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ILIPS環境価値管理プラットフォームの展開 ブロックチェーン技術を活用した脱炭素社会実現への貢献

株式会社IHI   

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IHIのIoT基盤ILIPS®などをつうじて取得した装置や設備の稼働データからCO2排出量/削減量を算出し,ブロックチェーン上で記録・管理,および環境価値としてトークン化するデジタルプラットフォームを展開中.

「ILIPS環境価値管理プラットフォーム」全体概略図

はじめに:脱炭素社会実現に向けた課題

地球規模の課題である気候変動問題の解決に向けて,2015年にパリ協定が採択され,日本政府も,2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを,2020年10月に宣言した.このような動きに合わせて多くの企業でカーボンニュートラル目標を宣言し,各社が削減に向け取り組んでいる.一方,自社の削減努力だけでは目標を達成できない場合,ほかの企業が実施したCO2排出削減活動によって生み出されたカーボンクレジットで補てんすることができる.カーボンクレジットとは,CO2削減量をクレジットとして発行し,企業や個人などで転用可能にするものである.

日本では,省エネルギー (省エネ) 設備の導入や再生可能エネルギー (再エネ) の利用,森林管理などによるCO2排出削減量を環境価値として認証し,取引を行う「J-クレジット制度」など,カーボンオフセットを行う仕組みがある.しかし,現在CO2排出量のトレーサビリティーを確保することは難しく,J-クレジット制度の利用には煩雑な手続きや費用が発生するため,中小企業・個人事業者などが利用するには負担が大きく,多くの小口の環境価値が国内で広く埋没していると考えられる.これらの埋没した価値を拾い上げ,日本全体でCO2削減量の増大を図る仕組みづくりが課題である.

ILIPS環境価値管理プラットフォーム

IHIではそのような仕組みづくりを進めるため,ILIPS (IHI group Lifecycle Partner System) を基に検討した.ILIPSとは,IHIグループの製品や装置のデータをクラウドサーバーに集積し,ライフサイクルビジネスに活用するためのIHIグループ共通IoTシステムのことである.このILIPSを拡張させた「ILIPS環境価値管理プラットフォーム」の提供を開始した.

環境価値の認証・取引には,信頼性が担保されたCO2排出量/削減量のモニタリングならびに結果報告および検証が重要になる.本プラットフォームは,CO2排出量/削減量を計算し,ブロックチェーン技術にて記録し可視化する.プロックチェーン技術とは,データをネットワーク上に分散して保持させ,かつ,データ構造を改ざん検出が容易にすることで,透明性,信頼性およびデータの耐改ざん性を高める技術である.さらに,あらかじめ企業や個人などの当事者間で定めたルールに基づき,自動で取引や計算を実行するスマートコントラクト機能が存在する.これらの技術・機能を活用して,ILIPSや他社IoT基盤に蓄積されている装置・設備の消費電力や化石燃料の消費量といった稼働データを基に,自動でCO2排出量/削減量を計算し,トークンという形でブロックチェーンに記録する.トークンとは,ブロックチェーン技術を用いて発行された電子的な証票で,移転や交換が可能なものであり,本プラットフォームでは,CO2削減量の企業や個人間での取引を見据えて実装している.

この「ILIPS環境価値管理プラットフォーム」を活用し,お客さまに対する次の三つのサービスを提供している.

①機器の稼働データ見える化サービス
このサービスでは,機器の稼働データの自動計測・遠隔モニタリングを行う.産業機械に対して,センサー機器やエッジデバイスを介して稼働データを収集し,エネルギー消費量などを可視化することができる.IHIグループ製品に対しては,高信頼性を担保したILIPS専用エッジデバイスを適用し,IHIグループ製品以外には,専門知識やプログラミングが不要で簡単に接続・立ち上げが可能なエッジデバイス「IHI PUSHLOG」を適用してデータを収集する.
②CO2排出量のトレーサビリティーサービス
このサービスでは,CO2排出量データの追跡・遡及を示す.サプライチェーンの下流に位置する企業,自治体,金融機関・投資家などに向けたCO2情報の開示が求められる場面で,信頼性の高いデータを簡単に提供する.これまで,クラウド上に蓄積された稼働データを基にしたレポート発行は一般的に実施されていたが,算出元となる機器や計測器の情報と稼働データはひもづけされておらず,算出根拠もブラックボックス化していた.本プラットフォームでは,各種情報と稼働データをひもづけトークン化することにより,トレーサビリティーの確保を可能とした.さらに,算出根拠となる各種情報や計算式をブロックチェーン技術を用いて管理することで,透明性が高いレポートを発行することができる.
③カーボンクレジット創出サービス
②のサービスで生成したトークンを基に,カーボンクレジットの創出を行うサービスである.現行のJ-クレジット制度の問題点に対しては,複数のお客さまの機器や設備の稼働データを収集し,IHIが一括処理することで,お客さまの認証・審査に掛かる費用や手間を最小限に抑えることで解決している.
機器の稼働データ見える化サービス概要

CO2排出量のトレーサビリティーサービス概要

事例紹介

本プラットフォームを活用した具体的な事例として,岐阜県恵那市,日本碍子株式会社 (日本ガイシ) ,株式会社リコー,恵那電力株式会社との取り組みと,株式会社IHI汎用ボイラ (IBK) との取り組みを紹介する.

