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小型モジュール炉で脱炭素に貢献
NuScale VOYGR SMRの特徴とIHIでの技術開発状況

株式会社IHI   

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近年,従来の原子炉より出力の小さい小型モジュール炉 ( Small Modular Reactor:SMR ) は,脱炭素社会に適した次世代技術として各国で開発が活発に進められている.IHIはアメリカのNuScale Power社 ( NuScale ) が開発するVOYGR SMR発電所に関する技術開発に取り組んでいる.その最新の開発状況について紹介する.

NuScale VOYGR SMR の全景 © 2023 NuScale Power, LLC.

はじめに

気候変動は世界的な問題として注目され,その対策への取り組みが加速している.日本政府が宣言している2050 年カーボンニュートラルの実現には,再生可能エネルギーの活用やエネルギー効率の向上など,さまざまな取り組みが必要とされている.

そのなかでもエネルギーの安定供給の観点から,原子力発電にあらためて注目が集まっている.国際エネルギー機関 ( IEA ) の統計によれば,2021 年時点で,世界的に見ると,原子力発電所は低炭素電力の4分の1以上を生産し,過去5 年間で約7 Gt(ギガトン)の二酸化炭素を削減してきた.この量は,2017~2021 年の5 年間に世界の電力部門全体から排出される量の10分の1に相当し,毎年1 Gt以上の二酸化炭素量を削減し続けている.

特に,二酸化炭素を排出せず,安全性,工場生産性,柔軟性に優れた小型モジュール炉 ( SMR ) は,カーボンニュートラルの実現に向けた重要な役割を果たすことが期待され,世界各国で開発が進められている.

現状の原子力発電所は,福島第一原子力発電所事故の反省と教訓も踏まえ,地震や津波などの自然災害への耐性向上やテロ対策が進められている.また,万一メルトダウンが起こったとしても,放射性物質を発電所敷地内にとどめるための設計など,原子力発電所の安全性向上に努めている.

SMRのような革新的な原子炉は,先進的な設計や自然循環システムなどの新たな安全メカニズムを組み込むことで安全性の向上を実現している.同時に,安全性を維持しながら,システムの簡素化やモジュール化などにより,経済性の向上も目指している.

従来の原子力発電所は,1 基当たりの電気出力がおよそ100 万 kWであるのに対して,SMR発電所は1 基当たりの電気出力が30 万 kW以下の次世代型原子力発電所のことを指す.

IHIはSMRの開発を行っているアメリカのNuScale Power社 ( NuScale ) へ出資し,SMR事業に参画した.IHIには長年にわたって原子力施設の設計・製作・建設・保守に携わってきた経験や技術があり,それらを生かして,SMRの事業化に向けて技術開発に着手している.

ここでは,NuScaleが開発するVOYGR SMR発電所 ( VOYGR ) の特徴とIHIでの技術開発の最新状況について紹介する.

NuScale Power Module の概要 © 2023 NuScale Power, LLC.

VOYGRの特徴

NuScaleはSMR開発における先駆者の1社であり,NuScale が開発するVOYGRは,アメリカ原子力規制委員会によって,その安全性が審査され,設計認証を取得した初めてのSMRである.2029 年にアメリカでの商業運転開始を目指しており,オハイオ州とペンシルベニア州で計2 基が計画されている.また,世界的な脱炭素,エネルギー安全保障の必要性の高まりにより,北アメリカ,ヨーロッパを中心に各国にて導入の検討が進められており,直近ではルーマニアのドイチェスティ発電所向けの事前計画・分析作業も開始されている.

原子炉建屋断面 © 2023 NuScale Power, LLC.

SMRは炉心も小さいため事故時の影響範囲を小さくできるとともに,自然循環で通常の炉心冷却が可能なことから,大型のポンプが不要で設備を簡素化できる.また,工場で部材一式をユニット化(モジュール化)して,それを建設地まで運搬,据え付けることで,自然条件に左右されることなく,高品質かつ建設期間の短縮および量産による経済性を期待できる.

VOYGRの原子炉であるNuScale Power Module ( NPM ) には,原子炉圧力容器,蒸気発生器,加圧器,格納容器が一つのパッケージとして含まれる.従来の大型原子炉にあった原子炉冷却材ポンプや大型配管,それ以外の付随する機器を削減したシンプルな設計となっている.

1 基当たり電気出力7.7 万 kWのNPMを最大12 基まで連結することができ,最大電気出力92.4 万 kWを供給できる.また,6 基構成(46.2 万 kW),4 基構成(30.8 万 kW)をラインナップしている.

個々のNPMは独立した発電システムをもち,個別に柔軟な運転が可能で,出力変動が大きい再生可能エネルギーの調整電源としての役割も期待できる.

各NPMは大きな原子炉プール内に設置され,事故時にも運転員の介在,動力を要さずに原子炉を長期間冷却できる.原子炉プール水により,最大12 基の原子炉から発生する崩壊熱を30 日以上冷却することができ,原子炉プール水の蒸発後には,空冷により無期限に冷却を継続できる.

従来の原子力発電所の周辺には,事故時などの緊急時に対応が必要な区域として緊急時計画区域が設定されている.アメリカの場合,発電所中心から半径約10 マイル ( 16 km ) の区域では,緊急時に,主に避難と屋内退避を実施する.VOYGRの場合,このような特徴的な安全性から,緊急時計画区域を従来大型炉から大幅に縮小し,発電所敷地境界とすることで,立地をより柔軟に選択できることが期待されている.

緊急時計画区域の大幅な縮小 © 2023 NuScale Power, LLC.
原子炉プールによる冷却の概要 © 2023 NuScale Power, LLC.

IHIでの技術開発の状況

IHIでは,NPMの主要構成機器である格納容器の製造・検査技術の開発を進めている.格納容器には従来の原子炉施設では使用実績の少ない高強度の特殊材料が採用されており,品質確保と施工性を両立できる溶接技術の高度化に取り組んでいる.従来大型圧力容器の高効率の溶接方法として,サブマージアーク溶接法が使用されていたが,VOYGRに使用される特殊材料の溶接においては,材料の粘り強さを示す指標である靭性(じんせい)値が低下することが確認された.そのため,新たなガスメタルアーク溶接技術を開発し,効率はそのままに,高靭性な溶接を実現した.

また,VOYGRには,最大12 基のNPMが設置されることから,今後VOYGRの世界各国への導入を進めていくに当たり,NPMのさらなる量産化,効率的な製造方法の開発が必要となってくる.そのため,将来的な量産化を見据え,従来のアーク溶接に加え,レーザー溶接などの適用のための技術開発も推進している.レーザー溶接の適用により,溶接による歪(ひず)みが少なく,スピーディーな溶接が実現できる.

将来的なアジア・国内への展開に向けて,アメリカよりも厳しい地震条件に対する安全評価および構造成立性を検討している.

今後の展開

IHIは,1950 年代より継続して,原子力主要機器メーカーとしての役割を担ってきた.これまでの豊富な実績を生かし,NuScaleのSMR技術を支え,安全で効率的なSMRによるカーボンニュートラルの実現とエネルギーの安定供給に貢献していく所存である.

また,国内で原子力発電所の新設の計画が見通せないなか,原子力技術の維持が課題となっている.NuScaleのSMR技術開発の取り組みをつうじた,ものづくりとエンジニアリング技術と経験を基に,原子力のさらなる安全性向上に貢献し続けるとともに技術の維持・向上を図り,引き続き原子力主要機器メーカーとしての責務を果たしていく.