賢者の石とIHI
技術開発本部 材料・構造技術部 吉澤廣喜

賢者の石と錬金術
中世では錬金術師が賢者の石を使い,不老不死の薬や金を作っていたそうです.中世の絵画を眺めると,錬金術師は書物を読みながら何かをすりつぶし,混合して,煙を出しながら何か価値のありそうなモノを作っています.『ハリーポッターと賢者の石』(J・K・ローリング著)の中では,ニコラス・フラメルが錬金術師です.賢者の石を作り魔術を使っています.そうなんです.私たち材料屋の起源をたどると,ありふれたモノを金に変える力を持つ賢者の石を操る錬金術師に行きつくという話があります.錬金術師,何か怪しい隠された秘密の響きを感じつつ,惹(ひ)きつけられてしまいます.
世間を見渡すと多方面の方々も錬金術という単語が好みのようです.何か大きく価値や流れを変える技術を,錬金術に例えることも多いです.例えば,株やお金のトレード,クラウドファンディングなどなど,そしてアニメの題名にも,検索すればさまざまな錬金術に行きつきます.材料に関してはどうでしょうか.以前は自動車や航空機の高強度・耐熱材料から,最近では元素を混ぜ合わせ原子の並び方を変えて,新しい価値や機能を創出する半導体や触媒開発が錬金術という単語とともに紹介されます.
宇宙の錬金術と金の採掘
時は現代,金の起源に興味が湧きます.最近の天文学の目覚ましい進展には,材料屋も心惹かれます.改めて調べると核融合では周期律表では鉄までしか生成しないとのこと.ではどのようにして金が作られるのでしょうか.燃え尽きた星は超新星爆発を起こして,鉄以上の元素が合成されると考えられていました.ところが「国立天文台ニュース」 ( No. 256 ) によれば,中性子星合体でないと金やプラチナなどの重元素は生成できないとのこと.太陽より10 倍以上重たい恒星が寿命末期に明るくなって爆発するのが超新星爆発で,その後ブラックホールにならずに残った星が中性子星で,その星同士の合体によって金は作られます.本当の錬金術,宇宙の錬金術と呼ばれています.生成された金は広大な宇宙にばらまかれる訳です.ちなみに,地球は46 億年前に太陽の周辺を回る小さな惑星が衝突合体してできていることが,地球に降り注ぐ隕石(いんせき)の分析から求められています.含まれている金やプラチナはその99%がマントル中に取り込まれてしまっており,今我々が採掘している金は,その後新たに,といっても約39 億年前の隕石群の衝突によって地表に降り積もった金になります.
では,どうやって金を集めるのでしょう.ウィキペディア ( Wikipedia ) :フリー百科事典によれば幾つかの報告がありますが,地殻には0.003 ppmの金が存在すると見積もられています.そんな低濃度の金を集めることは特別な自然の力が必要です.地中のマグマによって作られた熱水中に,わずかに溶けだした金が地表に向かって流れ出し,同じく熱水中に溶けたシリカとともに地表近くで固まって金鉱石となります.ついでに地殻変動で地表まで押し上げてもらえれば,そのまま地表での採掘も可能となります.主要な鉱山では1 tに3 ~5 g程度 ( 3 ~5 ppm ) の金が含まれるそうです.自然の力で1,000 倍程度に濃縮された金鉱石は,砕かれた後に化学の力で精錬されて金として取り出されます.風化された岩石から流れ出た金はそのまま砂金としても回収されます.その他にも銅精錬の副産物として取り出された金もあるそうです.今日では鹿児島県伊佐市にある住友金属鉱山の菱刈鉱山が,商業規模で操業している国内最大の金鉱山となっています.地表における金の採掘可能な総量は18 万 tで,すでに採掘されたものを除くと残りは5.4 万 tぐらいだそうで,年間生産量約3,000 tからみればあっという間になくなってしまうのではと心配になります.でも取り越し苦労かもしれないです.原稿を書いている2024 年9 月には金価格が13,000 円/g前後となり,採掘コストが見合わなかった鉱山も採掘可能となりそうです.
IHIにおける錬金術の今,未来
ジェットエンジンの材料開発は昔から錬金術に例えられています.燃料消費を少なくするために,より高温で安定して使用できる材料が考えられ,限界を求めて,10を超える元素を混ぜて成分が決められています.実際にエンジンで使用するためには,長時間の高温変形(クリープ)特性から始まって,耐酸化特性,繰返し応力(疲労)特性など多岐にわたる特性の確認も必要です.
未来を見つめて,がん治療も考えました.抗がん剤と磁石を組み合わせて,がんの部位にだけ抗がん剤を運ぶ体に優しいがん治療薬や,強い抗がん活性を示す可視化可能な発光金ナノ粒子の適用を夢見ています.多様な物性データを組み合わせて,必要な機能をデザインした結果です.
SDGsな時代への対応も考えています.100 年前から使われているハーバー・ボッシュ法といわれるアンモニア合成に替わる新しい触媒の合成です.分子動力学法といわれる原子の動きのシミュレーションと物質の電子状態を虫眼鏡のように可視化する量子力学,第一原理計算による解析と設計が賢者の石の役目を果たしており,分子サイズでの材料設計が行われています.クリーンな水素をアンモニアに変えて我々のエネルギーにする,IHIの描く未来です.

錬金術のDNA
ふと目にした,株式会社東京石川島造船所の石川島技報創刊号(1938 年),そこには採金船が紹介されていました.動きが少々遅いもののアメンボのように水辺を動き回り,川や海の底から泥をすくい上げ24 時間休まずに砂金を回収する働き者の船です.80 年以上前から,我々の先輩も金に関連したビジネスや錬金術を考えていたのでしょうか.
