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製鋼スラグからの黄リン製造における低温化プロセスの検討

  岸田拓也,室伏祥子,望月恭輔

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岸田 拓也 技術開発本部技術基盤センター物理・化学技術部
室伏 祥子 技術開発本部技術基盤センター物理・化学技術部 主査
望月 恭輔 技術開発本部技術基盤センター物理・化学技術部

工業上重要資源である黄リンはその供給をすべて輸入に頼っており,安定供給のため国内製造が望まれる.しかし,① 日本国内では原料となるリン鉱石が採掘できないこと,② リン鉱石を含むさまざまなリン資源からリンを回収しようとすると従来法では莫大(ばくだい)な消費電力が必要であること,この2 点が課題である.この課題解決のため,国内最大の未利用リン資源である製鋼スラグを原料とし,シリコン(ケイ素,Si)を還元剤として従来法より低温条件での黄リン生成方法を検討した.還元剤として従来法のコークス ( C ) に代えてシリコン ( Si ) を用いることで1,273 Kの低い温度条件で,スラグからのリンの脱離が確認できた.また,表面分析(SEM-EDS,元素分析)により,本低温化プロセスにおける,スラグ中のリン酸 ( P2O5 ) がSiの拡散により還元されるメカニズムを検討した.

Supply of yellow phosphorous, an industrially important resource, relies entirely on imports, and its domestic production is desired for stable supply. However, there are two challenges: (1) phosphate rock, the raw material, cannot be mined domestically in Japan, and (2) recovering phosphorus from various phosphorus resources, including phosphate rock, requires enormous electrical consumption with conventional methods. To address these challenges, a method for producing yellow phosphorus at lower temperatures was investigated. This method uses steelmaking slag, the domestically largest unused phosphorus resource, as the raw material, and silicon (Si) as the reducing agent. By using Si instead of the conventional coke (C) as the reducing agent, phosphorus could be separated from the slag at a lower temperature condition of 1,273 K. Surface analysis (SEM-EDS, elemental analysis) was also conducted to study the mechanism where phosphate (P2O5) in the slag is reduced by the diffusion of Si in this lower-temperature process.


1. 緒言

黄リンは工業上重要資源であるが,その供給を海外からの輸入に全面依存している枯渇性資源である.そのため,供給に懸念があり,安定供給に向け国内製造が望まれる.大竹 ( 1 ) は日本国内におけるリンのマテリアルフローを調査した.その調査結果の一部を第1図に示す.これによると,下水汚泥由来の産業廃棄物および製鋼スラグには,リン ( P ) が純分として,1 年間にそれぞれ約4.2 万 t,11.1 万 t含まれると報告されている.いずれもリン鉱石として輸入されるリンの総量約3.4 万 tよりも多い.汚泥から湿式リン製造により得られるリンは純度が25 ~30%と低く,肥料などへの利用にとどまっている ( 2 ).汚泥由来のリン酸を経由した高純度黄リン製造を検討した禹らの報告 ( 3 ) もあるが,日本国内での実用化には電力価格および輸送コストが課題になると考えられる.そこで本研究では,国内最大の未利用リン資源である製鋼スラグからのリン製造に着目した.リンは製鋼スラグ中に酸化物の形態で存在しており,還元により付加価値の高い黄リンとして生成することが期待できる.

第1 図 日本国内におけるリンのフロー( 大竹久夫氏のご厚意により,参考文献 ( 1 ) から一部抜粋)
Fig. 1 Phosphorus flow in Japan ( reproduced from Reference ( 1 ) by courtesy of Hisao Otake )

従来技術の課題と本研究提案手法の利点を第1表に示す.コークス ( C ) を還元剤として用いる従来技術では,反応温度が1,473 K以上と高く ( 4 ),( 5 ),14,000 kW·h/t(リン換算)と莫大な消費電力を要する ( 2 ).これは同技術を社会実装するうえでの課題である.この課題を解決するため,本研究では,より低温でリンを生成させるために,Cよりも還元力の強いシリコン ( Si ) を還元剤として,その効果を調査した.SiがCよりも還元力が高いのはSiの方が原子半径が大きく,電気陰性度が小さく,電子を放出しやすいためと考えられる.還元剤としてSiを採用したのはその還元力の高さ,および,国内にシリコンスラッジという未利用資源の形態で存在するためである.藤村ら ( 6 ) はスラグ模擬物質を対象にSi粉試薬を還元剤として用い,1,273 Kで黄リンが生成することを見いだした.さらに,原料であるスラグ模擬物質とSiの粉砕(ミリング)操作が反応性を高めたと報告している.

