H3ロケット1段エンジンLE-9ターボポンプの開発
本村泰一,三原 礼,鈴木啓介,四宮教行
本村 泰一 航空・宇宙・防衛事業領域ロケット開発事業推進部 主幹
三原 礼 航空・宇宙・防衛事業領域ロケット開発事業推進部 部長
鈴木 啓介 航空・宇宙・防衛事業領域ロケット開発事業推進部 主幹
四宮 教行 航空・宇宙・防衛事業領域ロケット開発事業推進部 主査
LE-9エンジンは,高い信頼性および性能と低コストを武器に,衛星打上げ市場への参入を目指して開発中のH3ロケットの1 段用液体酸素・液体水素エンジンである.LE-9エンジンの開発は,暫定的な仕様での実運用を行いながら最終的な開発目標を達成する計画となっている.H3ロケットは2024 年2 月に暫定的な仕様のLE-9エンジンを搭載した試験飛行2 号機の打上げに成功した.LE-9エンジンの推力はH-ⅡAロケットの1 段用LE-7Aエンジンの1.4倍弱となる1,500 kNレベルであるが,低コスト化のためにエンジンサイクルとしては2 段燃焼サイクルからエキスパンダブリードサイクルに変更されている.そのため,ターボポンプとしては設計仕様が大きく異なり,タービンの翼振動を含むさまざまな技術課題に直面している.本稿では,LE-9エンジン用ターボポンプの設計仕様や技術的特徴と開発の状況について説明する.
LE-9 engine is the liquid oxygen / liquid hydrogen rocket engine used for the first stage of H3 Launch Vehicle, which is under the development, aimed for the entry into the satellite launch market with the strength of the high reliability and the low cost. The development of LE-9 engine is planned to achieve the final development goal concurrently with the actual operation with the provisional specification. The second H3 Launch Vehicle (H3TF2:Test Flight No. 2) was successfully launched in February 2024, using the LE-9 engine with the provisional specification. The engine cycle is changed from the staged combustion cycle of LE-7A engine used for H-IIA Launch Vehicle to expander bleed cycle to reduce the production cost though the thrust of LE-9 engine is almost 1.4 times that of LE-7A engine. Therefore, the design specifications of its turbopumps are widely different and the development of the turbopumps faces the various technical problems including the blade vibration. This paper describes the specifications, the technical features, and the development status of the turbopumps for LE-9 engine.
1. 緒言
現在,運用中のH-ⅡA/Bロケットに対して,信頼性および打上げ能力向上とコスト削減を目的としてH3ロケットが開発されており,2024 年2 月に試験飛行2 号機が成功裏に打ち上げられた.ロケット開発においてエンジンは,信頼性・性能・コストを左右する重要な要素であり,H3ロケットでは1 段用新規エンジンとしてLE-9エンジンを搭載している.ロケットエンジンは,タンクから供給された低圧の推進剤および酸化剤をターボポンプで昇圧し,噴射器を介して燃焼室に噴射し,高温高圧条件で燃焼させ,その燃焼ガスの流れをノズルで超音速に加速することで推進力を発生させる.第1図にLE-9エンジン外観を示す.また第2図にLE-9エンジンサイクルを示す.LE-9エンジンは液体酸素と液体水素を推進剤として,シンプルでロバストなエンジンサイクルであるエキスパンダブリードサイクルを採用した世界初の大推力エンジンである.このエンジンサイクルでは,ターボポンプのポンプ部分で昇圧された推進剤の一部が燃焼室の冷却に使用され,その際に生じる昇温された水素ガスがタービンの駆動に使用され,ノズル内部に放出される.


