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ターボチャージャ部品の耐食性評価

  纐纈知己,榊原洋平,大宮正仁,高橋和臣,齋藤健大

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纐纈 知己 技術開発本部技術基盤センター材料・構造グループ
榊原 洋平 技術開発本部技術基盤センター材料・構造グループ 主査 博士(工学)
大宮 正仁 技術開発本部技術基盤センター材料・構造グループ
高橋 和臣 産業システム・汎用機械事業領域車両過給機SBU技術統括センター設計部
齋藤 健大 産業システム・汎用機械事業領域車両過給機SBU技術統括センター設計部

ターボチャージャは多種多様な金属素材を組み合わせたものであり,腐食が発生し得る環境で用いられる.そのため,新規の材料を使う場合などは耐食性評価試験として複合サイクル試験 ( Combined Cyclic Test:CCT ) を行う必要がある.しかしCCTは大掛かりなうえ1 か月以上の時間がかかる.一方,電気化学測定は簡易なセットアップで迅速に行うことができるが,CCTとの相関性は不明であった.そこで,CCTと電気化学測定の相関性を示すことを目標に,双方のデータを取得することにより耐食性を表す指標を見いだし,この指標を用いてスクリーニングが可能になった.

A turbocharger includes various metal materials that are exposed in corrosive environment. When applying new materials, it is necessary to conduct a CCT ( Combined Cyclic Test ) for a month or more as a corrosion resistance test. On the other hand, electrochemical measurements can be performed in a short time with a simple setup, but the correlation with the CCT was unclear. Therefore, our goal was to obtain data from both the CCT and electrochemical measurements and demonstrate the correlation with the CCT. As a result, it became possible to find indicators and use electrochemical measurements to screen for the CCT. This enabled the CCT to be performed on the minimum amount of material, leading to increased testing efficiency.


1. 緒言

ターボチャージャはそのライフサイクルにおいて,雨水,大気中の水分などによって腐食し得る環境で用いられる.例えば,ターボチャージャの駆動部では錆(さび)による固着や摩耗による損傷が発生することがある.特に,海岸沿いの飛来塩分や寒冷地方の凍結防止剤によって環境の腐食性が高くなった地域では,ターボチャージャ部品の腐食の問題は大きい.そのため新規金属材料を適用する場合は,長時間の使用を想定した複合サイクル試験 ( Combined Cyclic Test:CCT ) をターボチャージャそのものに対して行い,腐食による駆動部の作動不良がないことを確認している.このターボチャージャとしての試験に先立ち,一般的には部材や部品単位でもCCTを行い,レイティングナンバー ( Rating Number:R.N. ) ( 1 ) で錆具合を評価することになる.R.N.は錆面積率を評価する値で,( 1 ) 式で求めることができる.

ここでAは腐食面積率である.また,標準となる写真および図表がJIS G 0595やJIS Z 2371などに記載されている.R.N.は金属材料に発生した錆の程度について,全く錆びていない状態を10とし,発錆(せい)面積が広くなるほど0に近づく指標である.自動車業界ではCCTとして一般的に日本自動車技術会規格 ( Japanese Automotive Standards Organization:JASO ) のサイクル ( JASO M609 ) が用いられる.JASO M609サイクル(以下,JASOサイクル)を第1図に,JASOサイクルにおける試験片の例と設置方法を第2図に示す.このようなCCTを実施するには,大掛かりな試験機が必要であり,また試験期間は1 か月以上が必要となる.特に,評価を行う材料種類が多い場合は,試験の長期間化が著しい.したがって,短時間で測定可能な試験法を用いることで,CCT実施後のR.N. と相関性のある指標を得ることができれば,スクリーニングが可能となる.これにより,CCTは最小限の材料評価に限定され,ターボチャージャの開発期間の短縮が期待できる.指標の候補として,まず耐孔食性指数 ( Pitting Resistance Equivalent:PRE ) が考えられたが ( 2 ),PREはステンレス鋼に適用される指標で,ステンレス鋼以外の材料も多く使用されるターボチャージャの駆動部には適さない場合が多い.そこで,耐食性を表す指標を得るために電気化学測定を検討した.電気化学測定は水溶液中の金属の溶解速度(腐食速度)を測定する種々の手法のことで,材料の耐食性を短時間で評価できる可能性がある.

