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新型ディーゼル機関25AHXの環境対応技術

  三村敬久,加藤尚次

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三村 敬久 株式会社IHI原動機 技術センターRE製品開発部
加藤 尚次 株式会社IHI原動機 技術センターRE製品開発部 グループ長

地球温暖化防止をはじめとした地球環境の改善として,二酸化炭素 ( CO₂ ) を代表とした温室効果ガスの削減およびカーボンニュートラルへの取組みが急務である.地球温暖化防止への取組みとして,株式会社IHI原動機 ( IPS ) は代替燃料対応機関,ハイブリッドおよび電気推進システムを実用化してきた.また一方で温室効果ガスの削減に加えて,窒素酸化物 ( NOx ) をはじめとした大気汚染物質の削減も引き続き必要である.IPSは地球温暖化防止に直結する燃料消費率(燃費)を従来機関よりも改善しつつ,NOxを現状の国際海事機関 ( IMO ) Tier II規制よりも約30%低減し,中国船舶排ガス規制に対応した25AHX機関を開発した.今後,本機関がベースとなり,カーボンフリー燃料焚き機関としても展開する予定である.本稿では本機関でのNOx低減および燃費削減の技術とその効果について紹介する.

As efforts for environmental conservation including global warming prevention, it is essential to reduce emissions of carbon dioxide ( CO₂ ) and other greenhouse gases and take measures toward carbon neutrality. In response to these requirements, IPS has developed and delivered alternative-fueled engines and hybrid electric propulsion systems. In addition to reducing greenhouse gas emissions, it is still indispensable to reduce air pollutants. To satisfy both of reducing greenhouse gas emissions and air pollutants, IPS developed new diesel engine “25AHX,” which has reduced fuel consumption and nitrogeNOⅹide ( NOⅹ ) emissions 30% lower than the International Maritime Organization ( IMO ) Tier II regulation and complies with Chinese maritime exhaust gas regulations. This engine is planned to be available with other types of fuels including a new carbon-free fuel. This paper reports on technologies for reducing fuel consumption and NOⅹ in this new engine and their effects.


1. 緒言

内燃機関は誕生から現在まで進化し続け,その利便性によりさまざまな用途で使われ,世界中に拡大してきた.それによって内燃機関は文明社会の発展や生活水準の向上に大いに貢献してきた.その内燃機関からの排ガスは地球環境に影響を与える温室効果ガス ( GHG ) と大気汚染物質の両方を含んでいる.そのGHGは主に二酸化炭素 ( CO₂ ) であり,大気汚染物質は主に窒素酸化物 ( NOx ) である.

日本国内において公害が社会問題になったのを皮切りに排気排出物を規制する法律や条約が発効されはじめ,ディーゼル機関からの大気汚染物質のNOx,硫黄酸化物 ( SOx ),煤じんについては1987 年2 月から規制対象となった(大気汚染防止法).

また,舶用ディーゼル機関では国際海事機関 ( International Maritime Organization:IMO ) により,2005 年5 月19 日にMARPOL条約 附属書VIによるNOⅹとSOxの規制が発効された.2023 年現在,NOx規制は一般海域では第二次規制 ( Tier II ),バルト海や北アメリカの沿岸などの排出規制海域 ( Emission Control Area:ECA ) では第三次規制 ( Tier III ) が適用されている.第1図にIMOによるNOx規制値を示す.

第1図 IMO NOx 規制値
Fig. 1 IMO NOx emission limits

中国においては,IMO Tier IIよりもさらに厳しい船舶用エンジン排出ガス規制 ( GB15097-2016 ) のCHINA II ( 1 ) が2022 年7 月以降建造の中国内航船に適用された.これにより,1 000 ~2 000 kW未満の機関のNOx規制値はIMO Tier IIよりも約30%低く,従来機関でこの規制を満足させる場合には機関の大幅な仕様変更や機器の見直しなどが必要になる.

一方,GHGについては1997 年に京都議定書が採択され,その後2005 年2 月に発効され,気候変動への国際的な取組みが始まった.

