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橋梁の床版リニューアル技術

  齊藤史朗,牟田口拓泉,髙木祐介,山崎敏宏,池上浩太朗

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齊藤 史朗  株式会社IHIインフラシステム 新事業推進室研究開発部 主査 技術士(建設部門,総合技術監理部門)
牟田口 拓泉 株式会社IHIインフラシステム 新事業推進室研究開発部 部長 技術士(建設部門)
髙木 祐介  株式会社IHIインフラ建設 橋梁事業部事業推進部
山崎 敏宏  株式会社IHIインフラ建設 橋梁事業部鋼保全技術部 担当部長 技術士(建設部門,総合技術監理部門)
池上 浩太朗 株式会社IHIインフラ建設 橋梁事業部事業推進部 部長 技術士(建設部門)

国内の橋梁の老朽化が進むなか,通行車両の荷重を直接受ける床版のリニューアル工事が進められている.今までに実施された工事の多くは施工しやすい橋梁であったが,今後は施工難易度の高い工事も予想されている.さまざまな施工条件の工事に対応できるよう開発したIHIグループの床版リニューアル技術を紹介する.

As bridges in Japan are aging, replacement works are conducted for slabs directly subjected to the load of passing vehicles. Many works conducted so far did not have much difficulty caused by bridge conditions, but more and more difficult works must be conducted in the future. In order to complete such works with a variety of severe conditions, the IHI Group has developed technologies for facilitating replacement of slabs. This paper introduces these technologies briefly.


1. 緒言

全国の道路橋は,1950 年代から1970 年代にかけての高度成長期に建造されたものが多く,それらは供用から半世紀が経過している.この時期に建造された鋼橋の床版(橋の上を通る車両の荷重を橋桁に伝える版)は,2017 年に改訂された現行基準 ( 1 ) で想定されている供用期間100 年で建造したものと比べると耐久性が低い.そのため,実際に劣化や損傷が進行している橋梁もあることから,全国各地で床版リニューアル工事が進められている.第1図に中日本高速道路株式会社(NEXCO中日本)の中央自動車道(中央道)深沢橋床版取替工事の様子を示す.床版リニューアル工事は,橋の全幅員を終日通行止め規制ができる社会的影響が小さい路線や,上空制限がない施工条件の良い一般橋梁を中心に進められてきた.しかし,今後は,交通規制が夜間のみに限定されるなど,施工条件が大幅に制約されるような工事や,技術的に難易度が高い特殊橋梁(例えばアーチ橋,トラス橋)を対象とする工事が増えていく傾向にある.

第1図 NEXCO 中日本 中央道深沢橋床版取替工事
Fig.1 Slab replacement work at Fukazawa Bridge on the Chuo Expressway of NEXCO CENTRAL

IHIグループでは,今後のさまざまな施工条件における工事に対応するため,各種の床版リニューアル技術を開発している.本稿では,床版取替機,取替用床版および床版リニューアルを支える技術について紹介する.

2. 床版取替機

床版のリニューアル工事の際に交通規制できない,上空の高圧電線により上空制限があるなどの施工条件に対応するため,以下の床版取替機を開発した.

2.1 EVO

社会的影響から橋梁の全幅員を交通規制できない路線の場合,幅員を分割して床版を取り替える必要がある.そのため,幅員分割施工用に床版取替機「EVO(エボ)」を開発した.第2図に幅員分割施工可能な床版取替機EVOを示す.EVOは全長が約19 m,幅員方向の本体幅が約3.7 mである(第2図中央にある門型のオレンジ色の機械).EVOを施工箇所に設置し,プレキャストプレストレスコンクリート(以下,PCaPC)床版を3 枚取り替え,次の施工箇所まで移動することを繰り返す.すべての装備品を含む床版取替機の重量は約21.5 tであるが,これは従来の工法で必要とされる50 t吊りクローラクレーン(約50 t)の半分以下である.

第2図 幅員分割施工可能な床版取替機「EVO 」
Fig.2 EVO, slab replacement equipment enabling lane-by-lane
replacement

2.2 Sphinx

上空に高圧電線がある箇所,ジャンクション部などの上空制限がある場合,通常の移動式クレーンの採用は困難である.そのため,軽量で全高が低く,高速施工が可能な多機能床版取替機「Sphinx(スフィンクス)」を開発した.第3図に上空制限下でも施工可能な床版取替機Sphinxを示す.Sphinxは全長20.5 mで,高さが4.3 mである.一般的に標識などの上空構造物や立体交差部の桁下制限高さは,道路構造令により4.5 m以下と定められている.Sphinxは,装置高さを4.3 mとすることで,立体交差部などが交差する上空制限下でも床版取替を支障なく行うことを可能にしている.装置重量は約47 tで,移動式クレーンなどの他機種と比較すると,床版取替時の既設桁への負担を軽減することができる.通常,床版取替では既設鋼桁の補強が必要になるが,Sphinxの使用により補強量を減らすことができる.

第3図 上空制限下でも施工可能な床版取替機「Sphinx 」
Fig.3 Sphinx, slab replacement equipment enabling work with height
limitation

3. 取替用床版

老朽化した既設鉄筋コンクリート ( RC ) 床版の取替用床版として,PCaPC床版と鋼床版を紹介する.PCaPC床版は,橋軸方向(車両の進行方向)に分割して工場製作したプレキャスト ( PCa ) 部材を現場で接合させて一体化させる床版である.RC床版よりも耐久性の高いPCaPC床版や鋼床版に取り替えることにより,桁が健全であれば橋梁の長寿命化につながるという利点がある.

