CMCへのSiC高速成膜プロセスの開発
久保田渉,田中康智,福島康之,小谷正浩
久保田 渉 技術開発本部技術基盤センター材料・構造技術部
田中 康智 技術開発本部技術基盤センター材料・構造技術部
福島 康之 技術開発本部技術基盤センター物理・化学技術部
小谷 正浩 技術開発本部技術基盤センター材料・構造技術部
セラミックス基複合材料 ( CMC ) は,軽量性と優れた高温特性を有することから,航空機エンジンの高温部材などへの適用が望まれている.CMCの母材(マトリックス)を形成するプロセスの一つである,化学気相含浸 ( CVI ) プロセスはSiCマトリックスに優れた高温特性を付与するが,プロセス時間が長いことが問題である.本研究では,従来のCVIとは異なる反応メカニズムを利用した高速成膜が可能なCVIプロセスを開発し,CVIプロセスとして必要な機能について評価を行った.その結果,高い成膜速度を持ちながら成膜均一性を維持する条件を確立し,膜の結晶性,組成およびCMCの力学特性において良好な結果が得られた.
Ceramic matrix composites (CMC) are desirable for use in high-temperature components of aeroengines due to their light weights and high-temperature properties. The chemical vapor infiltration (CVI) process gives the SiC matrix excellent high-temperature properties, but it takes the long process time. In this study, we have developed a high-speed CVI process using a reaction mechanism different from conventional CVI and evaluated the new CVI process's functions. As a result, we established conditions that get high growth rate and coating uniformity, and achieved good results in terms of film crystallinity, film composition, and the mechanical properties of CMC.
1. 緒言
国際航空分野におけるCO₂排出量は世界全体の約1.8%(6.2 億 t)を占める.ICAO(国際民間航空機関)は,CO₂排出削減の対策が採られなかった場合,国際航空機におけるCO₂排出量は2019 年と比較して約2.5 倍増加すると推計している.このような背景を受けて,同機関は2022 年総会において,2050 年までのカーボンニュートラルを目指す長期目標を採択した ( 1 ).このように気候変動対策を目的としたCO₂排出削減に向けて,航空業界において軽量化や燃費向上の開発が進められている.航空機エンジンの場合,タービン材料の耐熱性の向上でタービン入口温度の高温化と冷却空気の削減ができ,燃費の向上につながるため,軽量で高い耐熱性を有する材料が開発されている.現在のエンジン材料の主流であるニッケル基合金はすでに耐熱限界に近い温度で運用されており,その代替材として,セラミックスの長所である軽さと耐熱性を活かし,欠点である脆(もろ)さを克服したセラミックス基複合材料 ( Ceramic Matrix Composites:CMC ) が開発されている ( 2 ).
セラミックスには酸化物系と非酸化物系があり,非酸化物系の炭化ケイ素 ( SiC ) 繊維とSiCマトリックスから構成されるSiCf /SiC系CMCが,現状では最も高い耐用温度を期待できる.このSiCf /SiC系CMCは多くの製造工程を経て製造される.そのうち,SiC繊維積層体に対して空洞(ボイド)の少ないSiCマトリックスを形成する方法として,主原料にメチルトリクロロシラン ( MTS ) を用いた化学気相含浸 ( Chemical Vapor Infiltration:CVI ) プロセスが用いられる.一般的にCVIプロセスは緻密で高純度の膜を形成できる一方で,プロセス時間が長くなるという特徴がある.
CVIプロセスの重要な点は,繊維積層体内部の繊維表面に対して成膜できること(成膜均一性)であり,そのためには,プロセス完了まで積層体内部へ拡散する経路(パス)を維持する必要がある.高速成膜のために反応性を上げるとパスの手前で膜が堆積した結果として閉塞(へいそく)が起こり,内部への拡散が阻害されるため成膜均一性は悪くなり,一方で拡散性を上げる場合には反応の遅い条件を選ぶ必要がある.このように,反応性と拡散性はトレードオフの関係にあることから,拡散性を優先した結果として,従来のCVIは時間がかかるプロセスであるとされている ( 3 ).
本研究では,従来のCVIとは異なる反応メカニズムを利用した高速成膜が可能な新規CVIプロセス(以下,高速CVIプロセス)を提案し,CVIプロセスとして求められる機能について評価を行った.
2. 高速CVIプロセスの提案
従来のCVIプロセスと高速CVIプロセスのコンセプト模式図を第1図に示す.従来CVIプロセスの反応メカニズムに関する近年の報告によると,原料として用いるMTSは,低拡散成膜種と高拡散成膜種の大きく二つの成膜種が気相中で生成されることが明らかにされている ( 4 ).メチルラジカル(CH3•)などの低拡散成膜種は,繊維積層体の表層部で直ちに析出し,内部へ拡散するパスを閉塞することから,拡散速度を低下させ,CVIプロセスの成膜速度に制限を与える要因となっている.