第1 図 JASO サイクル ( JASO M609 )
Fig. 1 JASO Cycle ( JASO M609 )
第2 図 JASO サイクルにおける試験片種類と設置方法
Fig. 2  Test pieces and their installation in JASO Cycle

ここで2 種類の電気化学測定手法について紹介する.いずれも腐食分野では既知の測定方法であり,測定自体はよく使用されている.一つ目はアノード分極測定で,単一材料による単体試験片(以下,単体)の耐食性評価に用いられる.アノード分極測定で得られる分極曲線上の代表点を用いてR.N.との相関について調査した.二つ目は短絡電流測定である.駆動部で2 種類の金属が組み合わさった場合のCCT試験結果と相関がある指標として,本測定で得られる短絡電流密度が適用できる可能性がある.

第3図に2 種類の電気化学測定の模式図を示す.アノード分極測定は3 電極法で,短絡電流測定は2電極法で測定を行う.アノード分極測定にはポテンショスタットを,短絡電流測定には無抵抗電流計を用いる.詳細は参考文献を参照されたい ( 3 ).どちらも10 × 10 mm程度の測定面が得られればよく,部品そのものを試験体とすることができる.測定面以外を絶縁することを目的として,マスキング材で被覆することで測定面積を調整することができ,測定した電流値を測定面積で除して電流密度を算出する.電気化学測定で用いるポテンショスタットや無抵抗電流計の測定できる電流レンジは広く,0.1 ~ 10 000 μAの範囲の電流を扱うことができる.電流密度は以下の ( 2 ) 式で表される反応で生じる単位面積,単位時間当たりの電荷量を表している.

ここでMは金属,nは価数である.すなわち,電気化学測定中に得られる即時の電流密度は,その時点での金属の溶解速度を示している.本稿で扱う鉄系,ニッケル系材料の場合は,nは2となる.

第3 図 2 種類の電気化学測定の模式図
Fig. 3 Schematic diagram of the two methods of electrochemical measurements

2. 実施方法

2.1 単体の試験

初めに,ステンレス鋼 ( SUS304 ),ニッケル基合金,非不働態金属,表面処理を施した金属についてJASOサイクルによるCCTを行い,CCT後にR.N.を求めた.次に,それらの材料についてアノード分極曲線を取得した.アノード分極曲線を取得する際の浸漬(せき)溶液は目的に適したものを選ぶことになるが,ここではJASOサイクルに用いる溶液,すなわち5 wt% NaCl水溶液を用いた.また水溶液温度はJASOサイクルにおいて最も腐食環境として厳しい60℃とした.

2.2 素材を組み合わせた場合の試験

ターボチャージャの駆動部では軸部材と軸受け部材の2 種類の金属が組み合わされる状態となる.このような部位において実際にどのような腐食状態となるのかは不明な点が多かった.そこで予備試験として,金属試験片にアクリルの凹型試験片を組み合わせたものをCCTに供した.第2図に示したように,組合せには駆動部のクリアランスを想定した隙間を設けている.

また,隙間部では腐食量が大きくなることが経験値としてあるため,素材を組み合わせた場合の間隙(かんげき)内環境についても調査した.組合せ時の間隙内環境を調べるため,ACM ( Atmospheric Corrosion Monitor ) センサ ( 4 ) をCCTに供し,電流値を調査した.ACMセンサは,大気環境で付着した水膜による金属の腐食電流を電気化学的に直接計測できるセンサである.一つ目のセンサは通常の開放状態とし,もう一つは組合せ状態を模擬するため,アクリルカバーでクリアランスに相当する隙間を再現した.

次いで,実際に異種金属同士での組合せ状態でのCCTを実施した.試験片の設置方法は第2図 - ( c ) とした.

3. 結果

3.1 単体の試験

JASOサイクルによるCCT後のR.N.を第4図に示す.また,取得したアノード分極曲線の例を第5図に示す.縦軸の電位は飽和カロメル電極 ( Saturated Calomel Electrode:SCE ) 基準の値を示している(以下,V vs. SCE).腐食の分野では,試験片が溶解する方向の電位をプラスに取り「貴」,その逆を「卑」な電位と呼ぶ.アノード分極は,自然浸漬状態の金属をポテンショスタットにより電位を貴方向に掃引すること,すなわち電気的に溶解(腐食)を加速させようとすることを意味し,電位に対する溶解電流をプロットしたものがアノード分極曲線である.第5図に示すとおり,ステンレス鋼などの不働態金属では約−0.1 V vs. SCEから0.15 V vs. SCEの範囲では溶解電流が増加せず,約0.15 Vを超えた時点で急激に増加した.一方,非不働態金属では電位の上昇に伴い,すぐに溶解速度が増加した.

