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コンクリートのひび割れを考慮した道路橋床版の構造性能の解析評価

  吉田有希,竹嶋夏海,聶 菁,木作友亮,岡田誠司

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吉田 有希  技術開発本部技術基盤センター材料・構造グループ
竹嶋 夏海  株式会社IHIインフラシステム LCB・DX推進室研究開発部
聶   菁  技術開発本部技術基盤センター材料・構造グループ
木作 友亮  技術開発本部技術基盤センター材料・構造グループ 課長 博士 (工学)  技術士 (建設部門)
岡田 誠司  株式会社IHIインフラシステム LCB・DX推進室研究開発部 部長 博士 (工学)

国内には,老朽化した鉄筋コンクリート製の道路橋床版 (RC床版) が数多く供用されている.これらのRC床版の補修・交換を行う際に優先順位を決定できる指標があれば,限られた維持管理費や更新費を有効に活用できる.現在供用されているRC床版の耐荷力や破壊過程といった構造性能を評価する技術は,優先順位を決定する指標の一つになる.老朽化したRC床版の性能評価には,ひび割れの影響を適切に考慮できる非線形解析が用いられる.そこでIHIグループでは,既往のさまざまな載荷試験を非線形解析で再現し,現在供用されているRC床版の構造性能を評価できることを確認した.その結果,補修・交換を行う優先順位を決定する指標を導く技術として,非線形解析が有効であることを示した.

There are many deteriorated reinforced concrete road bridge decks (RC slabs) in Japan. Limited maintenance and renewal costs create a need for the technologies to prioritize their renewal of RC slabs in service. Techniques to evaluate the structural performance of RC slabs in service, such as load carrying capacity and failure process, are potential prioritization criteria. Nonlinear analysis is used in evaluating the structural performance of RC slabs because of its capability for appropriately considering the influence of cracks existing in concrete. Therefore, the accuracy of nonlinear analysis was verified by reproducing various loading tests of the RC specimen. The results indicate that nonlinear analysis is effective as a criterion technique for determining repair and replacement priorities.


1. 緒言

道路橋床版とは,道路橋を通行する人や車両などの荷重を橋の主桁などに伝達する床部材である.道路橋床版にはさまざまな種類があるが,鋼床版と並んで古くより使用されてきたのが鉄筋コンクリート床版 (以下,RC床版) である.RCとは,鉄筋により補強されたコンクリート“Reinforced Concrete”の略称であり,コンクリートの内部に鉄筋を配置した構造をRC構造と呼ぶ.RC床版は,施工が容易かつ経済的であるため,幅広く活用されている.

高度経済成長期に建設需要が急増した日本では,建設後50年以上経過する道路橋の割合が,2023年には約39%,2033年には約63%を占めると予測されている(1).こうした既設構造物の老朽化は建設経過年で一律に決まるのではなく,立地環境や維持管理の状況によって異なるため,限られた予算で効率的に補修・交換することが求められる.そこで,供用されているRC床版の構造性能を正確に評価し,床版の補修・交換の優先順位を決定する技術が必要とされる.しかし,RC構造の破壊挙動は複雑であり,正確に評価することは難しい.また,一般的な設計計算に用いられている理論式は健全な床版を対象としているため,すでに存在するひび割れや材料劣化の影響を考慮することは難しい.しかし,近年活用が広がっている非線形解析を使えば,こうしたコンクリートのひび割れや材料劣化の影響を考慮できる.本研究では,既設構造物の維持管理に役立てるため,既往のさまざまな載荷試験を非線形解析で再現し,現在供用されているRC床版の構造性能を評価できることを示す.

非線形解析は,用いる材料モデルやモデル化方法,荷重増分や求解法などの影響によって,線形解析に比べて結果のばらつきが大きい.そこで,まずはRC床版の基本的な破壊モードである曲げ引張破壊,斜め引張破壊,押抜きせん断破壊を対象とし,RC梁の静的載荷試験を非線形解析で再現して手法の妥当性と解析精度を検証する.その後,供用から90年が経過した特殊な構造を有するRC床版を用いて,梁の静的4点曲げ載荷試験を解析で再現する.これによって特殊な構造のRC床版であっても,耐荷力や破壊過程を評価できるかを確認する.