第4図に一般的なPCaPC床版を示す.一般的に,橋軸直角方向はプレテンション方式によるプレストレス ( PC ) 構造,橋軸方向はRC構造である.橋軸方向の継手は,個々のPCaPC床版同士の間詰め部を現場打ちコンクリートで一体化するループ継手構造となっている.

第4図 一般的なPCaPC 床版( 単位:mm )
Fig.4 Example of general precast prestressed concrete slab ( unit : mm )

鋼床版は,鋼製のデッキプレートを裏面から縦リブと横リブで補剛した床版である.第5図に鋼床版を示す.鋼床版は,コンクリート系の床版より軽量であること,および架設期間短縮などの長所を活かし,軟弱地盤上に建設される橋梁や都市内高架橋において多く採用されてきた.老朽化した橋梁は,現行基準よりも小さな活荷重,地震荷重にて設計されており,現行基準を満足するコンクリート系床版を採用する場合,死荷重の増加により下部構造を含めた大がかりな補強が必要となるケースがある.このようなケースに対し,死荷重軽減が可能な鋼床版で下部構造の補強が不要となり,施工期間も短縮できる.

第5図 鋼床版
Fig.5 Steel plate deck

4. 床版リニューアルを支える技術

床版リニューアルを支える技術として,繊維強化プラスチック ( Fiber Reinforced Plastics:FRP ) による既設床版の延命工法「FSグリッド(FRPサポートグリッド)」,高強度かつ安全性と施工性を高めた新型システム足場「ラピッドフロア」,PCaPC床版接合部の急速施工と省人化を可能にする「VanLoc(バンロック)」を紹介する.

4.1 FSグリッド

第6図にFRPによる既設床版の延命工法FSグリッドを示す.開発したFSグリッドは,都市内など交通規制が難しく床版取替工事が困難な箇所にも適用できる床版延命工法である.床版の延命を図ることで時間的な余裕が生まれるため,道路管理者が床版取替工事の施工時期を調整することができ,工事の平準化を図ることが可能となる.主な特徴は以下のとおりである.

  • 床版の下面に補強材を設置するアンダーデッキ工法のため,工事中でも車両の通行が可能であり,大規模で長期間にわたる交通規制を実施することなく施工が可能.長期間の交通規制による渋滞を大幅に低減.かつ,部材製作期間が短く工期短縮と工事コスト低減が可能.
  • 主部材(横桁,縦桁)にFRPを使用し,各部材は人力で運搬できるほどに軽量.これにより,重機の使用頻度が減り,床版取替工事と比べ,二酸化炭素 ( CO2 ) 排出量を抑えることが可能.
第6図 FRP による既設床版の延命工法「FS グリッド」
Fig.6 FS Grid, method for prolonging life of existing slabs by using
FRP reinforcement members

4.2 ラピッドフロア

建設現場で使用される吊り足場は単管パイプと足場板で構成されるパイプ足場が一般的だったが,近年,安全性,生産性向上のため床面をフラットに施工できるシステム足場の採用が増加している.また,橋梁保全工事の場合,足場上で取り替え,補強部材などの重量物を取り扱うため,より高強度で作業スペースを広く確保できるシステム足場が求められている.

第7図に安全性と施工性を高めたシステム足場「ラピッドフロア」を示す.開発した新型システム足場ラピッドフロアは,吊りチェーン間隔が縦横1.8 mと足場内での作業スペースを広く確保できるうえ,複数の三角形による骨組構造であるトラス構造のメインフレームと高強度チェーンを使用することにより,従来品の約4倍の強度を実現した.また,床材は従来品である鋼製布板を使用できる構造としているため,従来のパイプ足場より大きい積載荷重200 kg/m2を確保しつつ,コストを抑えることができる.

第7図 安全性と施工性を高めたシステム足場「ラピッドフロア」( 単位:m )
Fig.7 Rapid Floor, system scaffold with improved safety and usability ( unit : m )

施工性においても,足場上から張り出し施工による組立・解体作業も可能なため,高所作業車の使用を極力少なくすることができ,安全性向上,作業日数短縮,コスト縮減を実現している.

4.3 VanLoc

床版リニューアル工事では,交通規制を伴うことから施工時間の短縮や,現場の人手不足から施工の省人化・省力化が求められている.PCaPC床版の橋軸方向接合部は,一般的にPCaPC床版の橋軸方向鉄筋によるループ継手が用いられ,幅340 mm程度の間詰め部に現場打ちコンクリートが打ち込まれている(第4図参照).しかし,ループ継手においては,間詰め部の鉄筋組立や型枠組立,コンクリートの打込みや養生が必要で,施工時間の長期化や作業人員の増員の要因となっている.

第8図にPCaPC床版接合部の急速施工と省人化を可能にするVanLocを示す.開発した新型継手VanLocは,橋軸方向のアンカーを有する鋼製のCホルダとブリッジで構成され,橋軸直角方向に500 mm間隔以内で設置する.VanLocの主な特長は以下のとおりである.

  • 間詰め部の型枠・鉄筋組立が不要.
  • コンクリートの打込みが不要.
  • PCaPC床版枚数の削減が可能(ループ継手のような鉄筋の突出がないため).
  • 従来のループ継手と比較し,工期短縮が可能.
  • ブリッジを設置前に,くさび形状の架設用部材をCホルダにボルト締めすることで,先行床版の位置に合わせ架設床版を引き寄せ可能.

5. 結言

本稿では,IHIグループの保有する橋梁の床版リニューアル技術を紹介した.今後,増加していく施工条件が厳しく,難易度の高い床版リニューアル工事に対応するため,今後も施工の省力化に資する技術開発と実工事適用を継続していく.

参考文献

(1) 公益社団法人日本道路協会:道路橋示方書・同解説Ⅰ共通編,2017年11月