太陽光を無駄なく利用する再エネ熱利用システム
余剰の直流電力をフル活用して,カーボンフリー蒸気を生成
株式会社IHI

太陽光発電所の余剰電力として,需給アンバランスに伴って発生するものの他に,過積載と呼ばれる成分が存在する.これらはいずれも,太陽電池が発電する直流成分のまま,交流変換されることなく,未利用電源となっている.この直流成分を熱変換し蓄熱・利用することにより,未利用電源の利用を促進する技術を紹介する.

はじめに
カーボンニュートラルの実現に向け,太陽光発電所の設置が進められており,電力供給の一翼を担う規模になっている.一方,太陽光発電所の利用が広がる中で,そのシステム構成に起因する課題も見えてきている.
太陽光発電は日照条件により発電量が変動し,電力の需要量とのバランスが崩れ,余剰電力が発生しやすいという特徴がある.これは再生可能エネルギー(再エネ)全般にみられる特徴であり,国としても再エネの地産地消を目指すうえでは,例えば蓄電池による電力貯蔵が必要との認識である.そのため,蓄電池コストを下げる取組みが進められている.一方で,電力を熱に変換 ( Power to Heat:P2H ) することができれば,より低コストで柔軟なエネルギー利用が可能となる場合がある.
一般的な太陽光発電所では直流交流変換装置(パワーコンディショナー,Power Conditioning System:PCS)を備えていて直流から交流に変換する.その際,投資の最適化のためPCSの定格以上の太陽光パネルが設置される,いわゆる過積載仕様となっていることが多い.これは日射量が太陽光パネルの最大容量相当以下のときには発電量全量を交流変換できるが,日射量が多い場合には余剰電力が発生しやすく,デメリットとなる.また,日射量が少なすぎる場合にも,PCSが自身を稼働させるための電力や,適切な変換効率が得られないことから作動を開始しないため,朝夕や曇天時などは,交流電力として利用することができないというデメリットもある.
太陽光発電設備の設置場所が限られる日本では,これら未利用電力を低コストに活用するシステムは,クリーンエネルギーの最大有効活用に貢献する.IHIではこの課題を解決するべく,直流電力を交流変換せずに利用する方式について検討した(IHI技報 Vol. 63 No. 2,2023「グリーンエネルギーの地産地消を支える電力安定供給システム」参照).本稿では,太陽光発電所の過積載分も含めた未利用電力すべてを安価な投資で利用するシステム構築を目指して進めている,直流電力のP2H技術に関する実証研究の最新状況を紹介する.

実証設備
福島県相馬市下水処理場では,年間で最大240 kWの交流電力を使用している.これに対して,自家消費型の太陽光発電所 ( 300 kW ) とPCS ( 200 kW ) を設置し,最大で200 kWの交流電力を供給可能とした.この発電所の太陽光パネルの容量と,PCSの変換容量には1.5 倍の開きがあり,これは過積載率が150%の発電所に該当する.これに加えて本設備では,熱変換のキーデバイスとして株式会社IHI検査計測の製品である夜間電力蓄熱式蒸気発生器(商品名:蒸気源®(じょうきげん))を7 台設置し,最大189 kW(1 台当たり27 kW)の直流電力を利用可能な構成としている.

機器評価
余剰蒸気を加圧飽和水として貯蔵する蒸気アキュムレータを設置しない電気ボイラでは,電力供給と熱利用を同時に行う必要がある.しかし,余剰電力を熱として貯蔵することができれば,需要側に依存せずに太陽光発電をフル活用できる.今回,実証試験に用いた蓄熱式蒸気発生器「蒸気源」は,割安な夜間電力を利用して,蓄熱し,燃焼式ボイラに比べて安価な蒸気を発生できる装置として販売されているものである.本装置を用いることにより,電力供給(蓄熱)と熱利用の時間帯を切り離すことができる.また,自家消費型の太陽光発電所の平均的な規模は300 kW程度と想定しており,その余剰電力を吸収し蓄熱するに当たって,1 台27 kWの本装置を複数台で運用する形態は規模的にフィットすることも選定理由に挙げられる.一方で本来の用途と異なることにより生じる技術課題としては,① 直流での利用,② 変動電力,③ 蓄熱・熱利用時間の変化,の3 点が挙げられる.それぞれの課題に対し,解析および実証試験を通じて予測と検証を繰り返した.
まず ① について,一般的な交流用電気ヒータを直流電源に適用するため,軽微な改造で適用できることを実証試験により確認した.続いて ② については,太陽光発電で確認された直流電流の変動の速さはヒータを損傷させるほどのものではなく,既存製品のままで十分適用可能なことを確認した.最後に,従来の運用方法では蓄熱と熱利用の時間を定めているのに対し,蓄熱と熱利用がランダムに発生することにより局所的に熱負荷が高くなることが予想される.これについては,本装置の過渡的な挙動を予測する解析モデルを構築した.図に蓄熱槽内の温度分布の予測結果の例を示す.現在,解析モデルの検証データ取得に向けた運転が進められており,③ についてもまもなく結論が得られる見込みである.