(1) 恵那市,日本ガイシ,リコー,恵那電力との共同実証事業
日本ガイシとリコーは,恵那電力の再エネの発電から消費,余剰発電の電力貯蔵用NAS®電池への充放電も含めたすべてのプロセスのトラッキングを行う実証事業に取り組んでいる.恵那市の公共施設における太陽光発電での自家消費量は,CO2削減量として市が保有する環境価値とみなされる.この環境価値を,本プラットフォームによりJ-クレジットに変換する.クレジット化された市保有の環境価値を市内の事業者に売却することで,環境価値が付加されたカーボンオフセット商品の創出を促進し,さらにカーボンオフセット商品を市内外で販売することで,恵那市の環境ブランド力向上に寄与することができる.本実証事業をつうじて得た恵那市外からの資金流入を原資として,さらなる再エネ導入や省エネ化の促進につなげ,恵那市のゼロカーボンシティ実現に貢献する.併せて,全国の自治体のモデルケースとなる脱炭素・経済循環システムを確立し,2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指している.
(2) IBKとの取り組み
IBKでは,お客さまのものづくりに必要な蒸気を発生させるボイラの運転状況を見える化し,お客さまに寄り添った最適運用の提案,蒸気システムのサポートを行う「i-Laboシステム」を運用している.i-Laboシステムで収集した稼働データと,本プラットフォームを連携することで,①機器の稼働データ見える化サービス,②CO2排出量のトレーサビリティーサービス,③カーボンクレジット創出サービス,を提供している.これらのサービスをつうじて,お客さまが新規に導入したボイラや高効率ボイラへの置き換えに伴うCO2削減量のJ-クレジット創出やお客さまの事業活動を支援するものである.IBKでは,今後汎用ボイラだけではなく,ファンやコンプレッサーなどに対象を広げ,工場全体でのカーボンニュートラルを実現するためにサービスを拡大していく予定である.
カーボンクレジット創出サービス概要

今後の展望

日本中の中小企業や個人事業者で埋没していると思われる,多くの小口の環境価値を拾い上げる仕組みづくりは,IHI単独で成し得るものではないため,さまざまな企業や団体と連携して共創を進めている.例えば,富士通株式会社とは,本プラットフォームで生成したトークンを他社のブロックチェーン基盤へ安全に相互接続することで,環境価値の取引市場に流通させる仕組みを立ち上げ,効率的な流通を目指している.さらに今後,銀行などの金融機関とも連携し,本プラットフォームから生成される透明性や信頼性が高いCO2排出量レポートを活用した,デジタル化したグリーン・ボンドやサステナビリティ・リンク・ローンなどの金融スキームづくりにも取り組んでいく.

一方で,これからのIHIの脱炭素事業を支えるカーボンニュートラルなアンモニア,水素,メタンなどの次世代燃料のカーボンフットプリントを記録する別のプラットフォームも開発している.まずはアンモニアについて,データ追跡信頼性の高いブロックチェーン技術を用いて,「つくる」「はこぶ・ためる」「つかう」の各段階におけるCO2排出量を算出,記録および可視化し,CO2トレーサビリティーを実現した.このプラットフォームにより,バリューチェーン上の各プレーヤーやアンモニアの需要家が,脱炭素の取り組みに関する情報を必要とするステークホルダーに対して,CO2排出量や削減量を証明できるようになる.そこで,このプラットフォームの有効性を確認するため,そうまIHIグリーンエネルギーセンターにおける再エネ発電・水素製造設備と,IHI横浜事業所におけるアンモニア合成・貯蔵・ガスタービンまでの各設備からなるバリューチェーンを構築し,実証試験を実施中である.

昨今のカーボンニュートラルに関する流れは,例えば,エネルギー事業といった一つの事業分野でクローズするものではなく,バリューチェーン全体にまたがるものであり,ブロックチェーン技術は,そのすべての分野を効率良くつなげ,見える化を実現できる技術と考えている.IHIグループはさまざまな事業を展開しているが,「ILIPS環境価値管理プラットフォーム」をはじめとする,環境価値を支援するプラットフォームが連携することで,自然と技術が調和するカーボンニュートラルな社会を実現していく.

恵那市共同実証事業概略図