振動のモニタリングサービス IoT技術を活用した設備診断サービスの提供
株式会社アイ・エヌ・シー・エンジニアリング
簡易型無線式振動センサを利用した,クラウド型データ管理システムによる工場やプラントの機器の故障予知保全に役立つ振動モニタリングシステムを開発した.今後,本システムに音響センサを用いた異音検知機能を組み込む計画である.
株式会社アイ・エヌ・シー・エンジニアリング (INC) は,2021年6月からIoTモニタリングサービス「INC Remote Monitor」の販売を開始した.本サービスは,工場やプラントの設備機器の突発故障の防止や定期的な保全に利用されることを想定している.現在までに,お客さまの設備機器の振動と設置面温度の時系列変化や出現傾向を分かりやすく提供できるシステムを開発した.
INCについて
INCは,音と振動を専門とするエンジニアリング会社であり,1977年の創業以来,騒音,低周波音,振動の技術をベースにコンサルティングや,航空機用のエンジンの試運転装置などを手掛けてきた.
コンサルティング事業においては,お客さまの騒音・振動・低周波音に関するさまざまな困りごとに対して,INCの音響・振動を中心とした幅広い技術により的確に調査・検討を行い,適切なソリューションを提供する事業を展開している.また,騒音・振動対策を実現するための手段として,各種消音装置やアクティブ騒音低減システム,防振装置などの製品の提供を行っている.
INCのもつ音響・振動の技術をより広く活用するため,これまでの問題が生じた後の対策を主としたサービスにとどまらず,これを未然に防ぐことを実現するモニタリングサービスの開発に取り組んでいる.
振動モニタリングシステムの概要
システム構成について説明する.INC Remote Monitorは,大きくセンシング部,データ受信・転送部,データ管理・評価部,データ表示部 (ダッシュボード) の四つで構成される.センシング部には,無線式振動センサおよびセンサゲートウェイを使用している.
センサの特徴は後述するが,標準とするサービス形態では,10個程度のセンサからのデータを1台のセンサゲートウェイが受信する.
データ受信・転送部は,お客さまの工場などにセンサと共に設置され,センサゲートウェイから集約されたデータを受信した後,データ管理・評価部であるクラウド・サーバ (AWSを使用) に定期的にデータ転送を実行する.データ管理・評価部では,複数のお客さまの工場などからのデータを一元管理し,お客さまの工場ごとにデータに対する評価を行い,異常データを検知したときは,登録メールアドレスに直ちに警報メールを送信する警報メール機能を含む.
ダッシュボードは,データ管理・評価部よりお客さまごとのデータを専用のダッシュボードに表示する.お客さまは,保有する端末から各種WEBブラウザでログインすることで,お客さまごとのデータを専用のダッシュボードで閲覧できる.データ表示対象や表示期間の選択などの操作が可能であり,CSV形式のデータダウンロードにも対応している.センシング部を除き,データ受信・転送部,データ管理・評価部,ダッシュボード部はINCの独自開発である.
センサ仕様
INCのモニタリングシステムで使用している無線式振動センサ (加速度型センサ) の仕様を下表に記す.
振動は加速度型と速度型の2種類のセンサを選択可能であり,そのほかの無線式センサについても,今後対応を予定している.これらのセンサの特徴としては,センサ内部において非常に低電力で周波数分析 (FFT) 処理を行い,ピーク上位5個の周波数と加速度 (速度) のピーク値,実効値,尖り度,設置面温度を送信する.
サービスの特徴
本サービスの特徴としては,次の四つがある.
① センサの設置が簡単
② 現地に専用サーバが不要
③ 整理されたデータをいつでも閲覧可能
④ 異常検知時にメールでお知らせ
①の特徴は,使用するセンサが小型軽量の磁石固定式である点と,配線不要の電源内蔵型無線方式を採用している点である.
②の特徴は,現地にオンプレミス (社内運用) 専用サーバを設置せず,取得データをクラウドに保存して一元管理していることである.ここで,オンプレミスとはクラウドと対比し,工場内などの限られたLAN環境のみで用いる形態をいう.なお,クラウドサーバは情報セキュリティの観点から多段認証が必要となるシステム構成としている.
③の特徴は,クラウド上のデータを使用し,WEBで24時間閲覧できるINC独自開発のダッシュボードを提供していることである.
最後に,④の特徴として,システム上で異常データを検知したとき,事前に登録したお客さまのメールアドレスに,すぐに警報メールを送信する警報メール機能がある.
ダッシュボードの表示例は下図のとおりで,センサのレイアウト画面,計測データ全体表示画面,個別センサ画面からなる.
サービス導入のメリット
ここで,モニタリングサービスの導入メリットとして,次の六つを挙げる.
