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環境にやさしい日本初の次世代電気推進船システム
CO₂排出量を30%削減できるシステムインテグレーション

株式会社IHI原動機   

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株式会社IHI原動機は,推進を電動機,電力をバッテリーと発電機のセットで賄うシリーズハイブリッドにDC(直流)電圧グリッド方式を採用することで,従来船と比べて二酸化炭素 ( CO2 ) 排出量を大幅に削減した.

電気推進船モデル

2050年カーボンニュートラルの実現と船舶産業の成長戦略

2020 年10 月,日本政府は「2050 年カーボンニュートラル」を宣言し,地球温暖化への対応を,経済成長の制約やコストとする時代から国際的な成長の機会と捉える時代に突入したと表明した.

さらに,2021 年6 月,経済産業省からグリーン成長戦略が発表された.このグリーン成長戦略とは,「経済と環境の好循環」を作っていく産業政策の意味で,成長が期待される産業(14 分野)において,温室効果ガスの排出を全体でゼロにするための高い目標を設定している.

このなかで,船舶産業においては,燃料電池船,電気推進船,ガス燃料船が二酸化炭素 ( CO₂ ) 排出量削減への有力な対策とされており,株式会社IHI原動機 ( IPS ) でも,持続可能な成長戦略として,特に動力系統を電化した電気推進船とガス燃料船の普及に努めている.

IPSが電気推進船を重視する背景は,得意とする内航船が航行距離の短さにより,バッテリーを用いた電気推進船に向いていることにある.それに加えて,近年では電動機の高効率化,低価格化が進み,それを駆動するインバーターや電気機器も高機能,高効率なものが流通するようになった.その結果,システム構築が容易となり,多種多様な船舶への採用が可能になったことも理由の一つである.

IPSが手がけた従来の電気推進船

IPSは,現在次世代電気推進システムの開発に取り組んでいる.まず初めに,実際に手がけた船を例に電気推進船について説明する.

これまでにIPSは,多くの舶用機関および推進装置の納入実績と経験があり,さらに,機関と推進装置に加え遠隔操縦装置を含んだトータルパッケージとして提供している.その推進装置のなかでも特にアジマススラスタ(Zペラ ®)は,国内で90%,海外でも30%のシェアがあり,5 000 セット以上の納入実績がある.

IPSが手がけた従来の電気推進船のうち,上記Zペラを搭載したタグボートを紹介する.その前に電気推進船の方式呼称を表に整理して示す.

電気推進船の方式呼称

2013 年3 月に日本初のパラレルハイブリッドタグボート「翼」が横浜港に就航した.本船は陸上から給電ができるプラグイン機能付きパラレルハイブリッドタグボートで,内航船初のリチウムイオン電池をバッテリーとして搭載している.

また,同年10 月には,同形式でバッテリーを未搭載のタグボート「銀河」が横浜港に就航した.タグボートとして当時高価であったバッテリーを使用しないディーゼル電気船は日本初であった.

両船はAC(交流)電圧グリッド方式を採用したことにより,変圧の構成機器が多く,狭い船内への配置に苦労したが,期待どおりの運航性能・環境性能を達成することができた.

IPSは,双方のプロジェクトをとおして,駆動用ディーゼルと電動機を用いた動力の管理システムを統合する知見を得た.

次世代電気推進船「大河」

IPSがシステムインテグレーター,および発電機・推進装置のサプライヤーとして参画した新方式の電気推進タグボート「大河」が2023 年1 月に就航した.本船は,大容量リチウムイオン電池とディーゼル発電機を組み合わせた,シリーズハイブリッド方式の電気推進タグボートである.動力と動力源を管理するシステムを統合し,排出されるCO₂,窒素酸化物 ( NOx ),硫黄酸化物 ( SOx ) などの削減を従来のディーゼル駆動船と比較して約30%達成した.このように環境負荷を低減するとともに,騒音や振動を抑えることで乗組員の労働環境と港湾周辺の環境に配慮した船舶となっている.

推進装置にはIPSが初めて供給する,電動機搭載のLドライブ型Zペラが採用された.Lドライブ型Zペラにすることで,電動機から推進装置までの動力伝達装置が不要になり,小型化に加え機械ロスを低減するメリットがある.

また,電気制御システムには,国内で初めてDCグリッドを採用し,大容量リチウムイオン電池と組み合わせることによって,従来の電気推進システムと比較してさらなる高効率を達成している.

