航空機電動化とハイブリッド電動推進の技術開発
関 直喜,蛭間 厚,小林敏和
関 直喜 航空・宇宙・防衛事業領域技術開発センター制御技術部 グループ長
蛭間 厚 航空・宇宙・防衛事業領域技術開発センター制御技術部 主査
小林 敏和 航空・宇宙・防衛事業領域技術開発センター制御技術部 主査
2050 年の航空輸送脱炭素化を達成するために,航空産業はあらゆる選択肢を追求する必要があり,よりエネルギー効率の高いシステム導入が不可欠である.その手法の一つが航空機の電動化であり,IHIは,経済産業省が造成したグリーンイノベーション基金事業として,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ( NEDO ) からの委託を受け,ハイブリッド電動推進と航空機システムの電動化についての研究開発を行っている.本稿では,IHIにおける航空機電動化システムの開発に関するコンセプト,期待される効果,技術的課題,ならびにIHIの強みである高耐熱技術および高速回転機械技術を活かした技術開発の取組みについて述べる.
To achieve the decarbonization of air transportation in 2050, the aviation industry must pursue all options and it is essential to introduce more energy-efficient systems to air transportation. One method to improve system efficiency is electrification of the aircraft. IHI has been conducting research and development activities under the contract of NEDO Green Innovation Fund program to improve energy efficiency by applying hybrid electric propulsion and aircraft system electrification. In this paper, the concept, expected benefits, technical issues, and technical development efforts for the development of aircraft electrification systems in IHI, leveraging IHI’s strengths in high heat resistance technology and high-speed rotating machinery technology will be presented.
1. 航空輸送の脱炭素化とその対応
第41回国際民間航空機関 ( ICAO ) 総会において,国際航空の長期目標LTAG ( Long term global aspirational goal ) が採択され,2050 年の航空輸送における脱炭素化は世界的な公約となった.その主たる手段としては,SAF(Sustainable Aviation Fuel,持続可能な航空燃料)の適用が想定されており,また一部では水素燃料の適用も想定されている.いずれにしても,航空輸送の脱炭素化を担う中核は,炭素を排出しない代替燃料への転換であると考えられている.
代替燃料またはバッテリのような,代替エネルギー貯蔵手段の適用以外に,直接的に飛行中の二酸化炭素 ( CO2 ) 排出量をゼロ近くまで削減する手段がないため,これは論理的な帰結ではあるが,一方で,残念ながら代替燃料は万能の解決策ではない.ICAO総会に提示されたLTAG報告書では,代替燃料によるCO2削減効果は,製造・輸送工程などを含むライフサイクルでみると,バイオマスや廃棄物由来のSAFで,75%程度の削減にとどまる ( 1 ).水素燃料は,ライフサイクルでみても94%程度の削減が可能との見通し ( 1 ) である.しかし,水素燃料の体積エネルギー密度が低いため,水素燃料を適用した場合,燃料タンクが大きくなり,今と同じ航続距離を確保することは困難であると考えられている.このため,水素航空機は,比較的短距離の域内航空機に限って導入することが想定されている ( 2 ).
これらのことから,代替燃料の適用に加えて,航空機の燃費改善が引き続き重要であり,機体サイズによらず,さまざまな航空機に適用可能な効率改善につながる技術開発が望まれている.LTAG報告書においても,シナリオによって異なるが,技術による燃費改善が2020 年比で20%程度期待されている.ハイブリッド電動推進を含む航空機システムの電動化は,これに合致する技術であり,IHIでは10 年以上この研究開発に取り組んできた.
研究開発に当たっては,適切な開発ターゲットを設定することが重要である.IHIでは,市場予測から想定される次の世代の航空機の投入時期,および航空機のセクターごとのCO₂排出量割合から,一般に単通路機と呼ばれる客室内の通路が1 本の中小型旅客機を適用ターゲットとして技術開発を進めてきた.単通路機の担うセクターは,航空旅客輸送におけるCO₂排出量の約50%を占めており ( 3 ),ここに適用可能な技術開発を行うことが,2050 年の航空輸送の脱炭素化へ向けて重要である.