一方,高速CVIプロセスは高拡散成膜種のみを使用してSiCを成膜するプロセスである.高拡散成膜種はC源としてCH4,Si源としてSiClxを使用した.これらの成膜種は拡散性が高いため,反応性を上げた場合でも,パスの閉塞を抑制することができ,成膜均一性を維持したまま,高速成膜を可能にすることが期待される ( 5 ).
CVIプロセスの装置模式図を第2図に示す.高速CVIプロセスの装置はガス生成ゾーン,ガス混合ゾーン,膜析出ゾーンの3 ゾーンから構成される.ガス生成ゾーンの反応式を ( 1 ) 式に示す.

Si (powder) + Cl2 (gas) → SiClx (gas) ......... ( 1 )
Si粉末へCl2ガスを供給することで,高拡散成膜種であるSiClxガスを選択的に生成している.類似したプロセスに Hydride Vapor Phase Epitaxy ( HVPE ) 法があり,窒化ガリウム ( GaN ) 結晶を50 nm/h以上という高い成長速度で得られることが報告されている ( 6 ).HVPE法は成膜種の原料を塩化ガス化することで,気体の状態で輸送し,被成膜物へ成膜する技術であり,高速CVIプロセスは本技術を応用している.HVPE法と異なる点は,高速CVIプロセスは繊維積層体内部の織物表面に対する成膜に注目している点であり,高拡散成膜種のみを選択的に生成することで繊維積層体において高速成膜を実現している.
3. 試験方法
3.1 コンセプト検証
まずは,高速CVIプロセスについて2 章で示したコンセプトが成立しているかどうか検証した.第1表に示す高速CVIプロセスの成膜条件の中で,- ( a ),- ( b )がコンセプト検証のために実施した成膜条件である.SiClxガスが選択的に生成されていることを確認するために,排気配管に四重極形質量分析計 ( QMS ) を接続し,反応後のガス分析を行った.次に,SiClxガス生成量に影響する因子を確認するために,ガス生成ゾーン温度の異なる試験を行い,試験前後のSi粉末重量からSi消費速度を算出した.

3.2 成膜速度評価
3. 1 節から得られた結果を参考に,繊維積層体に対する高速CVIプロセスの成膜速度の評価を行った.この評価をするために実施した高速CVIプロセスの成膜条件を第1表 - ( c ) に示す.成膜後の積層体内部の断面を走査型電子顕微鏡 ( SEM ) で観察し,繊維上に形成したSiC膜の膜厚から成膜速度を算出し,従来CVIプロセスと比較した.
3.3 膜質評価
CMCにおけるマトリックスの役割は,弾性変形域での剛性を保持する機能,および高温酸化雰囲気下にて繊維,界面層の酸化を防ぐ機能である.反応メカニズムが変わることで,膜質が変化し,マトリックスとしての機能を低下させる可能性が考えられる.よって,マトリックスの機能発現に重要と考えられる膜質の評価を行う必要がある.本研究では,高速CVIプロセスで得たSiC膜の成膜均一性,結晶性,組成,力学特性を確認した.膜質の評価に使用した成膜条件は,3. 2 節と同じで,第1表 - ( c ) に示すとおりである.成膜均一性は,維積層体内部の断面をSEMで観察した.結晶性および組成は,基材にグラファイト板を使用し,それぞれX 線回折法 ( XRD ) およびX 線光電子分光法 ( XPS ) を用いて分析した.力学特性を評価するに当たり,繊維積層体に対して,高速CVIプロセスを行った後,低温溶融含浸プロセス ( 7 ) によって,緻密なマトリックスを持つSiCf /SiC系CMC試験片を作製した.その試験片を用い,室温および1,100℃大気中の静的引張試験によって,力学特性を評価した.
4. 結果と考察
4.1 コンセプト検証
QMSから取得した,反応後ガス組成の温度依存性を第3図に示す.ここでは代表としてCl2ガスとSiCl4ガスのみ表示している.400℃ではCl2が多く存在しているが,500℃以上ではSiCl4が多く確認された.以上から,SiClxガスという形でSi源を膜析出ゾーンまで輸送することが可能であり,成膜が成立する条件は500℃以上であることを明らかにした.次に,ガス生成ゾーンにおけるSi消費速度に対するアレニウスプロットを第4図に示す.成膜温度1,000℃付近を境にして,消費速度の変化率が異なる挙動が得られた.得られたプロットから活性化エネルギーを算出すると,800 ~ 1,000℃の領域では1.0 kJ/molだが,1,000 ~ 1,200℃の領域では14.1 kJ/molと比較的高いSiの反応が行われている.この結果は,1,000℃付近において,SiClx生成に関する反応経路や生成ガス種に変化が生じていることを示唆している.14 kJ/molは,ファンデルワールス力と同程度のエネルギーであることから,Si粉末表面で生成したSiClxが,逐次的に脱離していく過程が,SiClx生成における律速段階である可能性が推測される.以上から,ガス生成ゾーンを1,000℃以上に維持することで,多くの原料ガスを供給することが可能であり,反応性および成膜速度を上げることが期待できる.