開発の中でLE-9エンジンの技術課題が明らかになり,対策に時間を要したが,打上げ市場へのH3ロケット投入時期の遅れを最小限とするために,LE-9エンジンは暫定的な仕様で実運用に移行しつつ,最終的な開発目標達成に向けた開発を継続していくことになった.具体的には試験飛行1 号機用に性能と作動範囲に制約を課したType1エンジン,初期運用には作動制約を外したType1Aエンジン,最終的な量産対応の運用には性能向上とコストダウンを実現したType2エンジンを,順次適用していく計画である.本稿執筆時点ではType1Aエンジンを適用した3 号機までの打上げが無事終了しており,Type2エンジンの開発を進めている.
本稿ではLE-9エンジンの設計仕様および当社が開発を担当しているターボポンプの技術的特徴を述べるとともに,現在進行している開発の状況について説明する.
2. LE-9エンジン概要
2.1 エンジンコンセプト
LE-9エンジンのコンセプトは,低コスト化および信頼性の向上である ( 2 ).そのため先に述べたエキスパンダブリードサイクルを採用することによって,ガスジェネレータサイクルや2 段燃焼サイクルが必要とするタービン駆動用の燃焼器が不要となった.エンジンシステムが簡素化され,排気ガスダクトを含むタービン部が低温化されることで,高信頼性と低コストが両立するエンジンとなっている.一方で,エキスパンダブリードサイクルは,タービン駆動ガスが燃焼ガスと比較して温度が低く,所定出力を得るために高いタービン効率が必要とされる.大きな動力を得るには,タービンを大型化し駆動ガス量を増加すれば良いが,エキスパンダブリードサイクルではタービン駆動ガスは燃焼に用いられないためエンジン性能の低下を招いてしまうためである.低コスト化については,概念設計段階から部品点数削減案や高コストな工程の削減案を考慮し,HIP ( Hot Isostatic Pressing ) 焼結素材およびAM ( Additive Manufacturing ) 素材などの革新的生産技術を適用することで推進している.
2.2 エンジン諸元・ターボポンプ仕様
LE-9エンジン主要諸元を第1表に示す.エンジン推力は1,471 kNである.エンジンの特徴は,大推力でありながらエンジンサイクルにはシンプルなエキスパンダブリードサイクルが採用されていること,および,電動バルブによるエンジン推力のスロットリングが可能になっていることである.

第2表にLE-9エンジン液体水素ターボポンプ(Fuel Turbo Pump:以下,FTP)の仕様を示す.FTPについては,ノミナル回転数はLE-7Aエンジン(以下,LE-7A)並みであるが,タービン膨張比は非常に高く,一方で,ポンプの吐出圧はLE-7Aと比較して約7割弱の値となっている.

また,第3表にLE-9エンジン液体酸素ターボポンプ(Oxidizer Turbo Pump:以下,OTP)の仕様を示す.OTPは,ノミナル回転数はLE-7Aよりも低く,タービン入口圧も低圧となっている.

3. LE-9エンジンターボポンプの特徴
3.1 液体水素ターボポンプ
第3図にLE-9エンジンFTPロータ組立を示す.LE-7AのFTPではポンプ部は単段インデューサと2 段インペラの構成であったが,LE-9エンジンではエンジンサイクル変更により要求吐出圧が緩和されたことから,2 段インデューサと単段インペラの構成である.インペラの単段化で軸長を短縮し,40,000 rpm以上という高回転ながら2 次危険速度以下での定格運転を可能にすることで振動安定性を向上させるとともに,LE-7Aで必要としていたダンパ機構の採用をやめた.また,低コスト化と製造制約条件の緩和および構造強度余裕の確保のために,インペラはシュラウドをなくしたオープンインペラ形態を採用した.さらに,軸受は軸受冷却流量低減によってポンプ効率を向上させる目的でハイブリッドセラミック軸受を採用,タービンは低エンタルピーのタービン駆動ガスから大出力を得るために,タービン膨張比を大きくした2 段式の超音速衝動タービンである.

3.2 液体酸素ターボポンプ
第4図にLE-9エンジンOTPロータ組立を示す.OTPタービンの入口圧は低く,2 段式の遷音速反動タービンである.大出力を発生させるためには,周速とノズル面積を大きく設計する必要があり,ターボポンプとしてはタービンディスク直径が極めて大きくなった.一方でOTPの1 次危険速度はタービンが振れ回る振動モードであることからOTPのシャフト径を大きくし,1 次危険速度以下で定常運転させる剛性ロータ形態を採用した.シャフト径拡大に伴い必要となる軸受径の拡大などの技術的課題については,要素試験などによって解決した.