2. IHIが考える航空機電動化の概要
2.1 電動化の適用手法
電動化の適用手法は多数考えられるが,単通路機が担う2,000 km以上の航続距離,150 人以上の乗客を考慮した場合,現在の電動化技術で適用可能なのは,機体システムの電動化と,ハイブリッド電動推進の組み合わせである.一般的な旅客機が飛行する高度10,000 m以上の上空においては,減圧環境であるため放電現象が発生しやすくなることから,航空機で適用可能な電圧は現在± 270 VDCまでに抑えられている.将来的には自動車での採用例が増えてきている800 VDC系 ( ± 400 VDC ),または現状の2 倍となる1,080 VDC系 ( ± 540 VDC ) の適用が議論されているが,次の世代となる2030 年代の航空機において,1,080 VDC系以上の電圧の適用は難しい.電圧の制約が出力サイズの制約となり,次の世代に向けて各社・各機関で開発が進められている電動機の容量はおおむね1 MWを上限としている.
単通路機の推進器の出力は,二つのエンジンを搭載した航空機の想定で,1 エンジン当たり離陸時に20 MW程度,巡航時に5 MW程度であり,1 MW級の電動機を組み合わせても,その動力の大半を電気で賄うことは難しく,電動化率は低くなる.電動化率が高いハイブリッド電動推進の場合,バッテリまたは燃料電池などからの電力が推進動力の多くを担い,直接的な電気エネルギー投入によって燃料消費量削減を狙うことができる.一方,電動化率が低いハイブリッド電動推進の場合,熱機関であるエンジンの効率改善や,高出力時の負荷低減による燃焼器,タービンなど高温部品の寿命延長・整備コスト削減などの効果を狙うことになる.
単通路機に使われるターボファンエンジンは,アイドル運転時の熱効率が低いが,地上を自力で移動(タキシング)時や降下時にはアイドル運転が比較的長い時間行われる.エンジンのファン駆動軸である低圧軸に電動機が接続されている場合,地上ではエンジンを停止して,電池などの高効率な補助電源によってファンを駆動する電動ファンタキシングにより,燃料消費量を削減することができる.飛行中は,降下時などのアイドル運転時であってもエンジンを停止することができないが,補助電源からの電気エネルギーによるエンジンへのアシストと,電力を介したエンジン内部でのエネルギー配分の最適化(両者を合わせて,以下,アイドルアシスト)によって,やはり燃料消費量を削減することができる.エンジンが最大出力を発揮する離陸運転時には,補助電源からの電気エネルギーによるエンジンへのアシストである離陸アシストによって,排気温度低減を図り,エンジンの寿命延長・整備コスト削減を行うことができる.これらは,電動化率が低いハイブリッド電動推進でも効果が得られるものである.
電池の適用については,100 席以下の航空機で,かつ90 分以内のフライトにおいて,電池の技術革新を前提とすれば,主推進力の一部または全部を電動推進で担うことができる可能性があるとされている ( 4 ).これは航続距離に換算して1,000 km弱であるが,それ以上の飛行時間・航続距離は,電池重量が機体の搭載可能重量を超えるため,達成困難である.ハイブリッド化しても,電池重量が燃費を悪化させる状況は変わらず,単通路機クラスを想定した場合,電池は主推進力のエネルギー源としては適切でない.
2.2 IHIの航空機電動化コンセプト
これらの先行研究を基に,以下に示す航空機電動化コンセプトを設定した.
- 航空機システムの電動化と電動化率の低いハイブリッド電動推進を組み合わせる
- ハイブリッド電動推進としては,アイドルアシスト,電動ファンタキシング,離陸時アシストを考慮する
- 補助動力装置 ( APU ) として,従来のタービン式APUより効率の良い燃料電池APUの適用を考慮する
- リチウムイオン2 次電池は,推進用または機体システム電源用のいずれにおいても,1 次エネルギー源として適用せず,システム設計上,安全性要求を満足する目的や,短時間の出力平準化を担う目的でのみ適用する
- 電動システムの冷却を基本的に空冷で賄い,空気を介した熱回収と燃料を介したエンジンとの熱的結合を考慮した熱・エアマネジメントシステムを適用する
IHIの航空機電動化コンセプトを第1図に,ハイブリッド電動推進のコンセプトを第2図に示す.現在,この航空機電動化コンセプトに基づく技術開発とシステムレベルでの実証を目的に,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ( NEDO ) からの委託事業として,「グリーンイノベーション基金事業/次世代航空機の開発プロジェクト」の「電力制御,熱・エアマネジメントシステム及び電動化率向上技術開発/電力制御及び熱・エアマネジメントシステム技術開発」を実施している.この事業においては,電動化コンセプトにおけるコアテクノロジー開発(MW級電動機,および大出力の電動ターボ機械の開発)とともに,システムレベルでの実証試験を行う.そして,全9 段階の技術成熟度レベルのうち,製品開発直前の段階で必要とされる,技術成熟度レベル 6(システムレベル実証,TRL6)を達成することを目標に掲げて開発を進めている.この研究開発の詳細については,5 章において示す.