「大河」( 提供:東京汽船株式会社)

次世代電気推進船「あすか」

相生バイオエナジー株式会社の相生発電所2号機(相生バイオマス発電所)への燃料輸送において,499G/T型の内航電気推進船を採用するプロジェクトが立ち上がった.

IPSは,システムインテグレーターとして主発電機関および電気システム一式を受注した.システム制御には,ABB社が提供するDCグリッド方式のOnboard Microgridや永久磁石 ( PM ) 推進電動機などを採用し,コンパクトかつ効率の高いシステムとしている.

本電気推進船は,IPSが提供する小型の主発電機に加えて大容量バッテリーを搭載したシリーズハイブリッド電気推進船である.このため,ディーゼル駆動船と同等以上の航続距離と速力を確保するとともに,大容量バッテリーからの電力供給によって,入出港および荷役を含む港内ゼロエミッション運航が可能となる.

これらの優位性によって従来のディーゼル駆動船と比較し,運航時のCO₂排出量は最大50%削減可能とする計画であり,次世代電気推進船として今後の内航電気推進船の普及型となることが期待されている.

「あすか」( 出典:旭タンカー株式会社Web サイトより)

革新的技術DCグリッドシステム

「大河」と「あすか」は,駆動用ディーゼルを使用せず,シリーズハイブリッド電気推進船とした.また,従来の電気推進船のACグリッド,交流同期発電機方式とは異なる本格的なDCグリッドシステムを採用した.これにより,従来の方式では,電力制御のためのグリッド盤が大きすぎて内航船のように船体が小さく限られたスペースでは配置が困難であった船でも,容易に配置が可能となった.

DCグリッド参考図に示すDCグリッド(着色部)は,AC電圧に代わりDC電圧で電力配分を行うことで,より効率の良い次世代船舶に必要とされる基幹システムとなり,インバーター・コンバーターなどの電力変換器や遮断器などはDCグリッド盤に収容されている.また,DCグリッドへコンバーターを介して,誘導発電機がつながるため,それぞれの発電機同士で同期をとる必要がないことも挙げられる.この発電機とバッテリーの負荷分担制御もDCグリッド上で電圧を変えることで容易に行える.

AC グリッドとDC グリッド

さらにバッテリーシステムは,DC/DCコンバーターを介するか,または直接接続でDCグリッドへ連結することが可能となるため,よりコンパクトにできる.DCグリッド上のDC電圧からAC電圧へのインバーターは,推進用AC電動機に使われる可変周波数,船内電力などの固定周波数に変換することができる.

これらの機能と数百のパラメーターを上位で制御・監視して,動力源と動力のマネジメントを行っているPEMS ( Power and Energy Management System ) と呼ばれる制御システムがある.これにIPSの船の操縦制御に関する知識をパラメーターとして落とし込んでいる.

バッテリーシステム

バッテリー接続方法には,バッテリーをDCグリッドへ結合する方法とACグリッドへ結合する方法がある.バッテリーはエネルギー貯蔵方式が直流ベースであるためDCグリッドへの結合は,ACグリッドへの結合より簡易である.

DCグリッド方式は一般的に,必要機器が少なく,ACグリッド方式よりもコンパクト化される.短絡保護機能や給電・受電制御が考慮されていない汎用機能のコンバーターで比較した場合,交流コンバーター方式では同等の直流方式よりグリッド盤の全長が2 倍となる.短絡保護機能,および給電・受電制御を考慮した場合は,バッテリー接続方法の図に示すように,グリッド盤の全長が4倍近くにもなる.

バッテリー接続方法( 提供:ABB 社)

DCグリッド方式には,DCグリッドに直接接続する方法とDC/DCコンバーターを経由して接続する方法とがある.「大河」は,直結方式であり,「大河」のように出力が大きく,バッテリー容量が大きい場合は,どのバッテリーでも共有して使える点が有利である.「あすか」は,コンバーター方式であり,「あすか」のように出力が小さく,バッテリー容量が小さい場合は,左右独立して使える点が有利である.

バッテリーのDC グリッド接続方法の比較

今後の取り組み

次世代電気推進システムは,大容量バッテリーを用いることに適しており,配置が従来方式に比べ容易なことから,現在多くの引き合いをいただいている.一番船でDCグリッドシステムの冷却水システムによるコンパクト化,誘導発電機を用いた非同期発電による個別制御,本稿で紹介した技術などが得られた.そのなかでも特にPEMSによる動力源と動力を管理するロジック,現地で行った電磁ノイズ対策は,価値の高い技術である.このような次世代電気推進船システムの技術により脱炭素社会,カーボンニュートラルの実現に貢献していきたいと考える.