3.3 低コスト化
概念設計の段階から,① 部品点数削減 ② 加工方法変更 ③ 特殊工程変更および削除 ④ 素材変更 ⑤ 組立工程変更および削除,などの全ての分野にわたるコストダウンアイデアを抽出し,その一つひとつについて実現性を追求した.LE-7Aとは異なり副燃焼器がないため,ターボポンプの吐出圧は低く,インペラの単段化によって部品点数の削減が可能となった.また,タービン駆動ガスが低温化されたことで低コストのタービン材料の採用やタービン動翼とディスクの一体化(ブリスク化),表面処理箇所の削減などによるコストダウンが可能となった.インペラはFTP,OTPともシュラウドをなくしたオープンインペラを採用し,加工性を向上することで低コスト化を実現した.
4. LE-9エンジンターボポンプ単体試験
4.1 試験目的
第5図にLE-9エンジンの開発スケジュールを示す.2014 年から要素レベルの試験を行い,各要素の機能・性能を確認したうえで,2016 年度からターボポンプの実機型モデル ( Engineering Model ) を製造し,2016 年度末に初号機ターボポンプ単体試験を実施した.ターボポンプ単体試験の目的は,エンジン燃焼試験に先行して以下に示すターボポンプ単体特性を取得し,リスク低減を図るとともに,要求性能を満足していることを確認することであった.

- ターボポンプ性能特性(ポンプ,タービン)
- 軸振動特性(アキシャル,ラジアル)
- 機構系特性(軸受,軸封シール)
- 内部循環特性
なお,試験は国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 ( JAXA ) 角田宇宙センター(宮城県)で行われた.第6図にLE-9エンジンFTP単体試験,第7図にLE-9エンジンOTP単体試験の状況を示す.


4.2 試験結果
LE-9エンジンターボポンプ単体試験データの一例を第8図に示す.GH2(水素ガス)を蓄圧した気蓄器からタービンに供給し,ランタンクからLH2(液体水素)もしくはLOX(液体酸素)を供給することでターボポンプを作動させ,データを取得した.始動停止過渡特性に問題はなく,FTP,OTPいずれのターボポンプも定常運転中の特性は,ほぼ設計予測値を満足しており,過大な軸振動も発生しなかった.ただし,試験後にOTPのタービン部に問題が発見され,技術課題解決のためにFTP,OTPともに部品構成を変更しての試験を継続し,本稿執筆時点でFTPは合計26回565 s,OTPは合計23回459 sの試験を実施した.

4.3 翼振動の計測
LE-9ターボポンプの開発では高効率・低コストを目指し,FTP,OTPともにタービン部にはブリスク形態を採用したが,フラッタや共振による疲労が問題となった.この問題を解決するための設計変更には翼振動状況の把握が必要となったため,作動中のブリスクの翼振動計測を行った.
翼振動計測は,以下の2 方式で実施した.
- 動翼の外周に取り付けた複数の光学式センサにより全翼の翼端の振動状況を把握する方式
- ブリスクに貼り付けた小型のひずみゲージの計測データをロータに取り付けたトランスミッタからケーシングに取り付けたレシーバに送信するテレメトリ方式でひずみを計測する方式
いずれもジェットエンジン開発での実績のある方式であるが,LE-9ターボポンプではタービン駆動ガスが水素ガスであり,作動前にはポンプ側の極低温流体(液体水素または液体酸素)により熱伝導で冷却され,かつ最高で40,000 rpm以上という高回転数であるため,装置やセンサ使用環境はジェットエンジンと大きく異なる.このような環境下での計測におけるリスクを低くするために事前に必要な要素試験を実施したうえでターボポンプ単体試験にて最初の翼振動計測を実施した.その結果,データ取得に必要な仕様と手順を確立することができた.なお,設計時の想定よりも多様な翼振動が発生していることが判明したため,以降は振動モードの形状への依存性の低い ( 2 ) のテレメトリ方式によるひずみ計測を主として行うこととした.
ロケット用ターボポンプのタービン翼の翼振動計測手法を確立したことにより,翼振動問題について的確な原因究明に基づく効果的な翼振動対策を検討することができた.
5. LE-9エンジン燃焼試験
5.1 試験概要
ターボポンプ単体試験が終了した実機型をエンジンシステムに組み込み,2017 年4 月から以下の特性を取得することを目的として,JAXA種子島宇宙センター(鹿児島県)で初号機としての燃焼試験を実施した.第9図にLE-9エンジン燃焼試験の状況を示す.
- 定常性能の確認
- 始動/停止/スロットリングシーケンス確立
- 過渡特性の確認
- ターボポンプ吸い込み性能・動特性の取得
- 電動バルブによる作動点制御特性の取得
- 予冷特性の取得

