オセロに学ぶ,考え続けるということ
株式会社IHI 技術開発本部 渡邊修
オセロの競技経験
中学生の頃,私はオセロに比較的熱中していた時期があった.きっかけは,玩具店の店頭で開催されていた大会である.軽い気持ちで参加したところ優勝することができ,そのまま県大会,全国大会へと進む機会を得た.全国大会の会場は皇居近くの帝国ホテルであり,中学生の自分には場違いとも思えるほど立派な会場で,緊張感と高揚感が入り混じったことをよく覚えている.
この頃に痛感したのは,限られた持ち時間の中での先読みと,その前提となる局面の状況把握がいずれも十分でないという現実であった.初めて出場した全国大会では,4 人リーグで3 戦全敗という結果に終わった.接戦だと思っていた対局も,終盤になると差が広がることが多く,自分の読みの浅さを思い知らされた.翌年も全国大会出場の機会を得て2 勝1 敗までは成績を伸ばせたものの,予選通過には至らなかった.中学生の時期が競技者としてのピークであったように思う.こうした経験はささやかなものではあるが,その後の進路選択や研究の姿勢にも,少なからず影響を与えたように感じている.
シンプルなルールの奥深さ
オセロというゲームは,ルール自体は極めて単純である.しかし,実際に対局すると,その単純さの中に戦略的な奥行きがあることに気付く.一般的に序盤では,自分の選択肢を広く保つことが重要とされ,その結果として石数は必ずしも多くならない.私の感覚では,盤面の情勢を見ながら先を読み,その時点で自分が良い状況にいるのか悪い状況にいるのかを直感的に分かっていたように思う.限られた時間の中で,どの手をどこまで読み進めるか,どれだけすばやく盤面全体を捉えられるかが,そのまま勝敗に直結する.局所的に良さそうに見える一手が,全体としての形勢につながらない場合がある点は,このゲームの特徴の一つである.
コンピュータはどう考えるか
大学時代には,オセロを「人間同士の対局」だけでなく「コンピュータによるオセロ」として捉えることにも関心を持った.当時はルールベース(人があらかじめ決めた手順や判断基準に従って動く方式)によるプログラムが主流であり,序盤は定石,終盤は完全読み,そして中盤の評価関数に設計者の工夫が現れていた.どの局面を有利とみなすかという評価の設計が,プログラムの強さを大きく左右していたと記憶している.近年では,強化学習や深層学習によって評価関数そのものを学習させる手法も一般的になりつつあり,双方が最善手を選び続けると引き分けに収束するという結果も知られている.
こうした進展を踏まえると,オセロのような単純なルールのゲームにおいても,「どのように評価するか」「何を良しとするか」という点が本質的であることがあらためて見えてくる.局面の一部だけでなく,全体の構造や将来の展開を踏まえて判断することの重要性は,現在でも変わらない.
判断と振り返りの大切さ
また,評価や判断の妥当性を担保するためには,結果を検証する視点も欠かせない.判断とその結果を振り返り,そのたびに自分の判断基準を更新していくというプロセスは,ゲームに限らず,研究開発や業務遂行の場面においても共通している.研究の現場でも,ある仮説に基づいて実験や解析を行い,その結果を評価し,次の方針やテーマへとつなげていく一連の流れは,同じ構造を持っている.
生成AIとの付き合い方
この点は,最近広く利用されている生成AIの使い方にも共通するところがある.生成AIは,文書作成や情報整理,アイデア出しといった作業を効率化する有用な手段であり,私自身も報告書の素案づくりや技術資料の構成検討などに日常的に活用している.一方で,その出力は常に正確とは限らず,結果の確認や評価は利用者側にゆだねられている.生成AIは複数の選択肢を提示するが,その中から何を採用するかという判断は別のプロセスであり,目的や前提に照らして吟味する必要がある点は,オセロにおける局面判断と重なる.
効率化の先にあるもの
技術の進展により,作業に要する時間が短縮される一方で,「何を考えるか」「どのように判断するか」といった部分の重要性は,むしろ高まっているのではないだろうか.効率化された分だけ,より本質的な部分に時間を使えるようになるとも言える.振り返れば,オセロで結果を左右していたのは,目先の一手だけではなく,その先の展開を見据えた判断であった.限られた盤面と単純なルールの中であっても,選択と結果の関係は一様ではない.
考え続けるということ
オセロを通じて感じた「簡単に見えるものほど奥が深い」という感覚は,日常の業務や技術課題にも通じる.一見単純に見える数字や現象の裏側にある構造を丁寧に捉える姿勢が,結果の質を左右するのではないだろうか.生成AIのような新しい技術は道具にすぎないが,それにどう向き合うかという点では,オセロに取り組んでいたときと共通するものがある.最終的にどのような結果につながるかは,その過程で何を問い,どのように考えるかに依存する.目の前の一手の意味を問い直し,その先を考え続けること.この姿勢を,日々の研究開発や業務の場でも大切にしていきたい.その積み重ねが,予期せぬ課題に直面したときの対応力にもつながるはずである.