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舶用アンモニア機関の開発と実船実証
世界初の商業用アンモニア燃料船が就航

株式会社IHI原動機   

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株式会社IHI原動機は,アンモニア燃料レシプロエンジンを開発し,温室効果ガス ( GHG ) の排出量を90%以上削減した.これによって,国際海事機関の定めるGHG削減率の2040年目標値を達成することができた.また,安全に安定してアンモニア燃料で運転できることを実証した.

アンモニア燃料エンジン ( 6L28ADF )

はじめに

株式会社IHI原動機 ( IPS ) では,アンモニアを燃料とする4 ストロークレシプロエンジンの開発・製造を行っている.アンモニア燃料は,燃焼時に二酸化炭素 ( CO₂ ) を排出せず水素に比べて単位体積当たりの発熱量が高いなどの観点から,海運業界の温室効果ガス ( GHG ) 削減燃料として他の代替燃料に比べて高く注目されている.具体的には,国際海事機関 ( International Maritime Organization:IMO ) が掲げる,GHG削減目標(2008 年比で2040 年までに70%以上,2050 年ごろまでにGHG排出ゼロ)の対策としても有効な燃料の一つとして挙げられている.IHIグループでは,アンモニアの製造,貯蔵,輸送,活用といったバリューチェーン全体にわたるカーボンニュートラルの実現に注力しており,その中でIPSは船舶業界における活用の一端を担っている.IPSでは,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ( NEDO ) のグリーンイノベーション ( GI ) 基金内のアンモニア燃料国産エンジン搭載船舶の開発のコンソーシアムに参加している.そこでは,アンモニア燃料タグボート向けの推進用エンジン(2024 年就航)および,アンモニア燃料アンモニア輸送船(2026 年就航予定)向けの発電用エンジンの開発を行っている.

アンモニア燃料の燃焼特性と着火方式

アンモニアをレシプロエンジンの燃料として使用するためには,アンモニアが有する特性を考慮して燃焼室内で適切な着火,燃焼条件を整える必要がある.アンモニア燃料は,ディーゼル燃料やメタンに比べて燃焼速度が遅く,最小点火エネルギーも大きいためレシプロエンジンに適用するには工夫が必要である.自着火温度が高いことから着火がしにくい一方で,ノッキング耐性は高い燃料といえる.そこで,ガスエンジンの着火方式の中で最もエネルギーが高く,確実な燃焼を実現できるマイクロパイロット方式を採用した.燃焼室に形成されたアンモニア予混合気に向けて少量のディーゼル燃料を噴射して多点同時的に着火させることで,短時間で燃焼を完了させるコンセプトである.

アンモニア燃料レシプロエンジンの各工程

開発目標

アンモニア燃料の使用によってIMOが規定するGHG削減率を達成することは可能であるが,そのためには,炭化水素を含む液体(マイクロパイロット)燃料の使用量削減および温室効果の大きい亜酸化窒素 ( N2O ) 排出量の低減が必要である.
混焼率(燃料全部の投入熱量に対するアンモニア燃料熱量の割合)が大きいほどGHG削減率は高くなるが,一方でアンモニア燃料の燃焼によってN2O排出量が増加するとGHG削減効果は低減してしまう.N2OはCO2に対して265 倍の温室効果を持つため,少量のN2O排出でもGHG削減率は大幅に悪化する.本開発ではGHG削減率の目標を50%に設定し,そのときの混焼率は80%以上,N2O排出量は100 ppm以下とした.

ディーゼル,メタン,アンモニア燃料の物性値

アンモニアは微量でも人体にとって有毒であり,人が刺激臭を感知する濃度は5 ~ 53 ppmとされている.また,公益社団法人日本産業衛生学会が定める曝露限界濃度は25 ppmであり,機関室内などエンジン周囲で人が立ち入る可能性がある場所は25 ppm以下に保つ必要がある.なお,曝露限界濃度とは,作業員に健康上の悪い影響が見られないと判断される濃度である.アンモニア燃料のエンジンへの供給については,配管接合部からの漏えいを想定して既存のガスエンジンと同様に二重壁管構造としている.エンジンに供給されたアンモニアガスは,燃焼後排気されるが,未燃分を含む燃焼ガスの一部はピストンリングの隙間からクランクケース内へ流入(ブローバイガス)する.クランクケースの空間はカムケースから動弁装置を介してシリンダヘッドまでつながっており,エンジン運転時には機関室内との圧力差によってエンジンから僅かにアンモニアガスが流出する可能性がある.そのため,排気ファンを備えたオイルミストセパレータ(換気システム)を設置してクランクケース内を常時負圧に制御することで,エンジン内から周囲にアンモニアガスが漏れないようにしている.

