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IHIエアロスペース 衛星打上げビジネスへ参入! 打上げサービス事業とイプシロンSロケット開発

株式会社IHIエアロスペース   

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2023年度の実証機打上げ後,JAXAから民間への移管が予定されているイプシロンSロケット.グローバルな小型衛星打上げ市場への参入に向けた展望と,国際競争力強化に向けた目下の開発状況について紹介する.

イプシロンロケット5号機


イプシロンSロケット

2020年6月12日,「イプシロンSロケットの開発及び打上げ輸送サービス事業の実施に関する基本協定」が国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 (JAXA) と株式会社IHIエアロスペース (IA) との間で締結された.2023年度に打上げが予定されている実証機の開発を経て,イプシロンSロケットは民間事業者に移管されることとなっており,自立的な打上げ輸送サービス事業をIAで担い,衛星打上げビジネスに参入することが決定している.

イプシロンロケットは,ペンシルロケットを起源に60年以上にわたり積み重ねてきた技術を継承する固体燃料ロケット (以下,固体ロケット) である.内閣府の宇宙基本計画において日本の基幹ロケットに位置付けられており,JAXAの下で,IAが機体システムの設計・製造を担当し,2013年の初フライトから,これまで5機の打上げに全て成功している.直近では2021年11月にイプシロンロケット5号機が打ち上げられ (上図) ,9基の衛星をそれぞれ軌道に投入した.複数の衛星を同時に打ち上げる機能を備えており,2019年のイプシロンロケット4号機でも,7基の衛星を打ち上げた実績がある.

イプシロンSロケットは地球周回低軌道 (LEO) に1 400 kg以上,太陽同期軌道 (SSO) に600 kg以上の打上げ能力を開発目標としている.下図にイプシロンロケット開発の全体図を示す.これまでもイプシロンロケットは2013年の試験機打上げ後,性能向上のための開発を継続してきており,2号機以降を強化型イプシロンロケットと呼んでいる.前述した複数の衛星を同時に打ち上げる機能もその一つで,イプシロンロケット4号機までに強化型開発・ミッション対応開発の第1段階を完了している.そして第2段階として2020年3月に発足した開発プロジェクトが,将来JAXAからIAに移管されるイプシロンSロケット開発である.強化型イプシロンロケットからの変更点は後述するが,世界の小型衛星打上げ市場を意識し,国際競争力を強化するための開発になっている.

イプシロンロケット開発の全体像 ©JAXA
https://www.rocket.jaxa.jp/rocket/epsilon/

衛星打上げビジネスへの参入

(1) 事業環境
IAはイプシロンSロケットで小型衛星打上げビジネスに参入する.近年では,高性能かつ低コストで小型衛星を生産できるようになり,それらを活用した衛星コンステレーションで新たなサービスが広がっている.世界的に小型衛星には高い需要が見込まれており,今後も観測や通信の分野で小型衛星を活用した新たなビジネスが成長する可能性は高い.増加する衛星打上げ需要に対して打上げ機会が不足していて,ロケットが求められる事業環境にある (右下図) .

一方で,イプシロンSロケットは後発で市場参入することもあり,実績のあるアメリカのFalcon 9やElectron,ロシアのSoyuzにヨーロッパのVegaなど,世界の先行するロケットに対抗することが課題になる.小型衛星の需要拡大に呼応する形で多くのベンチャー企業も小型ロケットの開発に取り組んでおり (アメリカ Firefly Alpha,LauncherOne,Terran 1など),今後も増加傾向にあるコスト競争力の高い競合ロケットとの厳しい競争の状況にある.

(2) 小型商業衛星の受注活動
現在市場を席巻しているのは,イーロン・マスク氏率いるSpaceX社のFalcon 9ロケットである.複数の衛星をライドシェア (相乗り) させることで驚くほどの低価格で打上げサービスを提供している.2021年1月のTransporter-1ミッションでは,143基の衛星をまとめて打ち上げ,続くTransporter-2ミッションでも88基の衛星打上げに成功している.

衛星打上げ要望とロケット打上げ予測 (出典:SPACENEWS July 30,2018)

イプシロンSロケットの強みは,小型衛星の専用便 (Dedicated Launch) を提供できることである.大型ロケットでのライドシェアと異なり,お客さまの要望に合わせた投入軌道や,スケジュール,仕様の変更に柔軟に対応できることをセールスポイントに受注活動を展開している.専用便なので,1基でも小型衛星のコンステレーション構築を計画するお客さまに対しても,希望する軌道,希望する時期に衛星を打ち上げることができる.大型ロケットのライドシェアよりも早く衛星を届け,サービスインまでの期間を短縮させることも可能である.また,コンステレーション構築のみならず,運用を終了した衛星のリプレースまで含んだライフサイクルでの協業となれば,打上げサービスの大幅な受注増を見込むことができる.IAはプロジェクトの初期段階からお客さまにアプローチし,事業計画の提案も含め協力することで,イプシロンSロケットが貢献できる事業分野の拡大を目指していく.さらに衛星搭載スペースに余剰がある場合は,超小型衛星やCubeSat向けに空きスロットをインターネットで販売することも視野に入れている.

イプシロンSロケットがターゲットにするのは,自国に打上げ手段をもたない新興国の政府機関である.特に総人口で6億人を超える東南アジア諸国は地理的にも近く,経済成長への期待や安全保障上のパートナーとしての役割,文化的親和性もあり,お客さまの候補として重要視している.お客さまとのネットワーキングには,IHIグループの海外事務所などと一体になり活動している.また,日本国内のベンチャー企業,スタートアップも主要なお客さまである.海外での打上げに比べ,輸送や輸出・許認可の手続きに要する時間と労力を節約できるため,国内打上げにはメリットがある.