制御系評価
本試験では,複雑な制御ロジックを実装することなく,エネルギー利用率を向上させるシステムを導入した.制御系の概要図に示すとおり,重要な構成装置は電力を生み出す太陽光パネル,生み出された電力を交流に変換するPCS,さらにPCS未起動時の未利用電力を熱に変換して蓄熱する「蒸気源」が備えられている.また,現状では突発的な電力変動を吸収するため,キャパシタを設置しているが,実証検証を通して,キャパシタがなくともシステムが成立することを確認する予定である.
これら装置の中で重要な制御を行っているのはPCSである.本システムでは,太陽光発電システムで一般的に利用されているMPPT ( Maximum Power Point Tracking ) 制御を採用している.太陽光パネルの出力は,日射強度や温度などの環境条件によって変動するため,パネルが最大の電力を供給できる最大電力点 ( Maximum Power Point:MPP ) を常に追跡してその点で動作するように制御する必要がある.MPPT制御は特にパネルの出力電圧を調整することで,最大電力を引き出せるようにしている.これにより,太陽光発電システムの効率が向上し,発電量が最大化される.
本システムでは通常の太陽光発電所とは異なり,PCS未稼働時の未利用電力を利用するため,直流系に「蒸気源」を設置している.目的とメリットは,PCS未稼働時の未利用電力および過積載分の発電電力を蒸気として蓄熱できることで,電力利用率が向上することである.一方で,デメリットとしては,一般的な太陽光発電システムにはない「蒸気源」による直流側の負荷変動が太陽光発電の変動以外でも発生することにより,MPPT制御が適正に作動せず,発電効率が悪化する可能性があることが挙げられる.しかしIHIでは,効率悪化よりも「蒸気源」追加による利用率向上効果が上回ると想定し,これを実証するべく,2024 年3 月より本システムで実測データを収集し,直流電力利用の妥当性確認を進めてきた.その結果,これまでの実測データから,当初の想定どおり,電力利用率が向上していることを確認した.引き続き実測データの解析・評価を進め,四季を通じて安定して電力制御が作動し,電力利用率が向上することを確認していく.

今後について
国内の太陽光発電市場は今後,自家消費や地産地消を行う分散型エネルギーリソースとして期待される(2021 年10 月 第6次エネルギー基本計画).現在,特に国内の送配電網は交流送電が支配的であるが,今後,再エネ導入量の増加に伴い,交流と直流の適材適所があらためて議論されていくとの見方がある.このことは,直流送電が見直されてきている理由の一つと考えられる.また,エネルギー輸送の観点では,電力のみならず,熱輸送 ( P2H ) や内部エネルギー ( Power to Gas:P2G ) も含んだ全体最適が必要となっていく.一般に,同じ距離を電力線ではなく熱導管などで輸送する場合は,放熱損失により大きく効率が低下する傾向にある.本システムは,直流利用を組み合わせたP2Hによって,熱需要家までの効率的なエネルギー輸送の選択肢を増やしたグリッドとなっており,太陽光発電所の再エネ利用率の議論にとどまらず,エネルギー輸送の最適化も含んだロールモデルになり得ると考える.
*この事業は福島県の再生可能エネルギー事業化実証研究支援事業の補助金を受けて実施した.