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-160℃のLNG冷熱でCO2を削減する
世界最大規模のLNG冷熱発電設備を納入

株式会社IHIプラント   

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株式会社IHIプラント ( IPC ) は,中国,上海液化天然気有限責任公司向けにLNG冷熱発電設備を納入した.中国では1号機となる本設備の導入により,CO₂の排出量を年間最大1万t削減することが可能となった.本稿では,冷熱発電プロジェクトの概要と納入した設備仕様を紹介するとともに,プロジェクトを通して得られた知見およびその運転実績を紹介する.

上海LNG 冷熱発電設備全景

はじめに

2023 年12 月,中国上海洋山港に位置する上海LNGターミナルにて,上海液化天然気有限責任公司向け冷熱発電設備が完成し,引き渡しが行われた.

本設備は,作動媒体にプロパンを用いたランキンサイクル式冷熱発電設備であり,液化天然ガス ( LNG ) 処理量ベースでは世界最大規模,最大発電量は4,100 kWに達する.

冷熱発電は,LNGを気化して常温にする際に海中に捨てていたLNG冷熱を有効活用し,発電を行うものである.IHIグループとして1970 年代末から1990 年代初頭にかけて日本国内にて5 件のLNG冷熱発電設備の建設実績があるが,今回は30 年以上ぶり,また国外では初の納入となる.株式会社IHIプラント ( IPC )は,本工事を進めるに当たり,冷熱発電のプロセス設計,制御設計,主要機器の調達,および試運転を担当し,建設工事は中国企業が担った.

LNG冷熱発電設備とは

天然ガスは,輸送コストを抑えるために,膨大なエネルギーを費やして約−160℃まで冷却し,液化してLNGとする.液化によって体積は1/600になる.この過程で,LNGは液化時のエネルギーの一部を冷熱エネルギーとして蓄えている.LNGは消費地に輸送された後,空気や海水の熱を利用して再ガス化される.この際にLNGに蓄えられた冷熱エネルギーは大気中または海中に放出される.そこで,この冷熱を電力として有効活用するのがLNG冷熱発電システムである.

このシステムでは,化石燃料であるLNGを使って発電を行っているものの,燃焼させているわけではなく,上述のとおり液化工程で費やしたエネルギーの回収であり,発電に当たって新たな二酸化炭素 ( CO₂ ) を発生させることはない.

冷熱発電は大きく,① 直接膨張方式と ② ランキンサイクル方式の2 種類に分類される.以下にそれぞれの概要を示す.

直接膨張方式
LNGを海水などの熱源で再ガス化し,タービンで減圧膨張して発電する方式である.これは,従来のLNG再ガス化プロセスにタービンを追加しただけのシンプルなシステムであるため信頼性が高い.タービン出口のガス送出圧力が低いほどタービン前後の差圧が大きくなり発電量も大きくなるため,より経済的になる.しかし,近年LNGターミナルからの送ガス圧力は高くなる傾向にあり,十分な発電量を確保することが困難になっている.かつて日本においてもこの方式の冷熱発電設備が多く見られたが,要求送ガス圧力が高くなったことから経済性を成り立たせることが難しくなり,多くが廃止に追い込まれている.
ランキンサイクル方式
LNGの冷熱を使用して作動媒体を凝縮し,ポンプで加圧し,海水などの熱源を使用して加熱・再ガス化させ,その再ガス化した作動媒体でタービンを駆動して発電する方式である.作動媒体には,プロパンやフロンなどの炭化水素が使用される.適切な作動媒体の選択には,電力量,流体特性,安全性を評価する必要がある.多くの場合,機器構成や運転が複雑になることを嫌い,単一組成の作動媒体が選定される.

上海LNGターミナル概況

上海LNGターミナルは,中国上海洋山港に位置する,この地域でも最大規模のLNG受入ターミナルである.海外から受け入れたLNGを気化させて,主に上海市内へ都市ガスを供給している.当ターミナルはIHIを含む共同企業体 ( JV ) が16.5 万 kLのLNGタンク3 基およびLNG気化設備などを含むターミナル一式の設計,調達,建設を行ったプラントであり,2009 年に商業運転が開始された.2016 年からLNGタンク2 基の建設を含む増設工事が開始され,本冷熱発電設備の建設工事もこの増設工事の一環に位置付けられている.IPCは2016 年末に本設備の基本設計業務を,2019 年から詳細設計,および主要機器の調達業務を受注し,それらを実施してきた.

LNG気化設備は熱源として海水を利用したLNG気化器が8 基並列に並んでおり,そのうちの1 基が今回建設した冷熱発電設備である.つまり,本冷熱発電設備は発電設備であると同時に,上海市内へ都市ガスを供給する重要インフラの一部でもある.

上海LNG ターミナル LNG 気化・送ガスシステム概念図

本冷熱発電設備について

今回建設した冷熱発電設備は,単一組成のプロパンを作動媒体に用いたランキンサイクル方式である.この方式を選定した理由は,上海LNGターミナルの送ガス圧力が約6 ~9 MPaGと高く,直接膨張方式を採用できないこと,また運転やメンテナンス性を考慮してシンプルな構成とするためである.

本設備の主要機器はタービン・発電機,液化プロパンガス ( LPG ) ポンプおよび多管式熱交換器3 基である.作動媒体であるプロパン液はLPGポンプで昇圧した後,LPG気化器で海水と熱交換することで気化されプロパンガスとなる.このプロパンガスでタービンを駆動し発電を行う.タービンから排出された低圧・低温のプロパンガスはLNG気化器で−160℃のLNGと熱交換することで再凝縮させた後,再度LPGポンプに供給される.