① 保守費用の削減
② データによる管理
③ 点検品質の向上
④ 突発停止の防止
⑤ 予備部品の削減
⑥ メンテナンスの効率化
①の「保守費用の削減」は,複数のセンサによるモニタリングと,ダッシュボード上で全センサのデータを一斉に表示することにより,現場での巡回点検の作業時間を減らし,点検担当者の負担軽減を行う.
②の「データによる管理」は,振動などの数値データを取得することにより,聴診棒による点検担当者の感覚的な判断ではなく,過去のデータの比較や設定されたしきい値に基づいた客観的な評価を行う.
③の「点検品質の向上」は,②のメリットの延長として,点検担当者による判断のばらつきの是正や,常時監視となることで,点検間隔が生じる定期的な監視よりも故障の兆候を早期に発見できる.
さらに,モニタリングシステムを数か月,数年といった単位で,中長期間運用することにより,④の「突発停止の防止」と⑤の「予備部品の削減」を実現する.これは,取得データの適正な監視・管理を行うことで,故障の予兆検知による整備時期の適正化を図り,突発停止の防止,交換部品の計画的な準備 (余剰部品の削減) が可能になるためである.取得データにより設備劣化傾向が見える化できることは,予期せぬ設備機器の停止の回避と,その停止期間の短縮に大きく貢献する.
最後に,⑥の「メンテナンスの効率化」は,お客さまと取引きのある保守担当会社さまや機器を納入した機器製造会社とも情報を共有し,適切なメンテナンスを可能とするための支援を行う.
サービス開始までの流れ
次に,サービス開始までの流れとして,次の三つのステップを準備している
ステップ1:ご要望の聞き取り・現地調査・最適なシステムのご提案
ステップ2:センサとそのほかの機器の設置調整
ステップ3:サービス利用開始
サービス利用のご依頼を受けた後,ステップ1としてお客さまのご要望の聞き取りと現地調査を行う.これは,監視・測定対象機器の確認とその周辺環境の調査のためであり,お客さまの工場などを訪問して実施する.監視・測定対象機器に応じた振動センサの種類 (加速度型,速度型) や設置個数の選定,センサ固定位置の検討,さらに無線通信環境の調査を基に,お客さまにとっての最適なシステムをご提案する.
次に,ステップ2として,監視・測定対象機器へのセンサ設置と,そのほかの機器の設置およびシステム調整作業を実施する.また,ダッシュボード上に表示する監視・測定対象機器の名称や略称などのお客さま固有のシステム設定情報の確認,設定内容の調整を行う.
最後のステップ3として,調整したお客さま固有のシステム設定情報をシステムへ反映し,WEB上でのダッシュボード閲覧が可能な状態としてサービスを開始する.
実証例の紹介
ここで,本モニタリングサービスの実プラントなどでの実証 (トライアル) 例を紹介する.これまで3か所のお客さまの工場で,トライアルを実施した.
1か所目は,システムのプロトタイプ版が完成後,工場建屋内の旋盤などの装置と建屋外のコンプレッサの振動モニタリングを実施した.ここでは,対象装置が安定的に稼働し,故障事象は発生しなかったが,無線通信を含めて,システムを安定して長期間連続稼働することができた.
2か所目は,主に屋外に設置されてある粉砕機や集じん機といった粉じん環境でのセンサ設置と長距離無線通信のトライアルであった.センサ設置方法や,無線通信技術や経路など多くの知見が得られ,システム設計へフィードバックすることができた.
3か所目は,大規模なプラント内の発電装置として使用されているガスタービンエンジンのギアボックスおよび,吸排気装置の振動モニタリングのトライアルを行い,主にダッシュボード部について,情報セキュリティの面での多くの知見を得ることができた.これら3か所のトライアルの経験をシステム設計へフィードバックし,改善につなげ完成度を高めるに至った.
音響モニタリング技術の開発
現在,INCの強みである音響関連技術を活かして音響センサおよび異音検知機能を組み込んだ音のモニタリングシステムの開発を行っている.音響モニタリング技術は,センサカバーエリア内での異音 (普段と異なる音の発生) を適切に検知することを目指している.振動センサは設備機器の局所的な状態を精確に捉えることに適しているが,音響センサ (マイクロホン) はより広いエリアからさまざまな事象の発生をより少数のセンサで捉えることができる特長をもつ.
現在,振動センサをベースとし,MEMS (微小な電気機械システム) マイクロホンを備える音響センサを試作し,データ取得の実証に取り組んでいる.広い帯域の音響データをセンサで周波数分析し,時間的変動の状況を含めた情報が得られる仕様としている.音響センサからはさまざまな情報が得られるが,周波数特性・音圧レベルの変化をキーとし,振動,温度などそのほかのパラメータも含めた検知手法を採用する.
従来はベテラン保守点検員の聴感による「気づき」により発見されていた事象を,モニタリングシステムにより精度良く検知することは,お客さまに大きな価値を提供するものと考えている.