2.3 期待される効果
2. 2 節にて言及したコンセプトに基づき,IHIではCO₂排出量の予備的評価を行った.燃料消費量評価の前提として,現在使用されている200 席クラスの単通路機に,2030 年代の技術レベルを想定したターボファンエンジンを組み合わせ,電動システムについては2. 2 節にて説明したものを適用することを想定した.また,燃料としては現状のジェット燃料を適用し,APUの燃料としては水素を搭載することを想定した.このとき,現状の航空機に対して,ハイブリッド電動推進化による効果として3%,熱・エアマネジメントシステムを中心とした機体システムの電動化の効果として2%,合計5%程度のCO₂排出削減が可能との見通しを得ている.
ここで重要なことは,それぞれの機器単体では,これらの効果は極めて限定的にしか得られないという事実である.電力系統機器は,その単位重量当たりの出力(以下,出力密度)がこの20 年ほどで劇的な進歩を遂げているものの,航空機搭載を考慮すると相変わらず重い.一つの目的のために発電から分配電,エネルギー貯蔵,負荷側のモータドライブに至る一連の電気駆動系統を搭載した場合,ほぼすべてのユースケースで,電力系統機器の重量増による燃料消費量の増加が,電力系統機器を搭載し活用することによる燃料消費量の低減効果を食いつぶしてしまう.しかし,運用中の使用フェーズが異なるさまざまな電動化手法・機器を組み合わせ,電力供給系統を兼用とすることができれば,重量の増加を最小限に抑えることができる.航空機電動化では,このシステム統合という難しさにチャレンジする必要がある.
3. 技術的チャレンジと開発のポイント
3.1 高耐熱電動機の技術開発
高空での減圧環境にさらされる航空機においては,放電にかかわる現象により適用可能な電圧に大きな制約を受ける.特に,電動機の耐部分放電特性がネックとなり,2030 年代においても,適用電圧はインバータへの供給電圧(DCリンク電圧)で± 540 V以下にとどまるものと想定されている.電圧制約があるため,先述した航空機電動化を支える1 MW級の電動機においては,1,000 Aを超える電流が必要となり,これが大きな損失を発生させる.さらに,航空機の搭載を目指して高出力密度化を図った結果として,損失密度も大きくなり,電動機の内部は極めて熱くなる.加えて,エンジンと大出力電動機のシステム統合を図るエンジン内蔵型発電機のコンセプト達成のためにも,電動機の高耐熱性が重要となる.エンジン内蔵が可能な高耐熱電動機の実現には,冷却技術の高度化と高耐熱材料の適用の両面が必要である.航空用エンジンの開発で培った高度な冷却技術の電動機への適用と,従来の電動機巻線に適用されている耐熱温度180℃を大幅に上回る,耐熱温度300℃の絶縁被膜を適用した電動機の開発を進めている.
3.2 ガス軸受適用の超高速モータの技術開発
航空機システムの高効率化を考えた場合に,エネルギー消費量が大きい与圧・空調・防氷などの圧縮空気を用いるエアシステムの高効率化と,電力機器の増加による機内熱負荷の増大に対応した熱マネジメントシステムの高度化・高効率化が必須となる.熱マネジメントシステムは多くの場合,副次的なシステムとみなされ,主たる系統の必要な機能を満たす機器をまず設計し,その後でそれらを冷却するという考え方が一般的であった.その結果,後付けのパッチワークのように冷却器が適用されるケースが多かった.IHIの航空機電動化のコンセプトでは,このような後掛かりの対応ではなく,まず空冷の限界を拡大して機体内のすべての機器を空冷に統一する.そのうえで,与圧された客室空気の排気にすべての排熱を集め,タービンによるエネルギー回収を組み合わせて機体内の熱と空気を統合的に管理する,熱・エアマネジメントシステムのコンセプトを打ち立てた.この中心にあるのが,電動機の制御や,変圧整流を行う電力変換器(パワーエレクトロニクス)の空冷システム,ならびに電動ターボコンプレッサによるエネルギー回収および燃料を使って冷却し,機体の排熱をエンジンに輸送する燃料冷却を組み合わせた燃料排熱連携空調システムである.いずれも,空気圧縮を用いるシステムであり,航空機搭載に必要な小型化を達成するため,ガス軸受を適用した超高速モータがその中核技術となっている.ガス軸受は,空気膜によって軸を保持するために原理的に軸受負荷は低く,減圧環境ではさらに低下する.このため,モータの大出力化に際しては,ロータの軽量化が必須であり,多極化と高速回転化,それによる電気的には超高速回転化を基本戦略として,IHIが有する,自動車のターボチャージャをはじめとする,高度な回転機械技術を活かして技術開発に取り組んでいる.