2. RC構造の非線形解析

2.1 概要

コンクリートは,高い圧縮強度を有し,鋼材と比較して自由な形状を作りやすく,かつ費用を抑えることが可能という利点をもつ.しかし一方で,引張強度が低いことがコンクリートの欠点である.そこで,引張力を鉄筋に負担させることで,コンクリートの短所を補い,構造体の耐荷力を向上させている.

コンクリートは,外力の影響や温度・湿度の変化によって,ひび割れが生じやすい.また,RC構造の鉄筋は,劣化因子の侵入で腐食が生じることがある.鉄筋の腐食膨張によるコンクリートのひび割れが,さらにRC構造の劣化を加速させる.供用中に発生するひび割れなどの材料劣化は,RC構造の破壊挙動に影響を与える.こうしたひび割れや材料劣化が生じたRC構造の破壊挙動を評価するためには,非線形解析を用いることが望ましい.非線形性としては,材料の応答の非線形性を考慮する材料非線形,構造物の大変形の影響を考慮する幾何学非線形,物体同士の接触・滑り・摩擦などを考慮する境界非線形が挙げられる.これらに加えて,RC構造の非線形解析は,コンクリートのひび割れによる著しい非線形性を考慮するところに特徴がある.

2.2 非線形解析の構成則

ここでは,本研究で用いている材料の非線形性を表す関係式 (構成則) について紹介する.RC構造のモデル化には,前川らが提案した多軸応力を考慮した構成則(2),(3)を用いている.
コンクリートのひび割れモデルの例を第1図に示す.一般的なコンクリートのひび割れモデルには,離散ひび割れモデルと分散ひび割れモデルの2種類がある.離散ひび割れモデルでは,要素間の節点を分離して,ひび割れ開口変位を要素間の相対変位として扱う.一方,分散ひび割れモデルは,ひび割れが要素内に分散していると仮定して,ひび割れ開口変位を要素平均ひずみとして扱う.本研究では,部材全体に一様なひび割れが発生する場合に適した分散ひび割れモデルを用いている.分散ひび割れモデルでは,ひび割れを含む領域を要素として扱うことが可能であるため,あらかじめひび割れ発生箇所を設定する必要がなく,モデル化しやすいという利点がある.

第1図 ひび割れモデルの例
Fig. 1 Crack model

要素のひび割れモデルには,ひび割れ面を主応力に合わせて都度回転させる回転ひび割れモデルと,一度発生したひび割れの幾何情報を保存し,ひび割れの方向を固定して解析を進める固定ひび割れモデルがある.本モデルでは,固定ひび割れモデルを用いているが,RC構造の変形が進むに従って,応力とひずみの主軸が一致しなくなる.これを正しく評価するため,固定ひび割れモデルを用いた解析では,ひび割れ面におけるせん断伝達を別途モデル化する必要がある.ひび割れ面のせん断伝達モデルには,ひび割れ面におけるせん断ひずみとひび割れ開口ひずみの比をパラメータとし,ひび割れ幅の増加に伴う剛性低下を考慮できるモデルを採用している.要素ごとに多方向のひび割れ発生を考慮しているが,主たる非線形性は一方向のひび割れに支配される場合がほとんどである.そのため,卓越して開口しているひび割れに着目して要素のローカル座標系を都度回転させ,それぞれの方向に圧縮モデル,引張モデル,せん断モデルを適用するアクティブクラック法を採用している.おおむね直交する2方向のひび割れは,交差角が π/2 ± π/8 の範囲に制限されており,これらを疑似直交ひび割れと呼ぶ.アクティブクラック法について,こうした疑似直交ひび割れを4方向のひび割れ (2つの座標系) にまで拡張したものが疑似直交多方向ひび割れモデルであり,本研究で用いているモデルである.アクティブクラック法と疑似直交ひび割れモデルの概要を第2図に示す.

第2図 アクティブクラック法と疑似直交ひび割れモデル
Fig. 2 Active crack method and non-orthogonal cracking model

