航空機エンジン分野におけるMBSE手法の活用事例の紹介
坂井俊哉,室岡 武,廣田健太郎
坂井 俊哉 航空・宇宙・防衛事業領域技術開発センター制御技術部 主査
室岡 武 航空・宇宙・防衛事業領域技術開発センター要素技術部 部長
廣田 健太郎 航空・宇宙・防衛事業領域技術開発センター要素技術部 グループ長
近年,航空機システムは電子技術の進展に伴い機能要求が増大し,システムの複雑化が進んでいる.この結果,設計変更時の影響評価や認証試験が複雑化し,開発期間の長期化が課題となっている.さらに環境対応の要請も強まり,電動化や水素燃焼技術など異分野技術との統合が不可欠である.
この課題解決に向け,IHIはModel Based Systems Engineering ( MBSE ) を活用して設計情報を一元管理し,Model Based Design ( MBD )との連携を用いて複数要素間の影響評価を効率化する設計プロセスの構築を進めている.
In recent years, the functional requirements for aircraft systems have been increasing due to advancements in electronic technology, leading to greater system complexity.
As a result, impact assessments during design changes and certification tests have become more complicated, causing longer development periods.
Furthermore, the demand for environmental sustainability has intensified, making the integration of diverse technologies, such as electrification and hydrogen combustion, essential.
To address these challenges, IHI is utilizing Model Based Systems Engineering (MBSE) to centralize the management of design information and is developing a design process that streamlines impact assessments across multiple components through collaboration with Model Based Design (MBD).
1. 緒言
近年,電子技術の著しい発展により,航空機システムに要求される機能が増大している.それに伴い航空機システムの規模(部品点数:約300 万点(自動車の約100 倍)),および複雑度が年々増加している.結果として,設計変更などによる設計・製造の後戻りや認証試験の複雑化が進み,開発期間の長期化が航空機業界の問題となっている.第1図に民間航空機の型式証明取得に要した期間を示す.
航空機エンジンの分野でも,電子技術の信頼性が向上し,高性能化,整備性向上,経済性向上を目指して油圧機械制御から電子制御への移行が進んでおり,システムの複雑化が避けられない状況となっている.従来のエンジン開発プロセスでは,開発後期に設計変更が発生した場合,複雑化した要素間の相互作用の評価が困難であり,スケジュールに影響を与える課題があった.
さらに,地球環境に配慮した航空機の実現に向け,CO2削減など環境負荷軽減への要求が高まっている.その結果,電動化や電動ハイブリッド推進,水素燃焼技術など異なる技術分野との統合が不可欠となり,カーボンニュートラルを目指したエンジン・システムのさらなる複雑化が進むと予想される.一方で,開発期間短縮の要請も強まっており,限られた期間とリソースの中で効率的な開発が求められている.こうした背景の中,さまざまな業界でModel Based Systems Engineering ( MBSE ) の適用が進められており,航空機エンジン開発においても注目されている.
従来は,要求仕様や設計結果,開発計画,テスト結果などを主に文書(テキストや表形式のドキュメント)記述・管理していた.しかし,システムの複雑化に伴い,文書量が爆発的に増大し,変更管理やトレーサビリティの維持が困難になってきている.また,文書のみではシステム全体の構造や振る舞いを直感的に理解することが難しくなり,関係者間で認識の齟齬(そご)が生じるリスクが高まるという課題がある.MBSEは,これらの課題を解決するため文書中心のアプローチからモデル中心のアプローチへ移行し,複雑なシステムの開発を効率化し,より効果的に実現するための手法である.MBSEのモデルとは,システム構造,振る舞い,機能,相互関係などを視覚的かつ体系的に表現した記述モデルである.モデルは単なる図やイラストとは異なり,システムの設計・解析・管理を支援するために,厳密なルールや形式に基づいて作成される必要があり,モデリング言語のSystems Modeling Language ( SysML ) がデファクトスタンダードとして広く採用されている.SysMLは,第2図に示すダイヤグラム分類に対して,記述ルールを定めている.
今回の報告では,2023 年度から経済安全保障重要技術育成プログラム ( K Program ) の「航空機の設計・製造・認証等のデジタル技術を用いた開発製造プロセス高度化技術の開発・実証/航空機の設計,認証,生産プロセスの革新とプロセス統合」 ( 2 ) において取り組んでいる,開発期間の短縮を目指した航空機エンジン・システムのMBSEモデル構築,および従来設計でも適用していたMode Based Design ( MBD ) と組み合わせた設計手法について述べる ( 3 ).
2. 航空機エンジンへのMBSE適用
2.1 システム設計の課題と目指す姿
MBSEの適用に向けて,これまでの航空機エンジン開発・設計時の問題・課題について整理した.MBSE技術は,従来分断されがちであった技術的な領域や部門間の壁を乗り越え,効率的な連携を可能にする点で非常に有用であると考えている.そこで,システム設計者だけでなく,空力設計,性能設計,構造設計,制御設計といった各分野の専門家とも連携し,現在直面している課題を多角的かつ包括的に整理した.