3.3 システムレベルの技術開発
航空機電動化において,期待される効果を十分に享受するためには,部品レベル,機器単体レベルの技術開発とともに,システムレベルでの適切な設計と,その妥当性確認が非常に重要である.2. 3 節に示したCO₂削減効果は,典型的な1 飛行パターンを想定して算出したものだが,電動化の効果は地上運用も含む運用パターンに多大な影響を受け,整備や故障対応を含む運用シナリオによって,最適なシステム構成は異なることが想定される.また,大電力の電動化システムはいまだ航空機において適用実績がなく,安全性確保のための保護系統が新たに必要となり,システム重量に対し大きな影響を与える.安全性を確保しつつ,追加重量を抑制するため,故障シナリオを考慮した試験実証を行うことが重要となる.これらに対応した試験設備の整備も,技術開発における力点の一つである.
4. NEDO委託事業におけるこれまでの技術開発と残された技術課題
IHIでは,これまで三つのNEDOからの委託事業を実施し,技術開発に取り組んできた.その概要について以下で述べる.
4.1 航空機用先進システム実用化プロジェクト/次世代エンジン電動化システム研究開発
2016 ~ 2020 年にかけて実施した本研究開発において,高耐熱技術を適用した250 kWのエンジン内蔵型電動機を開発し,電動機の高耐熱化に必要な冷却構造および300℃耐熱絶縁被膜について,部品模擬試験と電動機単体試験によるコンセプト検証が完了した.250 kWエンジン内蔵型電動機を第3図に示す.また,熱・エアマネジメントシステムにおける燃料排熱の熱交換器要素試験,シミュレータによる機体とエンジンの燃料を介した熱的統合のコンセプト検証,および電力変換器の空冷化についての要素試験検証が行われた.要素試験に適用されたパワーエレクトロニクス空冷化システムを第4図に示す.


4.2 NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/革新的ハイブリッド飛行システムの研究開発
2018 ~ 2020 年にかけて実施した本研究開発において,エンジン内蔵型電動機の搭載構造の成立性検討が行われ,2 MWを上限としてエンジン内蔵型発電機のテールコーン内搭載が可能であることを確認した.また,熱・エアマネジメントシステムにおけるエネルギー回収のコンセプト検証が行われ,シミュレータにより,空冷システムとエネルギー回収および燃料冷却の組み合わせでの,MW級ハイブリッド電動推進を考慮した機体内熱マネジメントの成立性が確認された.
4.3 航空機用先進システム実用化プロジェクト/次世代電動推進システム研究開発/電動ハイブリッドシステム
2020 年から2024 年にかけて実施した本研究開発において,高耐熱技術を適用したMW級エンジン内蔵型電動機を開発した.2 MW出力の発電機を基本設計として,軸長を半分にする形で1 MW出力の試作機を製作し,性能確認のためのコンポーネント試験とハイブリッド電動推進を想定した電力システムの実運用パターン想定に沿った運転試験と,その際の電力制御の安定性について試験評価を実施した.これにより,出力2 MWまでをカバーする発電機設計の妥当性が確認された.MW級エンジン内蔵型電動機を第5図に示す.また,熱・エアマネジメントシステムのコンセプト検証として,高度10,000 m以上を飛行する航空機の室内外の気温と圧力を再現した,高空模擬の空調試験装置を製作し,コンプレッサの駆動動力に対して,タービンによって40%以上のエネルギーを回収できることが確認された.電動ターボコンプレッサ自体についても,自動車のターボチャージャ技術をベースに,回転体のさらなる軽量化とガス軸受の高負荷容量化のための開発を行った.ガス軸受適用では世界最大となる70 kW級電動ターボコンプレッサを試作し,燃料電池空気供給系としてのシステム試験を実施してその性能を確認した.70 kW級電動ターボコンプレッサを第6図に示す.さらに,冷却対象として航空機用電力変換器を想定した空冷システム試験を行い,酷暑環境においても十分な冷却性能を持つことを確認した.