本モデルにおけるRCの基本構成則 (圧縮モデル,引張モデル,ひび割れ面せん断伝達モデル) を第3図第5図に示す.各構成則に共通する概念は,ひび割れによる変位の不連続性をある領域で平均化することで,平均ひずみとして扱っていることである.また,単調漸増載荷を対象とする場合は,除荷経路を設定しなければ適切な解を得ることができない.これは,載荷状態にあっても,ひび割れが生じるとその周辺の要素でひずみの緩和が生じるためである.そのため,各構成則においては,除荷や再載荷時の経路も設定している.
鉄筋のモデル化に際しては,鉄筋がコンクリート要素内に平均的に配置されると仮定し,鉄筋の効果をコンクリート要素に加えた分散鉄筋モデルを用いている.この分散鉄筋モデルを適用した要素をRC要素と呼ぶ.RC要素の引張領域では,テンションスティフニングを考慮した平均応力-平均ひずみ関係を用いる.テンションスティフニングとは,鉄筋コンクリートの応力-ひずみ関係の剛性が,鉄筋単体に比して増加する効果のことを指す.ひび割れ面では,コンクリートが引張応力を負担することはできない.しかし,鉄筋とコンクリートの付着効果によって,ひび割れの発生箇所を迂う回して引張応力が伝達され,コンクリートも引張応力を負担することができる.こうしたテンションスティフニングが及ばない領域では,無筋コンクリート要素としてモデル化する.無筋コンクリート要素では,破壊力学の理論が導入され,要素内で消費されるエネルギーが破壊エネルギーと等価になるように,ひび割れ発生後の軟化曲線が設定される (第4図) .軟化に関する係数は,要素寸法によって設定する.
道路橋のRC床版では,車両などの移動荷重が繰り返し作用することによる疲労損傷が指摘されており,寿命評価法などが検討されている(4).非線形解析の構成則には,疲労の影響による圧縮剛性や引張剛性,せん断伝達力の低下も考慮されている(4)

3. 基本的な破壊挙動に対する解析精度の検証

3.1 概要

コンクリート標準示方書には,高い信頼性を有すると判断された解析事例が紹介されている(5).これらの例を参考に,基本的な破壊挙動に対する非線形解析の妥当性および精度を確認するため,RC試験体の載荷試験を非線形解析で再現した.すべての解析において,コンクリートや鋼材のモデル化にはソリッド要素を用いた.

3.2 RC梁の静的4点曲げ載荷試験

3.2.1 解析条件

曲げ引張破壊に対する検証では,岡田らが実施したRC梁の静的4点曲げ載荷試験(6)を解析対象とした.岡田らは,主鉄筋の径をパラメータとして試験体を作製しているが,本研究では鋼種SD345の直径16 mmの異形鉄筋を用いている.試験体3体 (B16-2A,B16-2B,B16-2C) の概要を第6図に示す.3種類の試験体は,コンクリートの圧縮強度が若干異なっている (34.7~36.2 N/mm2) .試験体のせん断スパン a は850 mm,せん断スパン比 a/d は5.667 ( d は試験体上面から試験体下部の鉄筋中心までの高さである有効高さ) ,奥行きは150 mm,等曲げ区間は500 mmである.本試験体の破壊モードは,鉄筋の降伏後にコンクリートが圧縮破壊に至る曲げ引張破壊である.

第6図 RC梁試験体の概要 (静的4点曲げ載荷試験) (単位:mm)(6)
Fig. 6 Overview of the RC specimen (static four-point bending test) (unit : mm)(6)

解析モデルの概要を第7図に示す.解析モデルは,対称性を考慮した1/4モデルとし,奥行寸法は75 mmとした.対称面に直交する並進方向を拘束し,載荷点および支点に配置した鋼板 (以下,載荷板および支点板) の中心線上で鉛直並進方向を拘束した.コンクリートのポアソン比は0.20,圧縮強度は試験値平均の35.4 N/mm2とした.コンクリートの静弾性係数および引張強度は,コンクリート標準示方書(5)の式を用いて圧縮強度から推定した.主鉄筋は下側がD16,上側がD10,スターラップはD10である(6).鉄筋はバイリニアでモデル化し,鉄筋の降伏点は論文(6)に示されている362 N/mm2とした.鋼材および鉄筋は,ヤング係数を2.06×105 N/mm2,ポアソン比を0.30とした.また,載荷板および支点板は,線形弾性でモデル化し,載荷板および支点板とコンクリートとの境界には,ジョイント要素(7)を配置して接触と摩擦の影響を考慮した.複合構造標準示方書(7)に準じ,接触摩擦係数は0.5に設定した.載荷板の中心線上にある節点を変位制御で鉛直下向きに載荷した.