第4 図 JASO サイクルによるCCT 後のR.N.
Fig. 4 R.N. after CCT based on JASO Cycle
第5 図 アノード分極曲線の例
Fig. 5 Examples of anode polarization curves

3.2 素材を組み合わせた場合の試験

金属試験片にアクリルの凹型試験片を組み合わせたものをCCT後に観察したところ,金属試験片だけでなくアクリル試験片の表面にも錆が強固に付着しており,もらい錆であることが確認できた.材料A単体で行ったCCT(以下,単体CCT)と,材料Aとアクリルを組み合わせた状態で行ったCCT(以下,組合せCCT)のR.N.の推移を第6図に示す.R.N.は材料A単体の場合の方がアクリルと組み合わせた場合より低くなるという結果となった.すなわち,組み合わせた場合と比較して,単体CCTの腐食量の方が大きいことが確認された.

第6 図 アクリルを組み合わせた状態で行ったCCT のR.N. への
     影響
Fig. 6 Effect on R.N. of CCT performed in combination with acrylic

また,ACMセンサを用いた間隙内環境の評価を行った.センサの模式図を第7図に,CCTモードとACMセンサ電流密度の関係を第8図に示す.これによると,第7図 - ( a ) の単体模擬では,CCTの初期から電流が流れ,電流のピークが高く,乾燥のフェーズで電流が0になることが分かり,- ( b ) の組合せ模擬では,CCTの初期に電流は流れず時間が進むとようやく流れ出すこと,電流のピークは低いが,乾燥のフェーズでも電流が流れ続けていることが分かった.

第7 図 実験方法 ACM センサを用いたクリアランス内環境の
把握
Fig. 7 Experimental method ̶ understanding the environment within
clearance using ACM sensor
第8 図 CCT モードとACM センサ電流密度の関係
Fig. 8 Relation between CCT mode and ACM sensor current density

実際に異種金属での組合せCCTを行った結果として,CCTサイクル数とR.N.との関係を第9図に示す.上記のとおり,組合せ材料間の隙間が乾ききらない環境下での腐食であり,異種金属接触による卑金属の錆の受け渡し(もらい錆)の影響から,単体CCTとは異なる結果が得られることが分かった.

4. 考察

4.1 単体の試験

ステンレス鋼などの不働態金属では,溶解電流が100 μA·cm−2に到達したときは孔食が発生したと考えられており,このときの電位が孔食電位としてJIS G0577に定義されている.一方,非不働態金属では前者と腐食の形態が異なり,全面溶解が生じる.すなわち,非不働態金属においては,溶解電流が100 μA·cm−2となった際には平均的に全面が同じ速度で溶解している.このように,溶解電流が100 μA·cm−2といっても金属の種類によって腐食の形態が異なる.しかし,どの腐食形態でも100 μA·cm−2の溶解電流で発生する金属イオン量は同じである.したがって,溶解電流が100 μA·cm−2に到達したときの電位(以下,E100)を耐食性の指標として用いることとした.

第4図のプロットを見ると,いずれの材料もサイクル数とともにR.N.は低下していくが,その勾配は時間とともに小さくなっていることが分かる.このような傾向はすでに報告されており,例えば,植益らは海岸での5 年間のステンレス鋼の暴露試験を実施し,R.N.の経時変化がある一定値に漸近するような傾向があることを報告している ( 4 ).また,田所らは種々のステンレス鋼に対し,人工海水を用いたCCTを行い,R.N.のサイクル数による変化を ( 3 ) 式により定式化した ( 5 )

ここで,NはCCTのサイクル数,αは1 サイクル後のR.N.,βは定数である.

第4図には,プロットのほかに ( 3 ) 式により近似した線も記している.この近似線より,同じサイクル数でのR.N.を比較した.第10図は,これを基にCCT 75サイクル後のR.N.と,E100との関係性を示したものである.これによりCCT 75サイクル後のR.N.とE100とには良い相関が見られることが分かった.

第10 図 75 サイクルCCT 後のR.N. と60℃,5 wt% NaCl 水溶液
     中で取得した100 μA·cm−2 に到達する電位 ( E100 ) の関係
Fig. 10 Relation between R.N. after 75-cycle CCT and potential ( E100 ) to
reach 100 μA·cm−2 obtained in 60°C, 5 wt% NaCl aqueous
solution

4.2 素材を組み合わせた場合の試験

予備試験の結果から,素材を組み合わせた場合の評価はもらい錆の影響があるので,それぞれの金属を個別に評価しても有用な結果が得られない.一方,駆動部の軸部材と軸受け部材を考えると,その間に発生する錆全体が機能に影響を及ぼすことから,それぞれの部材の腐食面積を計測し,二つの部材の評価面積で除して得られた平均腐食面積率を用いて,( 1 ) 式より組み合わせた際のR.N.を算出して評価に用いた.

