シミュレーション技術で熱帯泥炭地の保全・管理を実現
熱帯泥炭地の地下水位を可視化するシミュレーション技術
株式会社IHI
インドネシアの熱帯泥炭地で行う植林事業において，森林の育成，二酸化炭素 ( CO₂ ) 排出の抑制などの観点から，地下水位を常に一定に保つ管理が求められる．そこで熱帯泥炭地の計測・観測データ，管理設備の操作・運用の模擬を基に，地下水位を推定する技術を開発し，社会に貢献することを目指している．
はじめに
IHIでは，カーボンニュートラルの実現，生物多様性の保全といった社会課題の解決に取り組むため，合弁会社 株式会社NeXT FORESTを設立し，熱帯泥炭地の保全と適切な管理を行うための各種技術開発を進めている．
熱帯泥炭地の現状と課題
熱帯泥炭地とは，湿地に浸水することで枯れた樹木などの植物遺骸の分解が遅れて蓄積し，有機質土（泥炭土）を形成したものである．インドネシアでは，プランテーションの拡大や用水路の開削，自然乾燥による排水や乾燥化などの要因により，泥炭地の地下水位が下がることが問題となっている．これによって泥炭が空気に触れ，有機質の分解が進行したり，火災が発生し拡大したりすることで，泥炭地に固定されるべき二酸化炭素 ( CO₂ ) が排出されてしまうことが環境問題として注目されている．この状況を防ぐため，地下水位を適切なレベルに維持することが必要であり，NeXT FORESTは地下水位管理のコンサルティングを行うことで，インドネシアにおける泥炭地からのCO₂の排出抑止に貢献していく．
シミュレーション技術による地下水位推定
従来，空間上で離散的な計測による地下水位の観測値を基に，水位管理系統の操作，運用を進めてきた．特に水位管理の設計においては，経験を有する現地管理技術者の知見に頼るところが多く，属人化してしまう課題もあった．そこでIHIでは，IoTを用いてリアルタイムで正確に計測する技術の開発と並行して，東京大学とともに地下水位のシミュレーション技術開発を進めてきた．複雑な水路網を有する熱帯泥炭地において，水の流れを再現するモデルの開発事例がなかったため，初期地下水位や時系列降雨情報（観測値，予報値）の境界条件を入力とし，時系列で表される地下水位の推定結果を得る技術を実証した．
シミュレーション結果を評価するまでに実施する手順の概要は ① 過去に計測・観測したデータの解析，② 平面メッシュの生成，③ 三次元モデル（水理モデル）の作成，④ シミュレーション実行，といったものである．
三次元モデル（水理モデル）の作成
水理モデルの基本として，地下水と地表水の流れ方程式を連成させる解析手法を用いる．地下水流れは三次元，地表水流れは二次元の拡散方程式を支配方程式として解く．不飽和透水特性などのパラメータは，応答曲面，遺伝的アルゴリズムなどの解析を駆使することで得られた値を設定している．一方，この水理モデルのノウハウを基に各パラメータの誤差成分を想定した変動幅に対する感度解析を実施し，地下水位推定精度に大きく影響するパラメータを識別した．この結果，推定精度を向上するには何を重要視すればよいのか，あるいは地下水位管理において何が重要になるか把握することができた．
シミュレーション実行
作成した水理モデルを基に，適切な条件を設定することで，水位シミュレーションを実施した．ここでは定常状態（時間の経過に関わらず，一定の状態を保つこと）を仮定した解析条件で実施するシミュレーションと，非定常状態（時間の経過により状態が変化すること）を仮定した解析条件で実施したシミュレーションを主として進めた．前者は平均的な気象条件，水位管理を実践した際の対象領域の地下水位維持能力を示し，後者は観測降雨，予報降雨に対して，どのような運用をすべきなのかを把握するために役立つ．
シミュレーションモデルの活用
本シミュレーション技術の実証により，既存の植林区画の水位管理系統を操作する根拠を示すツールとして，また，新規に開発する植林区画に対し水位管理設備の設計や計測位置の方針提示，水位管理系統の設計ツールとして役立てていけると考えている．
おわりに
地下水位管理を含む森林管理に，本シミュレーションモデルを使用したツールを活用することで，より良い管理プロセスとし，効率的で無駄のない熱帯泥炭地の保全と適切な管理につなげていく．