第7図 解析モデルの概要 (静的4点曲げ載荷試験) (単位:mm)
Fig. 7 Analytical model of the RC specimen (static four-point bending test) (unit : mm)

3.2.2 解析結果

実験と解析における荷重-支間中央たわみ関係を第8図に示す.実験では,鉄筋が降伏に至る約45 kNまで荷重-支間中央たわみ関係が試験体3体で一致している.実験における3体平均の最大荷重は46.8 kNであった.一方で,解析結果は,鉄筋が降伏するまで実験と同じ経路をたどり,その後も実験に近い挙動を示した.本解析の最大荷重は47.9 kNであり,実験値との誤差は2.3%であった.また,実験と同様に破壊モードが曲げ引張破壊となり,十分な解析精度を表していると判断した.

第8図 荷重-支間中央たわみ関係 (静的4点曲げ載荷試験)(6)
Fig. 8 Load-displacement relationship (static four-point bending test)(6)

3.3 RC梁の静的3点曲げ載荷試験

3.3.1 解析条件

深澤らによる静的3点曲げ載荷試験(8)を解析対象とする.試験体 (Y1) の概要を第9図に示す.試験体のせん断スパン a は800 mm,せん断スパン比 a/d は5.0,奥行きは200 mmである.本試験体の破壊モードは,支間中央付近に複数の曲げひび割れが発生して剛性が低下した後,せん断力によって斜めひび割れが発生して破壊に至る斜め引張破壊である.

第9図 RC梁試験体の概要 (静的3点曲げ載荷試験) (単位:mm)(8)
Fig. 9 Overview of the RC specimen (static three-point bending test) (unit : mm)(8)

解析モデルの概要を第10図に示す.曲げ引張破壊の再現解析と同様に,対称性を考慮した1/4モデルとして,奥行寸法は100 mmとした.また,対称面に直交する並進方向を拘束した.コンクリートのポアソン比は0.20とし,圧縮強度は論文(8)に示されている37.5 N/mm2を採用した.コンクリートの静弾性係数,引張強度は,コンクリート標準示方書(5)の式を参照した.主鉄筋は下側がD22,上側がD10,スターラップはD10である.鉄筋はバイリニアでモデル化し,鉄筋の降伏点は論文(8)に示されている362 N/mm2とした.鉄筋と鋼材のヤング係数とポアソン比は,3.2.1項と同条件にした.載荷板および支点板は,線形弾性でモデル化し,接触と摩擦の影響を考慮した.載荷板の中心線上にある節点について,変位制御で鉛直下向きに載荷した.

第10図 解析モデルの概要 (静的3点曲げ載荷試験) (単位:mm)
Fig. 10 Analytical model of the RC specimen (static three-point bending test) (unit : mm)

3.3.2 解析結果

実験と解析における荷重-支間中央たわみ関係を第11図に示す.実験と再現解析の最大荷重は,それぞれ114.0 kNと113.9 kNであり,解析誤差は0.1%であった.最大荷重時の第一主ひずみコンタを第12図に示す.実験と同様の曲げひび割れ,斜めひび割れが,解析でも再現できていることを確認した.

3.4 RC床版の押抜きせん断試験

3.4.1 解析条件

RC床版の押抜きせん断強度は,疲労寿命評価の指標として用いられており重要である.RC床版の押抜きせん断強度の検証では,田中らが実施したRC床版の押抜きせん断試験(9)を解析対象とした.試験体 (0%) の概要を第13図に示す.試験体のせん断スパン a は450 mm,せん断スパン比 a/d は3.75,奥行きは900 mmである.載荷試験時のコンクリートの圧縮強度は28.2 N/mm2,静弾性係数は18.7 kN/mm2であり,引張強度はコンクリート標準示方書(5)の式から推定した.主鉄筋はD16,配力鉄筋はD10,スターラップはD10であり,降伏強度はそれぞれ382 N/mm2,391 N/mm2である.鉄筋と鋼材のヤング係数とポアソン比は,3.2.1項と同条件にした.

第13図 RC床版試験体の概要 (押抜きせん断試験) (単位:mm)(9)
Fig. 13 Overview of the RC specimen (punching shear loading test) (unit : mm)(9)

解析モデルの概要を第14図に示す.解析モデルは,対称性を考慮した1/4モデルとし,奥行寸法は450 mmとした.また,対称面に直交する並進方向を拘束した.載荷板および支点板は線形弾性でモデル化し,接触と摩擦の影響を考慮した.載荷板の中心線上にある節点を変位制御で鉛直下向きに載荷した.