これを受け,2018 年にIMOでもGHG削減戦略が採択され,国際海運に関して2008 年対比における次の三つの目標を掲げるなど,地球環境の改善に向けて規制は加速的に強化されている.

  • 2030 年までにCO₂排出量40%以上削減
  • 2050 年までにGHG排出量50%以上削減
  • 今世紀中のなるべく早い時期にGHG排出量ゼロ

IPSは1919 年に国内初の舶用ディーゼル機関を開発し社会情勢に対応するとともに,このような環境規制にも,いち早く対応してきた.2010 年には低NOx,低燃費を実現した環境対応型のディーゼル機関28AHX ( 2 000 ~6 500 kW ) をリリースし,地球環境の改善に貢献してきた.IPSは近年の地球温暖化の防止に向け,さらなる低燃費と環境規制に対応した新型ディーゼル機関25AHXを開発した.

本稿では25AHX機関の開発において得られた低燃費化によるCO₂削減およびNOx低減に関しての技術的知見について述べる.

2. 25AHX機関の概要

IPSは,以前から舶用主機などで多く採用されている1 000 ~2 000 kWクラスのHXシリーズ機関に代わる,新たな時代のニーズである環境問題に対応可能なAHXシリーズ機関として25AHX機関を開発した.25AHX機関は,AHXシリーズ機関である28AHX機関の開発 ( 2 ) で培った低NOx技術を応用し,従来機関よりも低燃費でIMO Tier II規制値からのNOx 30%削減を実現させた機関である.25AHX機関の主要目を第1表に,6 気筒の25AHX機関(6L25AHX機関)の外観を第2図に示す.HXシリーズからの置き換えを想定した機関サイズ,各部のメンテナンス性の向上にも配慮し,HXシリーズ機関を使用いただいているお客さまに対しても使いやすいように設計されている.

3. 25AHX機関の性能改善,環境対応

3.1 ディーゼル機関のCO₂とNOⅹの発生と低減方法

GHGであるCO₂は,化石燃料油中の炭素 ( C ) と空気中の酸素 ( O2) が燃焼することにより生成される.ディーゼル機関から排出されるCO₂を削減するのに最も効果が大きいのは,アンモニア ( NH3 ) や水素 ( H2 ) などのカーボンフリー燃料を使用することやバイオ燃料への置き換えである.また,従来の重油を使用する場合には燃料消費率(燃費)を減らすことである.燃費を低減するには燃焼温度を高くすること,もしくは,燃焼の間,燃焼ガスが高温にさらされている時間を長くすることが有効である.

また,大気汚染物質の一つであるNOは,燃焼によって空気中の窒素 ( N2 ) と酸素 ( O2 ) が化学反応し生成されるThermal NOと燃料油中の窒素 ( N ) と空気中の酸素 ( O2 ) が化学反応して生成されるFuel NOが存在する.ディーゼル機関から排出されるNOの大部分がThermal NOである.機関の燃焼改善によりThermal NOを低減させるには燃焼温度を低下させることが有効である.第3図にNOの生成メカニズムを示す.

第 3 図 NOx の生成メカニズム
Fig. 3 NOx generation mechanism

このように,燃費とNOでは低減時の燃焼温度の改善方向が正反対であることからも明らかなように,燃費低減とNO低減にはトレードオフの関係があることが知られており,ディーゼル機関においてNOと燃費を同時に低減させることは技術的に難しい.そのため,燃費とNOの最適条件を見いだすことが必要となる.

3.2 25AHX機関におけるNOⅹ低減技術

25AHX機関は28AHX機関と同様に低NOⅹ,低燃費を実現させる必要があるため,第4図に示すように,28AHX機関と同様のミラーサイクルに加えて,高圧力比の過給機および可変吸気弁タイミング ( Variable Intake Valve Timing:VIVT ) 機構を採用した.以下にこれらの概要を示す.

  • ミラーサイクル(吸気弁早閉じ)
    ミラーサイクルは,吸気行程中の下死点よりも前で吸気弁が閉じるよう吸気弁閉じ時期 ( Intake Valve Close Timing:IVC ) を進角(早めること)し,吸気弁が閉じた後から断熱膨張させることで下死点における温度が低下するため,圧縮比が一定の場合は圧縮端温度が低下し,それに伴い燃焼温度が低下することによってNOⅹ生成が抑制できる燃焼技術である.