LNG気化器でプロパンと熱交換し温められ気化した天然ガス ( NG ) は,送ガスするにはまだ温度が低すぎるためNG加温器にて海水と熱交換し,送ガス可能な温度にまで温められる.

設備の制御は,プラント全体のDCS(分散制御システム)からは独立した冷熱発電設備専用の制御システムによって行われる.この制御システムは今回の工事遂行に当たり新たに開発されたものである.

可燃性ガスの漏えいゼロへ

今回の冷熱発電設備では作動媒体としてプロパン,冷熱源としてメタン主体のLNGという可燃性ガスを使用しているため,系外への漏えいを限りなくゼロに近づけることを設計思想とした.多くの配管は溶接により接続され,ボルトの緩みなどによる可燃性ガスの漏えいリスクを最小限にしている.また,回転機器(ポンプ,タービン)の軸受けからの継続的な可燃性ガスの漏えいを防止するため以下の対策を講じた.

LPGポンプ
本体をモーターごとプロセス液に浸し圧力容器の中に格納するサブマージ型ポンプを採用した.これにより回転軸が機器外に露出せず可燃性ガスの漏えいリスクがゼロとなった.
タービン
軸受け部分からプロパンを系外に漏えいさせないだけでなく,潤滑油をプロパン系内に混入させないことも設計要件となる.本設備のプロパン系は閉鎖循環系であり,潤滑油が一度混入してしまうと時間の経過とともに自然に流出や消失することはなく,系内に蓄積されてしまうためである.プロパンの系外への流出防止,潤滑油のプロセス系内への混入を同時に防止するため,窒素シール,オイルシール,プロセスガスシールの3 段階軸シール構造を採用した.

設備の信頼性向上

前述のとおり,本冷熱発電設備は上海LNGターミナルの送ガス設備の一部となっており,通常運転はもちろんのこと,機器不具合などの非常時であっても可能な限りの送ガス継続が求められる.

本設備の起動や停止に当たっては,複数の機器やバルブの操作を同時に行ったり,逆に数十分掛けて徐々にシステムの減圧を行ったりする複雑な手順があり,オペレーターの手動操作では対応が難しい.また,すべての操作をLNG・送ガス系統,海水系統,プロパン循環系統の温度,圧力,気液平衡のバランスをうまく取りながら送ガスを一切遮断させずに行う必要がある.このため,すべてを制御システム上の自動シーケンスに組み込み,ワンタッチ操作で行えるようにした.また,回転機器(ポンプとタービン)の不具合時には自動的かつ速やかに回転機器を停止させ発電運転を解除し,LNGの気化のみを行う運転モードへ移行するシーケンスも実装し,送ガスだけは継続して行えるようになっている.

これらの自動シーケンスの構築のために,設計段階において設備の動的解析を実施し,繰り返し自動シーケンスの検証を行うことで,現地試運転時の調整事項を最小限とした.

設備の安定運転のために

冷熱発電における作動媒体の加熱源は海水であり,その温度は季節によって大きく変化する.上海LNGターミナルは長江の河口地域にあり,海水温は夏期には30℃を超える一方,冬期は5℃近くにまで低下する.これに伴いタービン入口のプロパン圧力も大きく変動する.このため,夏期と冬期ではプロセス条件や運転条件,発電量が大きく異なる.想定されるすべての運転条件について安定的な発電と送ガスが継続できるよう機器や計装品の選定がなされている.

海水温の変動に伴うプロセス条件の変動で最も影響を受けるのは,タービンに接続された発電機を所内の電源系統に同期させる局面である.電源系統の周波数,位相とタービンの回転数を精緻に合わせる必要があるが,海水温によってタービンの入口側のガス圧力が大きく変わるため一般的な制御パラメーターの設定ではすべての条件に適応することはできず,タービンの過回転や,回転数の急低下による機器の損傷が懸念された.このため,同期時のプロセス条件の変動に適応した制御ロジックを実装し,タービン回転数の急激変動を抑えた.これにより異なるプロセス条件下であっても安定的な系統への同期を実現させた.

現地試運転による検証

本冷熱発電装置は,2022 年4 月から現地据付け工事に着手し,2023 年2 月から各機器の単体試運転,制御シーケンス試験を開始した.2023 年4 月1 日には中国初の冷熱発電設備として発電運転を達成,4 月24 日からは168 時間の連続運転試験を行い,信頼性,安全性に問題ないことを確認し,設備は商業運転へ移行した.その後,数か月にわたり商業運転を継続しながら異なる海水温における制御性能試験,設備の性能試験を実施し,所定の性能を確認した後2023 年12 月に正式にお客さまに設備を引き渡すことができた.

おわりに

本設備は夏期には約4,100 kW,厳冬期であっても約2,500 kWの発電が可能であり,年間平均発電量は3,000 kWである.年間総発電量に直すと,約24,000 MW·hの電力を生み出しており,従来の火力発電所で同じ量の発電を行う場合に比べて年間約1 万 tのCO₂削減に寄与することになる.

本設備稼働後,中国では続々と冷熱発電設備の建設計画が立ち上がっており,中国国外においてもアジア圏を中心に多く関心が寄せられている.

今後もIPCは世界的に需要が見込まれるLNGターミナルへ冷熱発電設備を普及させることを目指し,脱CO₂,カーボンニュートラルな社会の実現に貢献していく.