第14図 解析モデルの概要 (押抜きせん断試験) (単位:mm)
Fig. 14 Analytical model of the RC specimen (punching shear loading test) (unit : mm)

3.4.2 解析結果

実験と解析における荷重-支間中央たわみ関係を第15図で比較する.実験の最大荷重は249.1 kN,解析の最大荷重は233.0 kNであり,解析誤差は6.5%であった.最大荷重時の第一主ひずみコンタを第16図に示す.既往の押抜きせん断試験では,載荷点から斜め下方にひび割れが伸展して破壊に至ることが報告されており(9),本解析は実現象の破壊モードを良好に再現できていると判断した.

4. 複雑な構造を有するRC床版の静的4点曲げ載荷試験

4.1 概要

供用から90年以上経過したRC床版を用いた梁試験体の静的4点曲げ載荷試験を実施した(10).実床版の構成を第17図に示す.床版の主鉄筋は,下面側のみに配置されており,1本おきに折曲げ鉄筋が使用されている.床版の最下面には,エキスパンドメタルが敷設されている.下層はRC構造 (以下,RC部) ,上層は鉄筋が配置されていない調整コンクリート (以下,P-C部) の2層構成となっている.ここでは,このように複雑な構造を有するRC床版について,耐荷力や破壊過程が非線形解析で再現できるかを検証する.

第17図 実床版の構成
Fig. 17 Structure of the bridge decks

4.2 試験条件

作製したRC梁実床版試験体の概要を第18図に示す.本試験では曲げ引張破壊を発生させるため,7.0以上のせん断スパン比を確保した.この際,試験体の必要長さを確保するため,既設RC床版の主鉄筋に新たな鉄筋同士を重ねたフレア溶接を行い,既設RC床版の両端を新設コンクリートで延長した.試験体の載荷点スパンは400 mm,せん断スパンは2 000 mm,支点間スパンは4 400 mmとした.支点は,片側をピン支持,もう片側をピンローラー支持とし,載荷は支間中央のたわみが50 mm程度となるまで継続した.なお,回転を許容しつつ,鉛直や水平方向の移動を拘束するのがピン支持であり,ピン支持から試験体長手方向の移動を可能としたのがピンローラー支持である.試験方法および以降に示す解析方法の詳細は,既往論文(10)に示している.

第18図 RC梁実床版試験体の概要 (静的4点曲げ載荷試験) (単位:mm)(10)
Fig. 18 Overview of the RC specimen from bridge decks (static four-point bending test) (unit : mm)(10)

4.3 解析条件

本研究の解析モデルを第19図に示す.コンクリートや鋼材は,すべてソリッド要素を用いた.解析モデルは対称性を考慮した1/2モデルとし,対称面に直交する並進方向,支点の中央で鉛直並進方向,片側の支点で長手並進方向を拘束した.本床版の特徴である床版厚の変化,RC部とP-C部の2層構造,折曲げ鉄筋を表現し,2か所の載荷点の中央を鉛直下向き方向に載荷した.2層のコンクリート間の剥離,ずれを考慮するため,RC部とP-C部の間には非線形のジョイント要素を採用した(11)

第19図 実床版試験体の解析モデルの概要 (静的4点曲げ載荷試験) (単位:mm)(10)
Fig. 19 Analytical model of the RC specimen from bridge decks (static four-point bending test) (unit : mm)(10)

既往論文(10)では,格子状のビーム要素を配置することでエキスパンドメタルをモデル化したCase 1と,エキスパンドメタルを無視したCase 2を実施した.既往論文では,エキスパンドメタルの降伏強度をSR235の規格値に合わせた235 N/mm2としていたが,本研究では主鉄筋の実験値と同じ300 N/mm2に変更した.また,既往論文では,P-C部の強度を15.5 N/mm2としていた (解析ケース名:Case 1-P15.5) .実床版のP-C部を目視観察した際に,コンクリート中に木片が埋まっている場合があったこと,アスファルトの切削時や90年以上の使用中に発生したと考えられるひび割れが見られたこと,材料試験の際に位置によって強度のばらつきがあったことを考慮し,本研究ではP-C部の圧縮強度を解析パラメータとして変化させた.Case 1-P15.5を基準に,P-C部の圧縮強度を10 N/mm2としたケースをCase 1-P10,5.0 N/mm2としたケースをCase 1-P5と呼ぶ.