    ミラーサイクルを採用すると,ミラーサイクルを採用していない機関よりも吸気弁の開弁期間が短くなるため,短時間でシリンダ内に十分な空気を供給できるように高圧力比過給機を選定する必要がある.
  • VIVT機構
    低負荷時において過給機の回転速度が十分ではなく,シリンダ内の空気不足による燃焼悪化が懸念される.そのため,低負荷運転時に最適な吸気弁開閉時期(特にIVC)に切り替えができるVIVT機構を採用した.この機構は,吸気弁の開弁期間は一定とし,開閉時期の切り替えを可能にする装置である.
第 4 図 AHX シリーズ機関のNOx 低減技術
Fig. 4 Technology of NOx reduction for AHX series engine

3.3 25AHX機関のIMO仕様と機関性能

25AHX機関の機関性能についてはIMO Tier IIを満足させ,燃費を最大限に低減させる必要があるため,1Dサイクルシミュレーションによる事前の性能検討を実施した.このシミュレーションにより得られたNOは実測値との誤差が大きく,正当な評価が難しい.そのため,シリンダ内最高圧力 ( Pmax ) と圧縮圧力 ( Pcomp ) との比率 ( Pmax /Pcomp ) とNOとの相関関係に着目した評価 ( 3 ) を参考にNO低減の方向付けを実施した.

また,前述したようにミラーサイクルの機関において懸念される低負荷運転時のシリンダ内に充填される空気量不足を改善するため,VIVT機構により低負荷運転時(負荷率25%)にシリンダ内に最も多く空気が充填される吸気弁タイミングに切り替え,燃焼の改善を図る.この低負荷運転時に最適となる条件(空気過剰率が最大となる吸気弁タイミング)を1Dサイクルシミュレーションにより検討した.IVCを遅角(遅らせること)したときの負荷率25%における空気過剰率の変化を第5図に示す.第5図より,空気過剰率が最も高くなるIVC時期が存在し,負荷率25%において空気過剰率が最大となるIVCにすることで最大限の空気量をシリンダ内へ供給できることが分かった.

第 5 図 IVC と充填空気過剰率の関係
Fig. 5 Simulation results of relationship between IVC and trapped excess
air ratio

25AHX機関の開発では,これらの1Dサイクルシミュレーションによる性能検討を行い,目標性能達成に必要な機関要目,燃料噴射特性,燃料噴射開始時期,吸気弁開閉時期,圧縮比などのパラメータおよび必要となる機関部品および機器の仕様を決定し,試験機を製作した.あわせて,性能調整に必要となるカム軸や燃料噴射系といった試験部品も準備し,性能試験を実施した.なお,IMO Tier II仕様の機関の最終仕様は試験機にて,圧縮比,IVC,燃料噴射開始時期および過給機マッチングなどを変更し,IMO Tier IIを満足するように最適に調整し決定した.

第6図に25AHX機関のIMO Tier II仕様と従来機関の燃料消費量と燃焼によって生成されたCO₂排出量の関係,第7図に25AHX機関のIMO Tier II仕様におけるテストサイクルE3モード(舶用特性)の機関性能と従来機関との比較を示す.この図では,従来機関の定格出力時の性能値を基準とした相対比較として示す.

第 6 図 燃料消費量と燃焼で生成されたCO2 排出量の関係
Fig. 6 Relationship between fuel consumption and emissions of CO2
generated in combustion
第 7 図 IMO Tier II 仕様における機関性能比較
Fig. 7  Engine performance comparison in IMO Tier II specification

第6図から燃料消費量とCO₂排出量とは比例関係にあり,機種に関係なく,ほぼ同じ傾きである.このことは,機関に関係なく使用した燃料1 kg当たりのCO₂排出量は同じであることを示し,燃費の削減量を求めれば,CO₂の削減量が求められることになる.また,第7図から,25AHX機関はすべての負荷率において燃費が従来機関よりも改善されており,燃費,CO₂について従来機関と比較して,定格出力 ( 1 500 kW ) において約7%改善,負荷率25%において約15%改善が得られた.この燃費性能は2020 年時点での同一の正味平均有効圧力 ( Pme )レベルのエンジンと比較すると,世界でもトップクラスの燃費性能である.