4.2 成膜速度評価
従来CVIプロセスと高速CVIプロセスのSiC成膜速度を第2表に示す.高速CVIプロセスでは短時間で多くのSiC膜を形成することに成功しており,従来CVIプロセスに比べて,10 倍以上の成膜速度であることを確認した.

4.3 膜質評価
4.3.1 成膜均一性
高速CVIプロセス施工前後の繊維積層体の外観を第5図に示す.施工後の繊維積層体は一様に灰色を呈しており,緻密なマトリックスが形成していることが分かる.繊維積層体内部の断面SEM像を第6図に示す.繊維が密集した繊維束の内部において,積層体表層部と同等の膜厚を有していることを確認した.このことから,高い成膜速度でも閉塞が起こらず良好な成膜均一性の被膜が得られることが示された.


4.3.2 結 晶 性
高速CVIプロセスにて形成したSiC膜のX 線回折パターンを第7図に示す.得られた回折パターンのSiC膜のピーク位置は35.56°,回折角2θの半値幅は0.28°であり,高速CVIプロセスでは非常に高結晶のβ-SiC膜が得られることを確認した.高結晶のβ-SiCのマトリックスを有することで,優れた高温安定性が期待できる.

4.3.3 組成
XPSから得た高速CVIプロセスにて形成したSiC膜の組成比を第3表に示す.基材に対して少なくとも1 µm以上のSiC膜を成膜し,アルゴンイオンビームスパッタにより表面から深さ200 nm程度の位置に対して分析した.分析結果によると組成比はほぼSi : C = 1 : 1であり,化学量論的組成で不純物の少ないSiC膜が得られている.化学量論的組成のマトリックスを有することで,結晶性と同様に,優れた高温安定性が期待できる.

4.3.4 力学特性
高速CVIプロセスを用いて製造したSiCf /SiC CMCの室温および1,100℃大気中の静的引張試験結果を第8図に示す.CVIプロセスにて形成したSiCマトリックスは,高い剛性と高耐熱性からCMCの力学特性を発現させるうえで重要であり,特に初期剛性と破壊挙動に大きな影響を与える.今回の試験結果は,室温および高温雰囲気のいずれにおいても,一般的なCMCに見られる170 GPa程度の高い初期剛性と擬延性挙動を発現している.また,力学特性は従来CVIプロセスを用いて製造したCMCと同等であることを確認した.以上から,高速CVIプロセスによって形成されたマトリックスはCMCの力学特性発現に寄与していることを示している.
5. 結言
本研究では,従来のCVIとは異なる反応メカニズムを利用した高速CVIプロセスを提案し,CVIプロセスとして求められる機能について評価を行い,以下の結論を得た.
- 高速CVIプロセスのコンセプトが成立する成膜条件を見いだした.
- 高速CVIプロセスは,従来CVIと比較して,10 倍以上の高い成膜速度を持ちながら成膜均一性を維持することが可能である.
- 高速CVIプロセスにて形成したSiC膜の結晶性,組成および高速CVIプロセスを使用して作製したCMCの力学特性はいずれも良好である.
今後,高速CVIプロセスの実用化に向けて,さらなる基礎特性の取得や製造能力の把握が必要である.
参考文献
(1) ICAO:Environmental Trends,https://www.icao.int/environmental-protection/Pages/environmental-trends.aspx,(参照2024. 11. 18)
(2) 中村武志,岡 尚志,今成邦之,篠原健一,石崎雅人:航空機エンジン用CMCタービン部品の開発,IHI技報,Vol. 53,No. 4,2013 年12 月,pp. 34-37
(3) R. Naslain:Design, preparation and properties of non-oxide CMCs for application in engines and nuclear reactors: an overview,Composites Science and Technology,Vol. 64,No. 2,( 2004 ),pp. 155-170
(4) Y. Fukushima, N. Sato, Y. Funato, H. Sugiura, K. Hotozuka, T. Momose and Y. Shimogaki:Multi-Scale Analysis and Elementary Reaction Simulation of SiC-CVD Using CH3SiCl3/H2: I. Effect of Reaction Temperature,ECS Journal of Solid State Science and Technology,Vol. 2,No. 11,( 2013 ),pp. 492-497
(5) 株式会社IHI:複合材料の製造方法,特許第7052570号
(6) K. Fujito, S. Kubo, H. Nagaoka, T. Mochizuki, H. Namita and S. Nagao:Bulk GaN crystals grown by HVPE,Journal of Crystal Growth,Vol. 311,No. 10,( 2009 ),pp. 3,011-3,014
(7) 金澤真吾,山崎直樹,朝倉勇貴,久布白圭司,石川毅彦,小笠原俊夫:直交3 次元非晶質SiC繊維/ SiC/ YSi2-Si基複合材料の開発,材料,Vol. 70,No. 2,2021 年,pp. 86-92