競争力のある価格設定にも注力する.固体ロケットは液体燃料ロケット (以下,液体ロケット) に比べ取扱いが容易であることから射場運用の効率化を進めやすい.また射場設備が簡素であるため維持費用を抑えやすく,すでに採用されているLCS (Launch Control System:発射管制装置) やROSE (Responsive Operation Support Equipment:即応型運用支援装置) といった自動点検機能を深化させることで,人手をかけないコンパクトな打上げ管制を実現し,価格を低減することが可能である.

固体ロケットは液体ロケットに比べて,振動条件や衛星投入精度が悪いといわれるが,イプシロンSロケットでは,世界トップレベルで音響,振動,衝撃を抑制した衛星搭載環境を,すでに現行の強化型イプシロンロケットで実現しており,さらに深化させていく.また,小型液体推進システムであるPBS (Post Boost Stage) の採用により衛星投入精度も高い.即応性や取扱いの容易さという固体ロケットのメリットを活かしながら,液体ロケットと同等の能力を有している点に,イプシロンSロケットの優位性がある.

国際競争力強化のための開発

JAXAは,イプシロンSロケットの“Sの意味”を,Synergy (シナジー) × Speed (即応性) × Smart (高性能) × Superior (競争力) × Service (打上げ輸送サービス) と設定し,世界の衛星打上げ市場で「戦える」ロケットを目標にしている.JAXA取りまとめの下,IAが機体システムの設計・製造を担当しており,2023年度の実証機打上げに向けて開発を進めている.

(1) 打上げまでの期間短縮
ロケットの先端には,フェアリングという衛星などを音や振動,熱から守っている部品がある.強化型イプシロンロケットではフェアリング内に衛星と3段ロケットを搭載するが,イプシロンSロケットでは3段ロケットをフェアリング外へ配置し,フェアリング内は衛星のみを搭載する (フェアリングのカプセル化) .これにより,衛星搭載後に実施していたロケット全段点検を搭載前の工程とし,衛星とロケットの結合時期を変更することで,約1か月だった衛星受領から打上げまでの期間を10日以内に短縮する改善を行う (下図) .イプシロンSロケットは年間4機の打上げを目標に,射場作業の短縮に取り組んでいる.衛星の製造遅れなど,お客さまの都合で当初の打上げ延期が必要な場合でも,1~2か月待てばフライトスイッチでき,次号機で打ち上げることで大幅な遅れを回避できるような打上げ体制を構築していく.

フェアリングのカプセル化 ©JAXA
https://www.rocket.jaxa.jp/rocket/epsilon/

(2) 打上げの確実性・信頼性向上
イプシロンSロケットは3段式の固体ロケットであるが,各段モータの開発において,これまでIAが取り組んできた固体ロケット技術を最大限活用することで信頼性を確保する.1段モータはH3ロケットに使われる補助ロケットブースタ (SRB-3) を流用したうえで,TVC (Thrust Vector Control:推力方向制御機能) を追加するアプローチであり,モータケース・推進薬・ノズル・点火装置という主要コンポーネントをSRB-3の共通部品として統合する.2段,3段モータもSRB-3の推進薬と共通化し,また,モータケースの主要材料であるプリプレグを内製化することで,低コスト化と安定的な品質確保を図る (下図) .

H3 ロケットとのシナジー発揮の具体例 ©JAXA
https://www.rocket.jaxa.jp/rocket/epsilon/

イプシロンSロケットは,PBSの開発においてもH3ロケットのRCS (Reaction Control System:姿勢制御システム) と部品共通化を行う.IAは衛星の液体推進系システムを40年以上にわたり国内外に提供してきており,2液式スラスタはアメリカの衛星メーカで広く使用されている.IAは固体ロケットだけでなく,液体推進系の信頼性向上に資する,高い実績も有している.

そのほか,打上げまでの機能点検を深化させるために,打上げ前の射場において,ロケット最終形態での飛翔シミュレーションによる全機能点検 (Test Like You Fly) を構想している.強化型イプシロンロケットは点検用フライトソフトウェアを用い,TVCなどの駆動やPBSのバルブ作動,火工品点火動作や2段,3段モータ分離などを点検用パターンで動作確認している.これを実フライト用のソフトウェアを用い,フライトと同じ動作でシミュレーションすることで,フライトを模擬した全機能点検ができ,検証レベルを高めることができる.現状では最終打上げ形態での全機能点検ができないため,工場出荷時や射場での全段組立て前に機器を接続し,点検を実施している.工場出荷前の場合,点検のために組み立て,輸送のためにばらす作業が発生しており,これらを省略できるようになれば機体整備期間短縮という観点からもメリットがあり,取組みを進めている.

イプシロンロケットのこれまでの打上げ成功実績に加え,機能点検強化もお客さまに強くアピールできる特長である.

自立的かつ持続可能な打上げサービス事業へ

イプシロンロケットは,これまで官公庁や学術機関からの衛星打上げニーズに応え,JAXAの下で技術を蓄積し成果を挙げてきた.これからのイプシロンSロケットによる打上げ輸送サービスの事業展開には,基幹ロケットとしての官需打上げに加え,継続的な商業衛星の受注が必要条件になる.世界市場での新規お客さま開拓やネットワーク構築は,IHIグループで着々と準備を進めている.IAはイプシロンSロケットと共に,自立的かつ持続可能な打上げサービス事業を育てていく.

現在,受注活動の一環としてイプシロンSロケットの認知度向上に力を入れている.打上げサービス専用WEBサイトを立上げ,SNSの活用も計画中である.11月に打上げ成功したイプシロンロケット5号機の動画も,YouTubeでぜひご覧いただきたい.

問い合わせ先

株式会社IHIエアロスペース
イプシロンプロジェクト部
電話 (0274) 62-7810