また,全炭化水素 ( THC ) などの大気汚染物質も大幅に削減した.これは従来機関よりも高い圧縮比にあることに加えて,低負荷域では,過給機が回らず,空気不足気味になるが,VIVT機構により吸気弁の開閉時期は体積効率が最大となるため,低負荷域においても十分な空気が得られている.高負荷域では,過給機が回り,十分な空気量が得られるため,全負荷域において燃焼効率が増加したためであり,28AHX機関と同様,低燃費で良好な燃焼状態を得ることができた.

3.4 中国内航船における船舶排ガス規制への対応

前述のとおり,IMO Tier IIよりもさらに厳しい船舶用エンジン排出ガス規制 ( GB15097-2016 ) のCHINA II ( 1 ) はIMOによる排ガス規制と異なり,機関出力と気筒当たりの行程容積によって規制値が決定され,NOⅹ以外の排ガス成分である一酸化炭素 ( CO ),THC,粒子状物質 ( PM ) も規制対象となる.

25AHX機関の場合,定格出力1 500 kW,1 気筒当たりの行程容積18.2 Lであり,NOとTHCを合わせた規制値は,7 g/kWhである.この規制値を満足させるにはIMO Tier II仕様よりNO排出率を30%近く削減する必要がある.第8図に中国内航船における船舶排ガス規制とIMO NO規制の比較を示す.

第 8 図 中国内航船における船舶排ガス規制 ( CHINA II ) とIMO
NOx 規制の比較
Fig. 8 Comparison of CHINA II exhaust gas emission limits with IMO
NOx emission limits

CHINA II規制対応のため,選択式還元触媒 ( Selective Catalytic Reduction:SCR ) などの後処理装置により,NO排出率を30%低減させることは可能であるが,船舶の荷室の圧迫(運搬量の減少,船体の拡大),還元剤の使用などを考慮すると,お客さまへの負担だけでなく,環境負荷の増加につながるリスクがある.そのため,25AHXの開発では,NO低減による燃費増加を最小限に抑え,機関単体による燃焼改善で後処理装置を使わずにNO排出率を30%低減させ,CHINA II規制を満足させることに取り組んだ.

3. 5 NOx 低減の方法

CHINA II規制のNO規制値はIMO NO規制と同様にテストサイクルによるNOⅹ排出率 ( g/kWh ) で評価される.第2表にプロペラ則により運転される推進機関(E3モード)のNO排出率評価における重み係数を示す.両規制ともに四つの負荷率におけるNOⅹ排出率にそれぞれの重み係数が設定されている.負荷率75%および100%における重み係数はそれぞれ0.50と0.20とほかの負荷率と比較して大きいことから,規制値を満足させるには高負荷域のNOを低減させた方が効果的である.

第 2 表  プロペラ則により運転される推進機関( E3 モード)の
NOx 排出率評価における重み係数
Table 2  Weighting factor on NOx emission rate evaluation in propulsion
engine operation according to the propeller law ( E3 )

次にNO低減に対して有効な手法である燃料噴射開始時期の遅角とIVCの進角についての詳細をそれぞれ述べる.

3.5.1 燃料噴射開始時期の遅角

燃料噴射開始時期の変化による燃費,NOの変化を調査するため,IMO Tier II仕様における燃料噴射開始時期から3.5°,7.1°遅角したときの負荷率25%から100%の四つの負荷率における試験を実施した.各負荷率における燃料噴射開始時期を変更したときのシリンダ内平均ガス温度波形の比較を第9図に,シリンダ内圧力波形の比較を第10図に示す.なお,図中の燃料噴射開始時期はIMO Tier II仕様を基準としている.