第1 表 従来技術の課題と提案手法の利点
Table 1 Issues of conventional method and advantages of proposed method

本研究では,工業化を見据え,原料としてスラグ模擬物質であるリン酸カルシウム(リン20 wt%含有)からスラグ様組成物(リン約3 wt%含有.以下,スラグ)に変更することで,リン濃度の希薄な原料からのリン製造可否を検討するとともに,プロセスの簡素化のため,藤村らの検討で有効とされた原料とSi試薬とのミリングによる前処理を行わない方式を検討した.従来法より低い反応温度1,273 Kでのリン生成実験を行い,反応メカニズムを考察した.

2. 試験方法

スラグ,Si試薬(99.9%)を混合し,3 種類の試料を調製した.なお,今回用いたスラグは,2.89 wt%のリンをP2O5形態で含む.用いた試験装置を第2図に示す.試料をアルミナ製の燃焼ボートに供し,アルミナ管の中央に配置し,電気炉で加熱した.目標とする反応温度に到達後,所定時間保持した.試験条件の詳細を第2表に示す.アルミナ管にはシリコン栓を取り付け,アルゴン ( Ar ) ガス(99%)を流量4 L/minで流通させながら加熱した.還元されガス化した黄リンは,Arガスとともに後段の水 ( H2O ) トラップ中に吹き込まれ,固化回収される.処理後試料の秤量(ひょうりょう)と蛍光X線分析装置 ( XRF ) による化学組成分析を行った.

第2 図 試験装置概念図
Fig. 2 Conceptual diagram of test equipment
第2 表 試験条件
Table 2 Experimental conditions

スラグ-Si系におけるリン還元反応のメカニズムを調べるため,Si/スラグ重量比 = 0.25の処理条件に対して,目標温度1,273Kに到達後,温度を一定にして保持時間を変化させ,その試料の走査型電子顕微鏡エネルギー分散型X線分光分析(SEM-EDS分析)を行った.

3. 結果

スラグとSiの混合試料を1,273 Kに到達後,4 h保持した際のリン収率の結果を第3図に示す.ここで,リン収率Yは加熱前と後のサンプル重量Wa,WbおよびXRF分析により求めた加熱前と後のサンプル中のP2O5の重量分率xa,xbを用いて ( 1 ) 式で定義した.

第3図に示すように,取得したデータの範囲内ではSi/スラグ重量比が0.25の場合にリン収率が最大であり,さらにSi添加量を増加させても,リン収率の増加は見られなかった.

第3 図 Si /スラグ重量比のリン収率に及ぼす影響
Fig. 3 Effect of silicon/slag ratio on phosphorus yield

SEM-EDS分析の結果を第4図 ~第6図に示す.なお,SEM観察は,比較のため加熱なしの試料も実施した.第4図に示すように,保持時間が増加するとともに,リン収率が増加した.特に,保持時間が5 ~30 minの間で大きな増加が認められた.また,第5図のSEM観察結果より,加熱処理がないケースは保持時間120 minのケースと比べ粒子がばらばらに存在しているのに対し,保持時間120 minのケースは粒子同士が凝結(シンタリング)により凝集している様子がうかがえた.第6図第5図 - ( a ),- ( b ) の一つのシンタリング粒子表面における元素重量分率の分析結果を示す.保持時間の増加に伴い,スラグ中のSiの重量分率が増加し,逆にカルシウム ( Ca ) の重量分率は減少することを確認した.

第4 図 リン収率と保持時間の関係
Fig. 4 Relationship between phosphorus yield and retention time
第5 図 SEM 観察結果
Fig. 5 SEM observation results
第6 図 シンタリング粒子表面組成の保持時間変化
Fig. 6 Element weight fraction on the surface of sintering particles

Si/スラグ重量比 = 0.25,1,273 K,保持時間120 minのサンプルを対象に,試料断面方向のSEM-EDS分析を実施した.その結果を第7図に示す.第7図より,粒子表面近傍は中心部に比べCa濃度が低く,Si濃度の高いことが明らかとなった.これは還元剤であるSiがスラグ中に拡散することでSi濃度が増加したことによりCa濃度が減少したと考えられる.その傾向は特に粒子表面から3.5 μmの範囲内で顕著であり,後述のメカニズムを支持すると考える.

