メタンエンジン 宇宙へ向けた挑戦
メタンを燃料とするIHI製ロケットエンジンIME-3U(Bluetail)の開発
株式会社IHI
液体メタンを燃料とするメタンエンジンは,コスト削減や持続可能性,深宇宙探査への適応力で注目を集めている.IHIはこの技術にいち早く着目し,長年研究開発を進めてきた.ここでは,メタンエンジンの特性と実績,そして未来への展望を紹介する.

メタンエンジン開発の動向
近年,宇宙産業はスタートアップ企業の台頭により活性化しており,国主導から民間主導への移行が進んでいる.米国では,スペースX社が再利用可能なロケット「ファルコン9」や「スターシップ」を開発し,打ち上げコスト削減と商業利用拡大を実現した.また,衛星通信網スターリンクにより地球全域でのインターネット提供を目指し,宇宙産業の変革をけん引している.同じく米国のブルーオリジン社やロケット・ラボ社も小型ロケットや衛星通信分野で成果を上げ,産業の多様化が進んでいる.国内では,株式会社アクセルスペースが超小型衛星を用いた地球観測データを農業や防災分野に応用している.日本政府もこうした民間主導の取組みを支援する政策を強化しており,宇宙市場のさらなる拡大が期待される.
こうした宇宙産業活動の進展の中で,メタンを燃料とするロケットエンジン(メタンエンジン)が注目を集めている.メタンエンジンは比推力と燃料密度が高く,機体をコンパクト化できる他,液体メタンはこれまでロケットの燃料として多く使われてきた液体水素より保管温度が高く,取り扱いが容易であるため特殊設備を必要とせず,打ち上げコストの削減に寄与する.また,燃焼時にすすが少なく,再整備の負担が軽減されるため再利用性に優れている.これにより,スペースX社やロケット・ラボ社などがメタンエンジンの開発を進めている.さらに,メタンは火星など宇宙空間での現地調達も可能で,深宇宙探査において有望な燃料とされている.これらの特性から,メタンエンジンは商業輸送や探査において重要な役割を果たし,宇宙へのアクセスをより経済的かつ持続可能にする技術として期待されている.
IHIにおけるメタンエンジン開発の歩み
IHIでは,先述したメタンエンジンの利点にいち早く着目し,世界に先駆けて研究開発を進めてきた.ここでは,IHIのメタンエンジン開発の歴史について紹介する.
- (1)LE-8エンジンの開発
- LE-8エンジンは,液体酸素 ( LOX ) とメタンを推進薬とする推力100 kN級のロケットエンジンである.GXロケットの上段ステージ用に国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 ( JAXA ) 開発主導のもと,IHIにて設計・製造を進めた.GXロケットは,中小型衛星の多様な打ち上げ需要への柔軟な対応や,基幹ロケットの補完,メタンエンジン技術の獲得などを目指して2009 年まで開発が進められた中型ロケットである.
本エンジンは,ガス発生器 ( GG ) サイクルを採用し,燃焼室にはシリカ繊維複合材を用いたアブレーション冷却を導入した.この技術により,高温の燃焼ガスにさらされた燃焼室表面が熱分解反応する際の吸熱効果と,同時に発生する熱分解ガスによって燃焼ガスが直接燃焼室へ接触することを防ぐ効果で,燃焼室の温度上昇を防ぐことができる.
実機仕様のエンジンを製造し,株式会社IHIエアロスペース相生試験場(兵庫県)で燃焼試験を実施した.500 s以上の連続燃焼を含む計11回,総作動時間2,207 sの試験に成功し,長秒時燃焼における安定性と耐久性を実証した.また,目標とする比推力313 sを達成する見通しを得た.比推力とは,単位推進薬質量流量当たりで生み出せる推力を示し,単位は秒 ( s ) で,高い程効率が良いことを意味する.
- (2)SRxエンジンの研究
- より高い性能を実現するため,IHIでは再生冷却方式のエンジン開発に着手した.デモンストレーション用として開発されたSRxエンジンは,LOXとメタンを推進薬とする100 kN級の再生冷却方式のロケットエンジンであり,再使用機や深宇宙探査機などの次世代輸送システムへの適用を目指してIHIが独自で研究開発を進めてきた.2010 ~2013 年に実施された地上燃焼試験では,計27回,累計燃焼時間1,650 sを達成し,広作動範囲や長秒時燃焼特性を評価した.燃焼室の再生冷却特性や主要コンポーネントの耐久性も確認された.また,燃焼試験結果より,LE-8エンジンを大幅に上回る真空中比推力350 sを超える良好な性能見通しを得られた.
本エンジンの研究開発を通じて,再生冷却メタンエンジンの基盤となる技術を確立した.
- (3)30 kN級メタンエンジンの研究開発
- メタンはロケット燃料として高密度,高比推力 ( 370 s ),優れた貯蔵性を有している.このため,JAXAとIHIは,将来の再使用型ロケットや軌道移送機,宇宙探査機の推進システムに適用することを目指し,フルエキスパンダーサイクルを採用した小型のエンジンの共同研究開発を2013 年に始めた.
研究開発初期は,燃焼器,インジェクター,ターボポンプなどの主要コンポーネントの設計を行い,2017 ~2019 年には,設計検証を目的としたコンポーネント単体試験を行った.同試験では,燃焼効率,冷却性能,ターボポンプの安定性といったエンジンシステムを成立させるうえで重要な特性を確認した.2021 ~2023 年のエンジンシステム試験では,着火・停止シーケンス,安定作動,システムレベル性能を実証した.地上試験では9 回の燃焼試験を実施し,さまざまな作動条件下で安定した運転性能を確認した.結果として,SRxエンジンを上回る真空中比推力368 sを達成する見通しを得られた.