第 9 図 各負荷率における燃料噴射開始時期変更時のシリンダ内平均ガス温度波形の比較
Fig. 9 Comparison of mean cylinder temperature curves when fuel injection timing changed at each load
第 10 図 各負荷率における燃料噴射開始時期変更時のシリンダ内圧力波形の比較
Fig. 10 Comparison of cylinder pressure curves when fuel injection timing changed at each load

第9図より,すべての負荷率において燃料噴射開始時期を遅角するほど,NOが生成される上死点から上死点後30°までのシリンダ内平均ガス温度(燃焼温度)が低くなっていることが確認され,これによりシリンダ内の燃焼状況が大きく変化したものと考えられる.実際に,第11図に示すように燃料噴射開始時期を遅角するとNOが低減するが,燃費は増加する.とりわけ,燃料噴射開始時期を基準から7.1°遅角するとNOが30%低減され,CHINA II規制値を満足するが,負荷率100%における燃費は約7%増加することが確認された.この燃料噴射開始時期が最も遅角したときの燃焼状態としては,第10図に示すように上死点(クランク角度0°)から急激な圧力上昇が見られず,等圧燃焼のような様相に変化しており,Pmaxも低くなり,燃焼期間が延びたため,燃費が増加する.このような燃焼状態は機関に対して良好であるとはいえない.

第 11 図 燃料噴射開始時期変更に対するNOx と燃費への影響
Fig. 11 Changes in NOx emissions and fuel consumption due to
difference of fuel injection timing

これらの結果から,燃料噴射開始時期を遅角するとNOを下げることはできるが,燃費の増加を考慮すると,燃料噴射開始時期を遅角するだけの調整では不十分である.

3.5.2 IVCの進角(ミラーサイクル)

3. 5. 1項で示したように燃料噴射開始時期を遅角した場合でもNOは低減されるが,これだけでは燃費の視点から最良の性能とはいえない.IVCの進角によるミラーサイクルの効果をもう少し得るため,高負荷側のIVCをIMO Tier II仕様におけるIVCから3°進角したときの負荷率75%,100%における試験を実施した.

本試験で得られたシリンダ内平均ガス温度の波形を第12図に示す.第12図より,二つの負荷率ともにIVCが進角すると,上死点付近の圧縮終了時点における圧縮温度が低くなっており,燃焼温度の低下も見られ,ミラーサイクルの効果が強くなった影響が確認できる.この結果,第13図に示すようにNOが低減し,燃費は増加する.第11図第13図に示すとおり,燃料噴射開始時期の遅角,およびIVCの進角ともにNO低減効果が認められ,また,どちらも燃費の増加が認められ,トレードオフの関係が成立している.それぞれの手法が負荷率100%におけるNOおよび燃費に与える影響を第14図に示す.第14図より,同じ量のNOを低減させる場合,IVCの進角は燃料噴射開始時期の遅角よりも燃費の増加度合いが少なくなることが分かる.これらの結果から,IVCを運転可能な範囲で優先的に進角したうえで,NO規制をクリアできるように燃料噴射開始時期を設定した.

第 14 図 負荷率100%における各手法の燃費,NOx への影響
Fig. 14 Changes in NOx emissions and fuel consumption due to
difference of IVC or injection timing at rated load

また,負荷率25%の低負荷はVIVT機構により吸気弁タイミングをシフトさせ,燃費,CO₂およびTHCなどを削減した.このとき,NO + THCが6.6 g/kWhとなり,CO,PMについてもCHINA II規制値を満足した.第15図に25AHX機関のCHINA II仕様の性能線図と従来機関との比較を示す.第15図に示すようにCHINA II仕様においても燃費は従来機関と比較してすべての負荷域において改善され,定格出力における燃費は約3%低減,負荷率25%における燃費は約15%改善,PMについてもすべての負荷域において改善が見られた.なお,給気圧力については25AHX機関がミラーサイクルと高圧力過給機を採用していることから,ミラーサイクルを採用していない従来機関よりも高くなっている.