第7 図 粒子断面の組成分析( 線分析)結果
Fig. 7 Composition analysis results in the cross-section of particles
( Line analysis )

4. 考察

第6図の結果を基にスラグ-Si系の反応メカニズムについて考察した.第5図 - ( b ) のSEM像では,試料全体が溶融している様子は見られなかった.そのため,固体の部分溶融または焼結(その中でも固体の体拡散)によりスラグ中のリンと還元剤Siが接触し,接触界面から還元反応が進行したと思われる.スラグ中のリン濃縮相(CaO-P2O5-SiO2の固溶体)の融点は2,273 K前後 ( 7 ) である.そのため,融点が1,687 KのSiの部分溶融または界面からの拡散により,Siがスラグ相へ移動し,還元反応が始まったと考える.

以上から,第6図の結果は,保持時間の経過に伴い,Siが部分的に溶融または拡散し,スラグ中へ移動し,スラグ粒子中のCaが希釈されたと解釈できる.上述で推定される反応メカニズムを第8図に示す.スラグ中のリン濃縮相 ( P2O5-CaO-SiO2 ) ( 7 ) へSiが部分的に溶融または拡散することにより物質移動する.Siの物質移動が拡散支配とすれば,今回の反応温度1,273 KはSiの融点1,687 Kの約0.75 倍であり,拡散形態としては,粒界拡散または体拡散(格子拡散)が支配的 ( 8 ) と推測される.スラグ中で反応物質であるP2O5と拡散してきたSiと接触することで還元反応が起こり,スラグからリンが,黄リンP4 (g) の形態で脱離したと考える.第7図の結果は,Si粒子がスラグ粒子表面への拡散,粒界拡散のメカニズムを示すものであると考える.

第8 図 スラグ-Si 系で推定される反応メカニズム
Fig. 8 The estimated reaction mechanism in slag-Si system

5. 結言

今回の試験から次のことが分かった.

(1)
コークス ( C ) よりも還元力の高いシリコン ( Si ) を用いることで従来のC還元よりも低温の1,273Kでスラグからリンを生成できた.本研究の新プロセスは,従来法に比べ,消費電力を削減できる可能性がある.
(2)
今回の研究でミリング処理をなくしても処理条件次第ではリン生成が可能であることは,プロセスの簡素化につながり,設備投資費用削減に寄与し得る.
(3)
スラグとSi粒子間では,1,273 KにおいてSiの部分溶融または粒子界面からの拡散が起き,Siがスラグの中に拡散するメカニズムが,分析結果から検証された.
(4)
本研究が進むことで,原料であるスラグやシリコンスラッジの資源としての価値の向上,および,現在輸入に依存しているリン資源を対象とした,国内でのサーキュラーエコノミーの実現への貢献が期待できる.
― 謝  辞 ―
本研究を進めるに当たり,立命館大学理工学部機械工学科エネルギー・資源循環工学研究室の山末英嗣教授,柏倉俊介氏,崗村悠雄氏からご助言いただきました.ここに記して謝意を表します.

参考文献

(1) 大竹久夫,リン問題の全体像 - リンの循環とサプライリスク-,金属,Vol. 91,No. 11,2021,pp. 4-11

(2) 山末英嗣ほか:黄リン製造の歴史的変遷と今後の課題,金属,Vol. 91,No. 11,2021,pp. 12-16

(3) 禹 華芳ほか:リン二次資源由来の粗リン酸を用いた黄リン生成,金属,Vol. 91,No. 11,2021,pp. 23-29

(4) 竹内秀次ほか:Fe-Si合金利用による転炉スラグの鉄およびりんの個別回収,鉄と鋼,Vol. 66,No. 14,1980,pp. 30-37

(5) 松井章敏ほか:撹拌を付与した還元処理による製鋼スラグからのリン分離挙動,鉄と鋼,Vol. 97,No. 8,2011,pp. 10-16

(6) 藤村志帆ほか:Siスラッジを用いた鉄鋼スラグからの黄リン製造プロセス,材料とプロセス,Vol. 33,No. 1,2020,PS-6

(7) 久保裕也,鉄鋼業で発生する製鋼スラグからのリン回収,金属,Vol. 91,No. 11,2021,pp. 51-55

(8) 亀川厚則,材料科学講義資料,https://u.muroran-it.ac.jp/hydrogen/lec/zaika_file/zaikab_1_8.pdf,(参照2024. 8. 22)