混焼率およびN2O 排出量に対するGHG 削減率
想定されるアンモニア燃料の滞留箇所

既存の液化天然ガス ( LNG ) とのデュアルフューエルエンジンに対して圧縮比の増加,吸排気系の最適化,燃料ガス系統の最適化などの改造を施すことで,アンモニア燃料タグボート向けのエンジン ( 6L28ADF ) を実現させた.

アンモニア燃料レシプロエンジン ( 6L28ADF ) の諸元

エンジン試験結果

舶用機関としてのテストサイクル(E3モード)における,アンモニア燃料運転時(アンモニアモード)の混焼率は最大で95%以上を実現することができた.アンモニアガスを着火させるために,一定量のマイクロパイロット燃料が必要となるため,エンジン出力の低下に伴い混焼率は低下する.

なお,アンモニア燃焼によるN2O発生量を考慮したGHG削減率は最大で90%以上を実現することができており,IMOが掲げる2040 年の目標を十分達成できることが分かった.本エンジンは,アンモニアモードでIMOによるNOx(窒素酸化物)排出率の3 次規制を達成することができ,同時にアンモニア燃料を使用したエンジンとして世界初となる一般財団法人日本海事協会の型式承認を取得している.

エンジン周囲のアンモニアガスおよび臭気

アンモニアモードで運転中の各部のアンモニア濃度について評価したところ,クランクケース内のアンモニア濃度はブローバイガスにより最大で数 vol%程度に達するが,エンジン周囲のアンモニア濃度は0 ppmでありアンモニア臭も確認できなかったことから,換気システムは有効な手段といえる.

フィールド実証試験

2024 年1 月に2 基のアンモニア燃料エンジンを造船所に納入し,タグボートに搭載された.既存のLNG燃料タグボート「魁(さきがけ)」を,アンモニア燃料エンジンおよびアンモニア燃料システムに対応するように改造した.アンモニア燃料タグボートは,2024 年8 月23 日に船主へ引き渡され,世界初の商業用アンモニア燃料船となった.

エンジン運転中のエンジン周辺におけるアンモニア濃度

竣工後に世界初となる実運航中の実証試験・解析を行い,重油使用時と比較して最大約95%のGHG削減率を達成した.フィールドでの実証試験を重ねていくとともに,そこで得た知見を次の発電機エンジンの開発に活かしていく.

アンモニア燃料タグボート「魁」( 提供:日本郵船株式会社)

アンモニア燃料エンジン開発の成果と展望

IHI原動機は,海事クラスターのGHG削減に対応すべく世界初となる舶用アンモニアエンジンを開発し,以下の成果を得ることができた.

  1. 舶用アンモニアエンジン ( 6L28ADF ) の日本海事協会の型式承認を取得するとともに,アンモニアモードでIMO NOxの3 次規制をクリアできた.
  2. アンモニア燃料における最大混焼率は95%以上を達成し,そのときのGHG削減率は最大で90%以上を実現できた.これによりIMOが目標に掲げる2040 年のGHG削減率70%以上を達成できた.
  3. 世界初となる商業用のアンモニア燃料船の実船での実証試験を行うことができた.

今後はアンモニア燃料タグボートに搭載されたエンジンの実証運航で得られる技術課題の改善を行っていくとともに,アンモニア燃料アンモニア輸送船の開発にこれまで得られた知見を反映していく.最後に,本開発を通じて,2050 年カーボンニュートラルへの道筋をつけ,舶用産業分野におけるGHG排出削減に貢献し,日本の海事クラスターの国際競争力強化に寄与してゆく.