これらの三つのプログラムを通じて,IHIの提案するハイブリッド電動推進を含む航空機システム電動化のコンセプト検証についてはおおむね完了しており,それを支える要素技術についても試験検証が終わっている.一方で,以下の技術課題が残っている.
- 試験設備の制約により,電力システム,および発電機単体のいずれにおいても1 MWフルスケール実証が未実施
- 試験設備の制約により,熱・エアマネジメントシステムのフルスケール実証が未実施
- さまざまな改善施策を積み上げた電動化システムについて,統合システム実証試験が未実施
- システムおよびコンポーネントでの耐環境性・耐久性の実証が未完了
これらの技術課題をクリアし,実機搭載につなげるため,グリーンイノベーション基金事業(以下,GI基金事業)として,次の事業立ち上げが行われた.
5. GI基金事業における電動化技術開発
5.1 GI基金事業の概要と電動化技術開発
経済産業省は,2050 年カーボンニュートラル目標に向けて,令和2 年度第3 次補正予算において2 兆円の「グリーンイノベーション基金」をNEDOに造成した.本基金では,「経済と環境の好循環」を作っていく産業政策であるグリーン成長戦略において実行計画を策定している重点分野のうち,特に政策効果が大きく,社会実装までを見据えて長期間の取組みが必要な領域にて,具体的な目標とその達成に向けた取組みへのコミットメントを示す企業などを対象として,10 年間,研究開発・実証から社会実装までを継続して支援している.この中の1 項目として,2024 年4 月から「グリーンイノベーション基金事業/次世代航空機の開発/電力制御,熱・エアマネジメントシステム及び電動化率向上技術開発/電力制御及び熱・エアマネジメントシステム技術開発」が開始された.IHIはその主契約者として委託を受け,研究開発を進めている.本研究開発における開発項目を第7図に示し,その内容について以下に述べる.

GI基金事業においては,キーコンポーネントレベルの技術開発と,システムレベルでの技術実証の両方が実施される.キーコンポーネントレベルの技術開発としては,ハイブリッド電動推進に適用可能なMW級発電機,ならびに熱・エアマネジメントシステムおよび燃料電池用空気供給システムに適用可能な大出力電動ターボ機械が主たる開発ターゲットとして選定され,それらの性能検証だけでなく,耐環境性・耐久性の試験確認を実施する予定である.また,これらを用いた電力制御システムおよび熱・エアマネジメントシステムについて,それぞれのシステムでのフルスケールシステム実証を行い,最終的にそれらを組み合わせたシステム実証を2030 年度までに実施する計画としている.
また,GI基金事業においては,技術開発だけでなく,それを支える設備整備についてもご支援を頂く予定となっている.試験設備の導入に当たっては,経済産業省主導で将来航空機産業戦略と連動したインフラ導入の在り方を議論しており,この議論と歩調を合わせる形で,フルスケール実証インフラの導入を計画している.設置場所の候補地としては,国立大学法人秋田大学と公立大学法人秋田県立大学が共同で運営する電動化システム共同研究センターが挙げられており,両大学とも連携して検討を進めている.第8図に電動化システム共同研究センターの新世代モータ特性評価ラボを示す.

GI基金事業における,もう一つの大きな柱が標準化である.これまでの日本の航空機およびそのシステム開発においては,標準化の推進が十分でなかったとの反省に立ち,新技術の社会実装と日本の航空機産業の競争力強化のため,標準化を推進することが事業計画に盛り込まれている.標準化活動については,経済産業省および国土交通省航空局が共催する新技術官民協議会において,国際標準化戦略立案と国内協議団体設立の準備が進められており,この活動と歩調を合わせる形で標準化活動を推進する.
これらの活動により,電力制御システムおよび熱・エアマネジメントシステムとしてのTRL6達成を目指しており,各国で公表されている技術開発ロードマップと歩を同じくして開発を進めることで,次世代機への技術導入につなげていくことを企図している.
