (提供:住友林業株式会社)

はじめに

カーボンニュートラルを実現するためには,二酸化炭素の排出量削減とともに,二酸化炭素の吸収作用を保全し強化する必要がある.森林は自ら二酸化炭素を吸収して固定 (炭素として内部に貯留) できるため,カーボンニュートラルの実現に向けて重要な役割を果たす.さらに近年は,森林のもつ生物多様性の保全機能にも注目が集まっている.

「自然資本」としての森林の現状と課題

従来の技術で推定されている森林の炭素固定量は,比較検証するための実測データの欠如により,その精度が課題となっている.そのため,炭素固定量に対する炭素クレジットの価値が適正に評価されていないのが現状である.森林資源は気候変動対策へ大きく貢献し,さらに,森林の適切な管理は生物多様性の保全や地球規模の水循環,地域社会の発展などにも貢献する.これら森林の自然資本としての価値を適正に評価し,森林を適切に管理することは今後の大きな課題である.

熱帯泥炭地の現状と課題

これまで述べてきた森林と同様に,森林などを育む土壌も重要な自然資本である.巨大な炭素の貯蔵庫として,インドネシアやコンゴ盆地,アマゾンには熱帯泥炭地と呼ばれる土壌が分布している.大部分が水で,残りは樹木などの植物遺骸が腐らずに堆積した有機物で構成される.その面積は全世界で82万km2 (日本の国土面積の約2倍) 以上,貯蔵する炭素量は約890億t (2017年の世界の炭素排出量の約10倍) といわれている.

熱帯泥炭地は不適切な土地管理によって地下水位が下がり,泥炭が乾燥すると非常に燃えやすい.泥炭火災がもたらす煙害や大気中への炭素放出は世界中で大きな問題となっている.2015年にインドネシアで発生した泥炭火災では合計約4.6万km2が消失し,8.9億tの二酸化炭素を放出 (その年の世界の二酸化炭素排出量の2.5%に相当) したといわれている.そのため,熱帯泥炭地では水位管理が極めて重要である.

泥炭火災 (提供:住友林業株式会社,ただし住友林業事業地ではない)

NeXT Forestプロジェクト

NeXT Forest (Negative emission eXpert Technologies for Forest) とは,「森林管理コンサルティング事業」と「自然資本の価値を最大化する持続可能なビジネスの開発」を目的とする,住友林業株式会社 (以下,住友林業) とIHIの協業プロジェクト名である.

住友林業の大きな強みは国内外で培ってきた森林管理技術や,インドネシアでの熱帯泥炭地の管理技術および10年以上にわたる地上測定データの蓄積である.

一方,IHIグループの強みは長年の宇宙開発や気象観測・予測で培ったセンシングおよびデータ解析技術である.

両社のもつ強みを組み合わせ,気候変動対策としての炭素吸収の価値だけでなく,生物多様性や水循環の保全,地域社会への貢献といった自然資本としての付加価値を加えることで,質の高い炭素クレジットを創出することも目指している.

IHIの技術と取り組み 1:地下水位管理システム

住友林業がインドネシアの熱帯泥炭地で行う植林事業では,年間をとおして地下水位を安定化し,泥炭火災を防ぐ管理技術を保有している.しかし,これは現場での試行錯誤の結果であり,熟練作業者の勘と経験によるところが大きく,経験の浅い作業者が安定して適切な地下水位 (地下数十cmのある範囲に限られる) を保つのは容易ではない.

そこで,IHIは住友林業と協力し,経験の浅い作業者でも適切な森林管理が行えるよう,現在運用している管理技術を基とした地下水位管理システムの開発に取り組むこととした.

地下水位予測システム
(1) センシング技術
広大な熱帯泥炭地の森林管理を適切に行うためには,気象状況や地下水位を適切に計測し,正確に把握するセンシング技術が不可欠である.この課題解決のため,住友林業およびIHIグループは熱帯泥炭地管理向けセンシングソリューション「sPOTEKA」を共同開発している.これは,IHIグループの明星電気株式会社が開発した超高密度遠隔気象観測システムPOTEKA®を基に開発している.POTEKAは気温・気圧・雨量などの気象データを観測するシステムであり,海外にも納入実績のある確立されたソリューションである.sPOTEKAはPOTEKAシステムを拡張し,熱帯泥炭地管理に重要な地下水位計を実装している.さらに,携帯通信機器用の電波が届きにくい場所でも使えるよう,衛星通信を利用したクラウドとの通信機能をもつ.具体的には,計測機器を親機と子機に分け,親機と子機間をローカルネットワークで無線接続し,親機は衛星通信を利用してクラウドと通信を行う構成としている.クラウドでのデータ管理により,例えば,地下水位が管理値以下になると自動的にアラートを送信し,火災リスクなどの管理に有用な情報を提供する.さらに,遠隔地からの機器異常検知が可能となり,適切なタイミングでのメンテナンスを可能とすることで,熱帯の厳しい環境におけるシステムの高い稼働率を達成する.
このsPOTEKAにより得られたデータと,そのほかの気象情報,人工衛星データおよび住友林業からの地上測定データを組み合わせることで,年間をとおして地下水位を安定に保つための地下水位管理システムを構築する.
sPOTEKAの実物大模型の外観
(2) データ解析技術
熱帯泥炭地の地下水位を適切に管理するためには,地下水位の現状把握とともに将来の挙動を予測することが重要である.
そこで,IHIはセンシングによって得られたデータから地下水位を予測するデータ解析手法の開発に取り組んでいる.具体的には,地下水の挙動を解く物理的な手法 (以下,水理モデル) と,機械学習を用いた統計的な手法 (以下,機械学習モデル) を融合し,地下水の分布を空間的・時間的に連続して把握することを目指している.開発はIHIが中心となり,東京大学と連携して進めている.住友林業から提供された標高データ,ボーリング計測による土壌データ,水路位置などインフラに関するデータのほか,管理区画に設置された観測装置で計測した地下水位・降水量などの時系列データを基に今まで分析を実施してきた.現在は水理モデルの地下水位推定精度の改善を行うとともに,機械学習モデルの構築を行っている.