メタンエンジン,宇宙へ向けた挑戦
これまでのメタンエンジンの研究開発実績を踏まえ,現在IHIでは,小型ロケットの上段ステージへの適用を想定した推力30 kN級メタンエンジンの開発を行っている.
上段ステージに適用されるロケットエンジンには高い性能(比推力)が求められる.このため,高性能を達成できるフルエキスパンダーサイクルを採用した.フルエキスパンダーサイクルはターボポンプ駆動に使用した燃料の全量を燃焼器に送って燃焼させるため,性能ロスが小さい.本サイクルはJAXAとの共同研究で製作した30 kN級メタンエンジンですでに実証済みであり,開発を短期間で進められるメリットも得られる.
また,上段エンジンには軽量化も強く求められる.このため,燃焼ガスを膨張・加速させるために装着するふく射冷却ノズルの材質選定を工夫した.一般的には,加工性や耐熱性のバランスに優れる,耐熱金属材料(ニオブ系,ニッケル基系)が採用されることが多いが,本開発では,さらなる軽量化を達成するため,海外で適用事例のある複合材ノズルの適用検討を進めている.2024 年度に,候補となる複合材に対して,要素試験を通じた耐熱性・耐酸化性・製造性の確認を行った後に,フルスケールノズルの試作を行う計画である.


さらに,将来的な量産に備え,低コスト化活動にも取り組んでいる.メタンエンジンでは,オン/オフ制御を担う空圧弁と電磁弁,流量調整を行う電動弁の3 種類が使用される.従来,IHIにおいて採用されてきた空圧弁と電動弁は,確実な作動を最優先とする設計のため特注部品が多用されており,その結果,製造コストが高額になる傾向があった.また,電磁弁に関しては,フライト実績のある海外製品を採用してきたが,長納期・高コストという課題が存在した.これらの課題解決のため,空圧弁および電動弁の機構を簡素化して部品点数を削減することで低コスト化を図るとともに,電磁弁については国内バルブメーカーと協力し,国産の電磁弁を開発することで短納期・低コストを実現している.
これらの技術に加え,本エンジン開発には,2009 年に世界に先駆けてメタンエンジンの燃焼試験に成功して以来,IHIが長年にわたり蓄積してきたメタンエンジン独自の技術が余すところなく活用されている.また,基幹ロケット用ターボポンプの開発で培った高度な品質管理のノウハウを最大限に活かし,信頼性が高く品質に優れたメタンエンジンを実現する.
今後の展開
IHIは,世界に先駆けてメタンエンジンの強みに着目し,継続的な研究開発を進めてきた.現在,これまでの研究開発で蓄積した技術基盤を活用し,小型ロケット上段用メタンエンジンの開発を推進している.本開発では,IHIとして初となるメタンエンジンのフライト成功を目指しており,この成果は,当社の技術革新における画期的なマイルストーンとなる.
さらに,メタンエンジンのフライト実績を基に,宇宙探査および輸送分野への応用を展望している.具体的には,長期ミッションに耐え得るメタンエンジンを開発し,新たな宇宙探査ミッションへの対応を図るとともに,再使用可能なロケットや2 地点間輸送機向けのエンジン開発を視野に入れている.
IHIは,メタンエンジン技術を基盤に,宇宙開発分野における革新と社会的価値の創出を追求し,今後もその発展を通じて社会貢献を果たすことを目指している.