4.4 解析結果

実験と解析における荷重-支間中央たわみ関係を第20図に示す.エキスパンドメタルを無視したCase 2は,最大荷重が実験よりも16.7%程度小さくなる一方で,最大荷重後の荷重は実験と同等であった.一方でエキスパンドメタルを考慮したCase 1は,最大荷重に至るまで実験結果に近い挙動を示すものの,最大荷重は実験よりも12%程度大きかった.実験結果を最も良好に再現したのは,P-C部の圧縮強度を5.0 N/mm2としたCase 1-P5であった.以上の結果から,耐荷力に大きな影響を与える床版下面のエキスパンドメタルは,むやみに取り除かずに保存することが望ましいことが分かった.また,既設構造物の耐荷力を精度良く予測するためには,構造物の状態を適切に把握することが最も重要であることが示された.

第20図 荷重-支間中央たわみ関係(10)
Fig. 20 Load-displacement relationship of the RC specimen from bridge decks(10)

4.5 耐荷力と破壊過程の評価

4.5.1 載荷試験

破壊後の試験体の外観を第21図に示す.実験では,荷重が115 kNに至った際に,支間中央ではなく床版厚が薄い側,かつ主鉄筋が曲げ上げられた位置に曲げひび割れが発生した.その後,最大荷重時に鉄筋コンクリートとP-C部が境界面剥離した.最終的には,曲げひび割れが発生した位置において,圧縮側のコンクリートが破壊した.ひずみゲージの計測値より,圧縮破壊に至る前に,主鉄筋が降伏していることが確認された.よって,試験体の破壊モードは,曲げ引張破壊であると判断した.

第21図 破壊後の試験体の外観
Fig. 21 Appearance of the RC specimen after failure

4.5.2 再現解析

Case 1-P5の支間中央たわみ3.0 mmにおける第一主ひずみコンタを第22図に,支間中央たわみ18.1 mmの鉛直方向応力コンタを第23図に示す.これらの図から曲げひび割れの位置やRC部とP-C部の剥離が,解析でも表現できている.

第24図では,実験とCase 1-P5の解析について,荷重-支間中央たわみ関係上で破壊過程を比較する.曲げひび割れや境界面剥離が発生する支間中央たわみは,コンクリートの最大主ひずみおよび長手方向ひずみの断面分布から判断した.第21図第22図および第23図を比較して,曲げひび割れや境界面剥離の発生位置が整合していることが確認できた.また,解析でも圧縮破壊に至る前に主鉄筋が降伏しており,実験と同様の曲げ引張破壊を呈していることを確認した.

第24図 試験および解析における破壊過程の整理(10)
Fig. 24 Failure process of the experiment and the analysis(10)

5. 結言

本研究で得られた知見を以下に示す.

  1. 非線形解析を用いて,RC梁の静的載荷試験をモデル化することにより,基礎的な破壊モードである曲げ引張破壊,斜め引張破壊,押抜きせん断破壊を再現でき,耐荷力も高い精度で評価できることを確認した.
  2. 特殊な構造を有する既設RC床版の載荷試験を非線形解析で再現し,既設コンクリートの材料物性が耐荷力だけではなく,ピーク後の挙動にも影響を与えることが示された.また,複雑な構造であっても,実際の破壊過程を再現できることを確認した.
  3. 既設構造物にエキスパンドメタルのような鋼材が残っている場合は,耐荷力を維持するために保存することが望ましい.また,既設構造物の正確な耐荷力評価のためには,構造物の状態を適切に把握する技術が重要であることを確認した.

以上のように,RC床版の主要な破壊モードである曲げ引張破壊,斜め引張破壊,押抜きせん断破壊のすべてを非線形解析で評価できた.また,2層構造やエキスパンドメタル,折曲げ鉄筋をもつ特殊な構造であっても,耐荷力や破壊過程が再現可能であった.実際の道路橋床版について,破壊試験で耐荷力を求めることはできないが,このように非線形解析を活用することで,机上で耐荷力を評価することが可能となる.こうした非線形解析技術を活用することで,RC床版の諸元や劣化状態から構造性能を評価できる.これを実際の交通量や交通荷重と併せて評価することで,今後の損傷進行を予測できるようになり,供用可能な期間や補修・交換の優先順位を判断できるようになる.こうした評価技術は,社会インフラの健全性の維持や予防保全に貢献するものであると考える.

― 謝  辞 ―

本研究の実施に当たり,多大なご指導やご協力をいただいた国土交通省近畿地方整備局大阪国道事務所の皆さま,ならびに関係者の皆さまに深く感謝いたします.