- (1) 類似製品の開発・設計
- 航空機ジェットエンジンは技術革新により性能が向上してきたが,作動原理や構造に大きな変化はなく,既存技術を延長した設計が主体だった.その結果,上位要求分析が不十分になり,システムとして個々の技術を集約した際に不適合が発生し,大きな後戻りが発生する可能性が高かった.
- (2) システムの複雑化
- エンジン・システムは,電子制御へ進化し,システム規模や複雑度が急速に増加している.また,環境負荷低減のため,異分野技術の統合が必要となっている.これにより,設計や検証プロセスの難易度が高まり,効率的な開発手法の確立が急務となっている.
- (3) 長い開発サイクル
- 航空機エンジン開発は,新規開発から量産段階へ移行するまでに10 年程度かかり,量産後10 ~ 20 年は使用される.この長いサイクルのため,PDCA ( Plan-Do-Check-Act ) サイクルを迅速に回してプロセスを改善することが難しい状況にある.
- (4) ドキュメント管理の複雑化
- 従来のドキュメント・ベースの開発プロセスでは,要求仕様や設計結果,試験結果などが複雑に関係し,情報の一元管理やトレーサビリティの確保が煩雑で,人手がかかる状況にある.
これらの問題を解決するため,Systems Engineering ( SE ) 手法を用い,課題から要求,機能,技術へと落とし込む設計プロセスへの移行を進めている.また,モデルを活用し,要求や機能,設計をデジタル環境で行う仕組みを構築することで,新規アーキテクチャ設計に迅速に対応できる仕組みを構築する取組みを進めている.このような取組みを通じ,カーボンニュートラルの実現を含む社会課題の解決に寄与し,将来の航空産業に貢献するエンジン開発を目指している.
2.2 ニーズ分析・要求検討
航空機エンジン・システムに求められるライフサイクル(開発 ~ 廃棄)全体を把握するとともに,関係するステークホルダーを明確にするため,ライフサイクル分析を実施した.ライフサイクル分析では,時間軸・空間軸・目的軸の観点でライフサイクルの全体像を把握することが重要であり,以下の手順にて検討を実施した.検討したライフサイクル図の例を第3図に示す.
- (1) 時系列に沿ってライフサイクルを抽出
- 開発,製造,販売など,ユーザの運用フェーズ以外も検討し,ライフサイクルの全体像を把握することを目的に,粗めの粒度で整理した.
- (2) 各ライフサイクルでステークホルダーを検討
- 開発対象システムへの要求を考えるうえで考慮すべき人・組織などを検討した.
- (3) ステークホルダーごとに各シーンを整理
ライフサイクル分析後,続いてコンテキスト分析を実施する.対象とするシステムの責任範囲およびシステム外部との境界線を明確にして,ステークホルダーのニーズ・要求を抽出することを目的として分析を行った.対象とするシーンごとにステークホルダーや周辺環境とのインタフェースが異なるため,システムとステークホルダーや周辺環境との関係から要求を漏れなく抽出するためには,シーンごとに検討する必要がある.第4図には,離陸シーンについてのコンテキスト図の例を示す.
コンテキスト分析を実施し,対象システムの境界を明確化し,システムに影響を与えるステークホルダーを特定した.続いて,各コンテキストにおけるシステムの振る舞いや目的を整理して,ステークホルダーがシステムにどのようにかかわるかを明確にするためユースケース分析を実施した.ステークホルダーの役割や利用の目的,具体的なシナリオを検討し,システム設計の基盤となる達成すべき目的や機能を整理することができた.作成したユースケース図の例を第5図に示す.
作成したユースケース図,ステークホルダーからのニーズ,耐空性審査要求などを基に,航空機エンジン・システムの要求を検討し,要求間の関係を明確にするため要求図を作成した.作成したエンジン・システム要求図例を第6図に示す.
2.3 機能設計
航空機エンジン・システムに対する要求の整理後に,システム全体の振る舞いを明確にし,システム要求を実現するために必要な機能を設計する.一つの対象がどう振る舞うかを検討するためにステートマシン図を,複数の要素がどう関係しながらシステムとして振る舞うかを検討するために,アクティビティ図を使用して振る舞いの検討を行った.作成したエンジン始動時のステートマシン図例を第7図に示す.
アクティビティ図は,機能およびその入出力に着目し,実行順序,分岐,並行動作などの振る舞いを表現する図であり,要求を満たすために対象システムが持つべき機能を定義している.今回は,以下の三つの入出力に関して振る舞いを検討した.
- (1) エネルギーの入出力変換
- (2) 物体の入出力変換
- (3) 情報の入出力変換
エンジン始動時に対するアクティビティ図例を第8図に示す.
これまで検討した分析結果の関係性を第9図に示す.コンテキストで整理したステークホルダーの関係性を基盤として,各ステークホルダーのニーズを抽出し,それに基づいて具体的なユースケースを構築した.さらに,ユースケース単位で必要なアクティビティを詳細に検討し,システムの実現に向けた具体的な振る舞いや機能要件を整理した.