IHIの技術と取り組み 2:炭素固定量推定

森林の樹高,幹の直径 (胸高直径) ,樹種といった森林情報の把握は,森林にどのような変化が生じているかを監視するうえで重要である.さらに,これらの森林情報は森林の炭素固定量の把握にも役立てられるため,自然資本としての森林の価値を適切に評価するためにも有用である.しかし,広大な面積を誇る熱帯泥炭地において,森林情報の収集を人の手で行うのは非現実的である.

そこでIHIは,人工衛星およびUAV (Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機) による遠隔計測で得られたデータを基に,森林情報を把握する技術を開発している.特に人工衛星によるセンシングは,広範囲を一度に観測できるため,広域にわたる森林管理に効果的である.森林からの可視光・赤外線のスペクトルデータはAIにより解析され,樹種の判別が行われる.さらにマイクロ波放射計やレーザ光を利用した計測による樹高,幹の直径のデータを組み合わせて,森林バイオマス (森林の乾燥重量) と,炭素固定量を推定する.こうしたIHIのセンシングおよびデータ解析技術と住友林業が収集・蓄積を進めている詳細な地上測定データを融合させることで,森林情報や炭素固定量推定結果の評価および精度の向上を行う.

世界展開:COP26への出展

気候変動に対する本取り組みを世界に発信するため,住友林業とIHIは2021年10月31日から11月13日にイギリスのグラスゴーで開催された「第26回気候変動枠組条約締約国会議 (COP26) 」のジャパン・パビリオンに共同出展した.

IHIグループの衛星データ利用技術,気象観測・予測に適用される最先端のセンシング技術を,住友林業の熱帯泥炭地管理技術と組み合わせ,世界に展開する取り組みを紹介した.さらに,経済産業省主催による「衛星データを活用した,オールジャパンで取り組む持続可能な熱帯林・熱帯泥炭地管理」セミナー,および国連環境計画 (UNEP) が主催する泥炭パビリオンでもNeXT Forestプロジェクトの紹介を積極的に行った.

熱帯泥炭地管理向けセンシングソリューションsPOTEKAも,ジャパン・パビリオンと泥炭パビリオンに実物大模型を展示するとともに,インドネシアのカリマンタン島に設置した試作機が取得する,地下水位や降雨量などの気象データを会場で表示し,機能のアピールを行った.

森林保全が具体的なソリューションとして着目され始めたCOP26は,住友林業とIHIの取り組みを紹介する良い機会であった.また,アフリカの参加者からは後日問い合わせをいただくなど,参加者の関心は高かった.今後も本プロジェクトの重要性を積極的に世界へ発信していく.

COP26でのsPOTEKA展示

おわりに

熱帯泥炭地の保全と適切な管理はカーボンニュートラルの実現,生物多様性の保全といった社会課題の解決に重要な役割を果たす.一方,その適切な管理には,地下水位管理をはじめとする複数の先端技術を,低コストかつ容易に運用できる技術として普及させる必要がある.

今後の展望として,地下水位管理システムについては,得られたデータからさらに付加価値の高い情報を生み出す技術の開発を行う.一例として,火災リスクの算出機能などを実現し,熱帯泥炭地の森林管理をより高度にするためのソリューションを提供する.森林の炭素固定量推定技術については,森林情報把握のためのデータ解析を発展させ,森林火災や違法伐採の監視を行う.さらに,新たに複数の人工衛星を赤道上に投入し,コンステレーション (複数の人工衛星のシステム) を構築することで,高時間分解能モニタリングによる世界中の熱帯泥炭地を視野に入れたセンシングシステムの構築を目指す.

IHIは,住友林業とのNeXT Forestプロジェクトをとおして,世界が抱える環境課題を解決するために持続可能なビジネスを構築していく.

赤道衛星コンステレーション