5.2 試験結果
エンジン燃焼試験では,FTP,OTPいずれのターボポンプも始動・停止過渡の挙動を含め問題なく作動し,過大な軸振動も発生しなかった.ポンプの吸い込み性能については目標を上回っており,有害な振動現象の発生もないことを確認した.FTP,OTPのタービン部のフラッタや共振による疲労などが問題となったものの,FTP,OTPともにタービンを設計変更し,エンジン燃焼試験を継続,翼振動を主とした技術課題を解決したことを確認した.
以降,機体システム試験や,Type1エンジンおよびType1Aエンジンの認定試験を含め,本稿執筆時点で合計105回14,910 sの試験を実施している.
これまでに実施したエンジン燃焼試験の作動データの一例を第10図に示す.この試験は,各翼振動モードの応答を計測するために2 種類の条件で最高回転数までの加減速を実施した試験である.

すでにType1エンジンおよびType1Aエンジンの認定試験は完了し,Type1エンジンおよびType1Aエンジンを搭載した試験飛行2 号機によって飛行実証も問題なく完了している.
今後はさらに性能を向上させることに加え,低コスト化を考慮した設計変更を適用したType2エンジンの認定試験を行い,作動範囲に対する成立性ならびに耐久性を検証する計画である.
5.3 翼振動の計測
翼振動対策の効果を実作動条件で確認するために,エンジン燃焼試験においてもタービンの翼振動計測を実施した.エンジン燃焼試験はターボポンプ単体試験と比較して長時間の試験が可能であるため,作動条件を変えながら行うことができ,より詳細なデータを取得し,それを設計に反映することができた.
6. 結言
LE-9エンジンに関する開発の概要,エンジン設計仕様やターボポンプの技術的特徴および開発状況について述べた.LE-9エンジンは,世界的に見ても例をみない大推力エンジンにエキスパンダブリードサイクルを適用したエンジンである.また革新的生産技術の適用や徹底的な低コスト化を図っている.
H3ロケットは試験飛行1 号機の打上げ失敗を経て,これまでに試験飛行2 号機と3 号機の打上げに成功した.これら全てにおいてLE-9エンジンは問題なく作動し,暫定的な仕様での初期運用段階に入っている.
LE-9エンジンの開発過程で判明した翼振動などの技術課題についてはターボポンプ単体試験およびエンジン燃焼試験で原因究明および対策効果の確認を行っている.特に作動中のタービンの翼振動計測に基づいた翼振動対策については一般社団法人ターボ機械協会から技術賞を受賞するなど社外から高い評価を受けている.
今後,初期運用としてのType1Aエンジンの製造の継続とともに,低コスト量産型であるType2エンジンの開発試験を実施していく予定である.
なお,本件は国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構との開発契約に基づいて実施している.
- ― 謝 辞 ―
- LE-9エンジン用ターボポンプの開発に当たっては,国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構,三菱重工業株式会社,学校法人早稲田大学ほか関係各位から多くのご支援,ご協力を頂きました.ここに記し,深く感謝いたします.最後に,多くの成果を残しながら開発完了前に亡くなられた水野勉氏,本井久之氏に感謝と哀悼の意を表します.
参考文献
(1) N. Negoro, T. Tamura, H. Manako, T. Onga, T. Kobayashi and K. Okita:Overview of LE-9 Engine Development for H3 Launch Vehicle,67th International Astronautical Congress,( 2016. 9 ),pp. 26-30
(2) N. Azuma, Y. Ogawa, K. Aoki, T. Kobayashi, K. Okita, T. Mizuno, K. Niiyama and N. Shimiya:Development Status of LE-9 Engine Turbopumps,53rd AIAA/SAE/ASME/ASEE Joint Propulsion Conference,( 2017. 7 )
(3) 水野 勉,小口英男,新井山一樹,四宮教行:H3ロケット1段エンジンLE-9ターボポンプの開発,IHI技報,Vol. 57,No. 3,2017 年9 月,pp. 58-64
(4) H. Kawashima, A. Kurosu and T. Kobayashi:Qualification test results of LE-9 engine for H3 launch vehicle,74th International Astronautical Congress,( 2023. 10 )