これら一連の検討プロセスを効率的かつ確実に管理することを目的に,MBSEの手法を活用して情報を一元化したことにより,ニーズやユースケース,アクティビティ間の相互関係を明確にし,設計や開発プロセスにおける各種情報のトレーサビリティを高い精度で確保することが可能となった.
2.4 システム構成の検討
航空機エンジン・システム機能設計完了後,続いて機能を実現するための物理的手段の検討を実施した.システム構成の検討ではブロック定義図,内部ブロック図,アクティビティ図を利用して,物理要素の検討や物理要素の機能への割付けを実施して,要求,機能,物理要素の抜け漏れがないことを確認した.第10図にエンジン・システムの内部ブロック図を示す.
2.5 MBSEモデル構築による効果
2. 2 ~ 2. 4節で述べた手法に基づき航空機エンジン・システムのMBSEモデルを構築した.今回構築したモデルを用いることで,ドキュメント・ベースの設計プロセスと比較して以下のメリットを得ることができると考えている.
- (1) 統合的な設計情報管理がもたらす効率的な議論の促進
- 設計情報をMBSEモデル内に集約して蓄積することで,システム全体の設計情報が一元的に管理され,システム設計に関する情報を視覚的かつ体系的に一望でき,関係者全員が必要な情報を迅速かつ容易に参照することが可能となった.この統合的な情報管理により,設計内容や要件の全体像を共有しながら,関係者全体で建設的かつ効果的な議論を進めることができるようになると考えている.第11図に上位システムとの関係を示した要求図の例を示す.
- (2) システム全体の影響範囲と機能関係性の可視化による設計の最適化
- 要求や設計の変更が生じた際には,MBSEモデルを通じて影響範囲を可視化することができるため,変更が他の要素や機能に与える影響を迅速かつ正確に評価できる.例えば,特定の要件の変更が関連するサブシステムや他の機能にどのような影響を及ぼすかをモデル内で可視化し,全体への影響を評価できるようになる.さらに,システム全体の機能間の関係性がモデル内で明確化されているため,変更による機能の背反や矛盾の可能性を事前に発見し,調整を行うことで設計における確度の最適化が実現できると考えている.第12図にモデルを使った影響確認の例を示す.
3. MBSE-MBD連携
MBSEモデルは,システム設計の要求や耐空性審査要求を考慮しつつ,網羅的な評価を実施するための枠組みとして非常に有用であるが,定量的な評価を実施するのは困難である.このような評価の限界を克服するためには,MBDで使用されるCAE ( Computer-Aided Engineering ) 解析技術を組み合わせたMBSE-MBD連携が不可欠だと考えている.
今回の試行では,基礎的な段階として,単一のCAE解析をROM ( Reduced Order Model ) 化したモデルを活用し,解析時間を短縮しつつ簡易的に作成したMBSEモデルとの連携を実現した.
この試行は,MBSE-MBD連携技術の基盤構築に向けた重要なステップであり,今後の設計プロセスの効率化や精度向上に向けた可能性を示唆するものである.
第13図に連携技術のイメージを示す.第14図に連携試行結果を示す.
4. 結言
本稿では,航空機エンジン・システム設計の効率化を目的に,IHIが実施するMBSEの適用事例を紹介した.設計情報をMBSEモデル内に集約し一元管理することで,システム全体の設計情報を視覚的かつ体系的に共有し,関係者が必要な情報に迅速にアクセス可能となった.これにより,設計内容や要件の全体像を共有しながら,効率的かつ建設的な議論が可能になった.さらに,要求や設計変更時にMBSEモデルで影響範囲を可視化することで,変更が他の要素や機能に与える影響を迅速かつ正確に評価できるようになった.これにより,システム全体の機能間の関係性が明確になり,変更による機能背反や矛盾を事前に発見・調整をすることで設計の最適化を実現できる環境が構築できた.
加えて,設計精度の向上を目指し,さまざまなCAE解析技術を組み合わせたMBSE-MBD連携技術の検討を行い,定量評価を早期に実施して設計へフィードバックする仕組みについても紹介した.現状は,単一要素を対象としたMBSEとMBDを用いて基礎的な検証を進めているが,将来的に複数要素に連携技術の確立を目指している.この技術により,複数の設計担当者が相互に影響を評価しながら設計を進める仕組みを構築し,設計品質の向上や開発期間の短縮を目指す.
- ― 謝 辞 ―
- 本稿の成果の一部は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) JPNP22007委託業務の結果得られたものである.
参考文献
(1) 一般財団法人日本航空機開発協会:令和5 年度版民間航空機関連データ集,2024 年
(2) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構:「航空機の設計・製造・認証等のデジタル技術を用いた開発製造プロセス高度化技術の開発・実証」に関する研究開発構想,https://www8.cao.go.jp/cstp/anzen_anshin/20221227_meti_2.pdf (参照2025. 3. 2 )
(3) 坂井俊哉,室岡 武,廣田健太郎,谷 直樹,榎 友謹,桐村祐貴,南部太介,窪田健一:航空機用エンジンへのMBSE手法の適応技術の開発,第62回飛行機シンポジウム,3C06,2024 年10 月