第 15 図 CHINA II 仕様の機関性能比較
Fig. 15 Comparison of engine performance under CHINA II regulation

4. 25AHX機関の燃費,CO₂削減効果の評価

25AHX機関は舶用主機関として,特にタグボートでの採用が期待される.このため,東京湾で稼働するタグボートの2021 年7 月 ~9 月の3 か月間の運航データを分析し,負荷率別の運航時間を調査した結果から,実際の運用時における燃費,CO₂の削減効果を試算した.第16図は調査したタグボートの負荷率ごとの運航時間割合を示しており,これから全運航時間の約80%が負荷率25%以下であることが分かる.この結果と第7図および第15図に示す25AHX機関性能の各負荷率における燃費を用いて,25AHX機関のIMO Tier II仕様とCHINA II仕様,および従来機関 ( IMO Tier II ) における年間2 000 時間運航した場合の燃料消費量を算出し,比較した結果を第17図に示す.この結果,25AHX機関をタグボートに搭載した場合,IMO Tier II仕様においては従来機関よりも燃費,CO₂は年間12%低減,CHINA II仕様は従来機関よりもNO排出レベルを約30%低減させた.そのうえで,燃費,CO₂は年間約10%の低減が可能であり,お客さまのランニングコスト低減とCO₂削減による地球温暖化対策への寄与が期待できる.

5. 実用化に向けた評価(信頼性向上)

第15図に示すようにCHINA II仕様の25AHX機関は従来機関と比較して,排気温度が高くなる傾向があることから,シリンダヘッド,排気マニホルドなどの高温による熱変形などが懸念される.そこで,事前に数値流体力学 ( CFD ) と有限要素法 ( FEM ) により,高温部品の温度レベルを確認して最適形状を検討,採用し健全性を高めている.特にシリンダヘッドの排気ポート部は高温になりやすいため,その対策として,水冷式排気マニホルドを採用した.この水冷式排気マニホルド装着による効果は第18図のシリンダヘッドの温度計測結果から,実績のある従来機関と同等の220℃レベルに冷却されることを確認した.

25AHX機関は,耐久試験をはじめとした商品開発試験による検証を重ね,完成度を高めている.第19図は耐久運転中の機関の監視状況の一例を示している.自動計測や状態監視を用い,効率的に試験を行った.

6. 結言

25AHX機関はAHXシリーズ機関の開発で得られた燃費低減技術およびNO低減技術の活用により,世界トップクラスの燃費性能とIMO Tier II規制よりさらに厳しいCHINA II規制を満足させた.本稿では25AHX機関の開発で得られた低燃費化によるCO₂削減とNO低減に関しての知見を紹介した.これにより性能を確立した25AHX機関は従来機関と比べて,定格出力時だけでなく,特に低負荷時の燃費が大幅に改善され,実運用面においてもCO₂削減が期待できる機関である.

なお,25AHX機関は2022 年4 月から販売を開始し,本稿で紹介したCHINA II仕様にて同年7 月に中国船級協会 ( China Classification Society:CCS ) によるCHINA IIの認証を取得し,多くの問い合わせをいただいている.

現在,各産業分野ではCO₂排出削減のため,バイオ燃料をはじめとしたカーボンニュートラルな燃料,またはアンモニア ( NH3 ) や水素 ( H2 ) などのカーボンフリーな燃料への代替のための研究開発が進められている.IPSでもアンモニア燃料焚き機関の研究開発を進めている.25AHX機関は今後の地球温暖化防止を含めた環境性能に対するポテンシャルが高い機関であり,このような代替燃料での運転に対応できるよう,さらに改良を行っていく予定である.IPSは25AHX機関をはじめAHXシリーズ機関をさまざまな用途として,より多くのお客さまのもとへ提供することで,地球環境負荷の低減に励み,さらなる性能改善を目指した取組みを行いながら,持続的な地球環境の改善活動に貢献していく.

参考文献

(1) GB15097-2016:Limits and measurement methods for exhaust pollutants from marine engines (CHINA I,II)

(2) 永澤秀明,今井和実,山本英義,加藤尚次,園部邦彦:新しい環境規制に対応した次世代型中速ディーゼル機関28AHX,IHI技報,Vol. 50,No. 3,2010年9月,pp. 84-87

(3) M. Kawakami et al.:Investigation on reducing NOx emission of medium-speed diesel engine,18th CIMAC World Congress,(1989),Paper No. D27