5.2 期待される将来像
ここまで述べてきた,IHIが目指す航空機電動化システムの姿は,現在の航空機の形態を大きく変えない漸近的な改善のみを示している.しかし,これは将来の航空機の形態を示すものではないことに注意が必要である.電動化技術は機体形態を選ばずに適用可能なものであり,漸近的な改善から,水素電動推進のような革新航空機に至るまで,幅広く適応可能な技術である.あらゆる形態の航空機にとって,電動化はそれを下支えする重要な技術であり,将来の航空機にとって欠かせない基盤技術となることが予想されている.IHIとしては,日本の技術を適用した電動化システムが,世界の空を飛ぶ航空機に広く適用・搭載され,それらがCO₂排出量を確かに減らしていると認められる日が来るよう,その実現に向けて研究開発を進めていく.
6. 結論
2050 年までの航空輸送の脱炭素化を達成するためには,燃料消費量削減のためのあらゆる選択肢を追及する必要がある.電動化は,その有力な手段の一つであり,IHIの提案する燃料電池補助電源を含むハイブリッド電動推進と熱・エアマネジメントシステムの組み合わせによって,5%の燃費改善効果があることが解析的に確認されている.この構成技術要素については,IHIの持つ強みである高耐熱電動機技術と,ガス軸受適用の超高速モータ技術が適用されており,試験による性能評価が完了している.IHIでは,NEDOのGI基金事業を通じ,上記システムの構成要素の技術開発とシステムレベルでの技術実証を進めている.システムレベルでのTRL6達成を目指して技術開発に着手しており,2030 年代に運用開始となると予測されている次世代単通路機に向け,社会実装を進めていくものである.
- ― 謝 辞 ―
- 本稿の成果の一部は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ( NEDO ) JPNP15005の委託業務の結果得られたものである.
参考文献
(1) ICAO Committee on Aviation Environmental Protection:Report on the feasibility of a long-term aspirational goal ( LTAG ) for international civil aviation CO₂ emission reductions,( 2022. 3 )
(2) Royal Netherlands Aerospace Centre ( NLR ) and SEO Amsterdam Economics:Destination 2050 – A route to net zero European aviation,( 2021. 2 )
(3) B. Graver, D. Rutherford and S. Zheng:CO₂ EMISSIONS FROM COMMERCIAL AVIATION: 2013, 2018, AND 2019,International Council on Clean Transportation,( 2020 ),p. 6
(4) Air Transport Action Group:WAYPOINT 2050 Second Edition: September 2021,p. 46
(5) 株式会社IHI:プレスリリース「世界初,ジェットエンジン後方に搭載可能なエンジン内蔵型電動機を開発 ~ CO₂削減に向け,航空機システム全体のエネルギーマネジメント最適化を目指す ~」,https://www.ihi.co.jp/all_news/2019/aeroengine_space_defense/1196481_1594.html,( 参照2024. 8. 30 )
(6) 株式会社IHI:プレスリリース「世界初,航空機用100 kW級高出力パワーエレクトロニクスの空冷化に成功 ~ クリーンな空冷技術で,パワーエレクトロニクス適用分野の拡大へ ~」,https://www.ihi.co.jp/all_news/2020/aeroengine_space_defense/1196478_1607.html,( 参照2024. 8. 30 )
(7) 株式会社IHI:プレスリリース「世界初メガワット級の航空機ジェットエンジン後方に搭載可能な電動機を開発 ~ CO₂削減に向け,航空機システム全体のエネルギーマネジメント最適化を目指す ~」,https://www.ihi.co.jp/all_news/2023/aeroengine_space_defense/1200551_3544.html,( 参照2024. 8. 30 )
(8) 株式会社IHI:プレスリリース「軽量・小型で世界最高レベル出力の電動ターボコンプレッサを開発 ~ 空気軸受の独自開発により,航空機用燃料電池推進システムを実現 ~」,https://www.ihi.co.jp/all_news/2023/technology/1199829_3546.html,( 参照2024. 8. 30 )
(9) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構:事業概要説明資料,https://www.nedo.go.jp/content/100975498.pdf,( 参照2024. 8. 30 )
関連動画:【IHI】技術が、未来をつくる 航空機電動化編 YouTube動画はこちら