次にACMセンサを用いた評価の結果を考察した.第7図 - ( b ) の組合せ模擬で電流が流れ続けるのは,- ( a ) の単体模擬では乾燥フェーズごとに乾ききるが,- ( b ) の組合せ模擬では乾燥フェーズでも濡れが維持されていることを示す.Tomashovモデル ( 6 ) によると,金属表面の水膜が1 μm前後のとき,つまり乾ききる直前に腐食速度が最も高くなることが知られている.予備試験で,材料A単体の場合の方がアクリルと組み合わせた場合よりR.N.が低くなったのは,乾燥のフェーズで毎回乾ききり,最も腐食速度が高くなる状態をサイクルごとに経ることで腐食が進むためと考えられる.

以上のように,R.N.が組合せによって相互に影響を受けていること,間隙内の濡れ時間が単体の場合と異なることから,電気化学測定との相関を考える場合にそれぞれ単体で評価してもE100と相関は見いだすことはできない.すなわち,組合せCCTとの相関を示す指標としては,両試験片の自然浸漬電位差によって生じる短絡電流の値を用いることが合理的であると判断した.

短絡電流測定例を第11図に示す.1 週間程度の浸漬を行うと短絡電流の値は十分安定する.第11図の例では,素材Aと素材Bを接触させており,自然浸漬電位の貴な素材Aが腐食する方向の電流をプラスに,電位の卑な素材Bが腐食する方向をマイナスに取っている.第11図では素材Bが腐食し,0.001 mm·y−1の減肉に相当する溶解電流が流れていることを示す.

第11 図 短絡電流測定例
Fig. 11 Example of short-circuit current measurement

ここまでの経緯から,二つの部材の平均腐食面積率から算出したR.N.と,短絡電流の値についての相関を調べた.第12図に,平均腐食面積率から算出した40 サイクル後のR.N.と短絡電流測定の結果を示す.これによると良い相関が得られることが判明した.組み合わせて使用する場合は,それぞれのアノード分極測定の結果 ( E100 ) ではなく,短絡電流密度がCCT実施後のR.N.との相関があることを見いだした.これにより,CCT試験を実施する前に短絡電流測定を行うことで評価リードタイムの短縮ができるようになった.

第12 図 結果 短絡電流による組合せの場合のR.N. 予測
Fig. 12 Results ̶ prediction of R.N. in case of combination by shortcircuit
current

5. 結言

ターボチャージャに用いられる多種多様な素材の耐食性評価を短期間にスクリーニングするため,CCTとの相関が認められる電気化学的手法を見いだした.単体の腐食評価では,E100とCCTとのR.N.には良い相関があり,アノード分極測定から長期間のCCT結果の推定が可能であることが分かった.また,隣接する相手材と組み合わせた場合の耐食性評価としてはE100ではなく短絡電流測定が有効であり,CCTについても単体の腐食状況に着目するのではなく2 種の素材の接触面全体の状態についてR.N.を評価することが合理的で電気化学測定との相関性も高いことを見いだした.

今回,実際の実験データを基にして電気化学測定とCCTとの相関を見つけていく作業を多数行ったが,今後さらにデータは拡充され,精度良く材料選定ができるようになると考えられる.新規候補材について本評価手法を用いることで,試験の効率化が期待される.

参考文献

(1) 一般財団法人日本規格協会:JIS Z 2371 塩水噴霧試験方法,2015年

(2) ステンレス協会編:ステンレス鋼の水溶液腐食,ステンレス鋼便覧 第3版,ステンレス協会,日刊工業新聞社,1995 年1 月,p. 328

(3) 西方 篤:測定法講座はじめての電気化学計測 ― まず測定してみよう 分極曲線を測定しよう, Electrochemistry,Vol. 67,No. 8,1999 年,pp. 879-883

(4) 植益 広,竹中雅志,清水哲也,阿部正美,平崎敏史,濱田秀則:ステンレス鋼の海洋環境下での耐食性,電気製鋼,Vol. 75,No. 2,2004 年4 月,pp. 133-138

(5) 田所 裕,高橋明彦:汎用ステンレス鋼の大気腐食挙動およびその時間変化予測,Zairyo-to-Kankyo,Vol. 48,No. 1, 1999 年1 月,pp. 34-40

(6) 篠原 正:大気腐食評価手法に関する最近の進歩, 表面科学,Vol. 36,No. 1,2015 年1 月,pp. 4-11